名無しの勇者~誰も知らない英雄の物語~
濃密な悪意の根源。
高位魔族たちが根城とする巨大な建造物。
『魔王城』
人体を害する瘴気で満たされた魔王城の一角、魔法によって瘴気が浄化された空間。
その空間に、幾つもの極大魔法が飛び交い、そのたびに爆音が轟いている。
鋭い剣戟の音も空気を震わせ、戦闘の激しさを物語る。
魔王と勇者たちとの戦いが始まってから、どれほどの時間が経過したのだろうか。
補助魔法で仲間たちを強化する僧侶。
高密度の魔力を操作し、巨大な攻撃魔法を放つ魔法使い。
勇猛果敢に大剣を振るう戦士の兄妹。
聖剣と魔法を変幻自在に使いこなし魔王を追い詰める勇者。
「チッ――――!」
やがて勇者たちの攻撃によって劣勢になっていく魔王。
魔王を守っていた闇の魔法障壁がついに破られる。
「今だよッッ!!」
勇者は仲間の声に後押しされるように魔王へと肉迫した。
魔王は何かを口にする。
呪文のようにも聞こえたが、この距離ならば術式が完成する前に一撃入れることができる――――!
疾風の如き速度で魔王の懐へ潜りこんだ勇者は聖剣でその心臓を貫いた。
魔王は血の塊を吐き、絶命する。
「―――――」
その瞬間、魔族特有の紫がかった黒い血を勇者は浴びてしまう。
勇者はそれに構わず聖剣を人類の宿敵である魔王の胸の奥へさらに押し込む。
それを見た魔王の口元が笑っていたことに勇者は気付かなかった。
「はっ……!はっ……っ!」
激しい戦闘によって荒れた呼吸を勇者は整えた。
終わった。
これで世界は平和になる。
魔王に苦しめられた人たちの生活も楽になる。
長く苦しい戦いだったが、もう終わったんだ。
これで胸を張って故郷に帰れる。
帰ったら故郷の村で待っている少女との約束を果たそう。
国王様には何と言って報告しようか。
家族もきっとびっくりするだろう。
ほかには、ほかには――――
が、その前に何よりも最初に声をかけるべき存在がいたことに勇者は気付く。
こちらを見て唖然としたような顔を浮かべている仲間たちだ。
勇者は苦楽を共にして、魔王を一緒に倒した仲間たちに笑いかける。
悪かった。
忘れてたわけじゃないんだ、と。
しかし、そんな彼にかけられた言葉は質の悪い冗談のような一言だった。
「誰だお前は?」
最初は何を言われたのか分からなかった。
「は?」
おいおい、冗談にしてもひどいだろ……と、少しばかり引き攣った笑みを浮かべる。
だが仲間たちから返ってくるのは困惑ばかりだった。
冗談を言っている様子ではなかった。
勇者は悪い夢を見ているような気さえした。
だが夢では無かった。
それは紛れもなく現実だった。
―――呪い。
魔王は絶命の間際、勇者に呪いをかけた。
あらゆる人の記憶から存在が消えてしまうようにと。
何度も勇者は信じられない気持ちで仲間たちに言った。
仲間たちに泣きながら頭を下げた。
現実を受け入れられない勇者。
それに戸惑う仲間たち。
結局仲間たちが勇者のことを思い出すことはなかった。
こうして勇者は『全ての』人々の記憶から存在を消した。
◇
故郷の村から少し離れた森の中で勇者は雨に打たれていた。
「…………」
いつも優しく笑いかけてくれた僧侶の少女を思い出す。
彼女のおっとりした言葉が今はやけに恋しかった。
ツンツンとした態度ばかりとる魔法使いの少女を思い出す。
背が小さいことを気にしていて、いつも怒鳴ってばかりだった。
実は花が好きでそのことを知られるのを恥ずかしがったりしていた。
頼りになる親友のことを思い出す。
面倒見が良くて母親みたいだなと言うと怒ったりしていた。
力自慢だった戦士の少女を思い出す。
元気が良くて明るい笑顔に何度励まされただろう?
仲間たちの姿を幻視する。
もう彼らが自分に笑いかけてくれることはない。
仲間たちと共に喜びや悲しみを分かち合うことはできない。
結局勇者は魔王に捕えられていた被害者ということになった。
魔王への恐怖で一時的な記憶障害が出ているのだろうと。
「なん……だよ、それ……っ!」
そして、それは仲間たちだけではなかった。
故郷の人間も国の人間も。
誰一人彼のことを覚えてはいなかった。
「なんで、だよ……サラ……っ!」
最愛の少女を思い出す。
それでも彼女は、彼女だけはと――――
『えぇと? 初めまして……ですよね?』
彼女の言葉を聞いてから自分がその時どうしたのかを思い出せなかった。
気が付けば一人で村から離れたところを歩いていた。
雨で体を濡らしながら、忘れられた勇者は孤独に震える。
体温を奪う雨がこの日は、やけに冷たかった。
「ぅ゛あ……あ゛……」
全てに忘れられた勇者は。
勇者だった男は子供の様に泣きじゃくった。
こんな、こんな辛い思いをするくらいなら魔王なんて倒したくなかった。
世界を平和になんてしたくなかった。
勇者として失格だな、と自嘲するがそれでも後悔の念は変わらない。
自分のいない凱旋パレードを思い出す。
民に手を振る仲間たち。
英雄だと称えられる仲間だった者たち。
そこには自分の存在だけが切り取られたように消えていた。
「―――――――」
関が切れたように涙は溢れ出てくる。
嗚咽交じりの涙が雨に混じり流されていく。
もう一度。
もう一度呼んでくれ。
誰か、俺の名前を――――
勇者は願った。
魔王なんてもういい。
英雄の称号もいらない。
他には何もいらないからと、ただそれだけを願った。
それでも。
彼の名を呼ぶ者はもう誰もいなかった。
◇
―――魔王討伐のためパーティーを募集する。
魔王が復活したという情報が冒険者たちの間で流れてからおよそひと月。
その正式な報せが冒険者ギルドへと入ってきたのは、魔王討伐から2年の月日が流れてからの頃だった。
魔王は討伐されてから数十年~数百年ほどの周期で、新たな魔王がその座に就く。
人類と魔族は領土を取り合う戦争を幾度となく繰り返していた。
だが―――
人族は魔族の事情など知る由もないが、それでも先代の魔王が死んでから2年という期間はあまりにも早すぎた。
しかし、無視できる情報でもない。
信じられない気持ちはあるが、それが万が一にも事実だとしたら大事件である。
それを知った人族はまず、信頼できる者たちから多くの情報を集めひたすら調査した。
その結果、新たな魔王が生まれたという情報は正しいということが判明した。
人類は魔族たちによって再び絶望させられることとなった。
侵略された領土を取り返す間もなく、新たな魔王が人々の領土を侵略するために悪逆非道の限りを尽くしたのだ。
魔王再誕によって力を増した魔族たちによる人類への暴虐は続く。
それを嘆いたアルグレイド王は緊急の王命として、ある人物たちを王城へと招集した。
その人物たちは2年前に魔王を殺すことに成功した最強のパーティー。
英雄の中の英雄たちである。
「ミーナス・ウェルズリー」
「リア・ルーベル」
「アレン・ベドフォード」
「セレン・べドフォード」
名を呼ばれた英雄たちに王は命じる。
―――魔王を再び討伐せよ、と。
英雄たちは僅かな逡巡すら見せずに返答を返した。
『王命然と承りました』
◇
2年ぶりの再会を果たした英雄たちはまず仲間を募ることにした。
多すぎる戦力は目立ちすぎる上に統率が取れなくなる可能性もあるが、それでもあと1人か2人は自分たちと並べるほどの強力な味方がほしかった。
そのクエストのパーティー募集は冒険者ギルドを貸し切って行われた。
最高難易度の緊急のクエストである魔王の討伐のためのパーティーを募集すると。
集まった数はそれほど多くない。
それもそのはず魔王の討伐は文字通りの最高難易度クエストだ。
命がいくつあっても足りないと、何人もの冒険者が英雄への道を断念した。
しかし、それでも集まったものもいた。
それは難易度の高いクエストをクリアし続けた豪傑たち。
冒険者の中でも最高峰のAからSランクの者たちだった。
「おー、こりゃあすげえな」
集まった冒険者のレベルの高さに試験官の一人が感嘆の声をあげた。
『アレン・べドフォード』である。
赤を基調とした軽装に身の丈ほどもある大剣を背負った四英雄の一人だった。
何人かは顔色一つ変えなかったが、ほとんどの冒険者は満更でもなさそうな表情を浮かべる。
多くの冒険者たちがこれから自分が英雄の仲間入りを果たすのだと気持ちを高ぶらせていた。
強い緊張を抱く者も少なくない。
冒険者たちの気の漲りによる緊張感によってその場の空気は異様なものとなっていくのだった。
「……?」
その時一人が怪訝そうな顔をする。
視線の先には一人の男がいた。
身長はそこそこあり170は超えているだろう。
不吉を現す黒い髪にサファイアのように青い瞳が印象的だった。
「なあ、あいつ誰か知ってるか?」
彼は冒険者の中でもかなり強い。
ランクはAでSより一つ下だが、それでも数多くの冒険者にとって憧れの存在である。
Aとは英雄の領域を視野に入れた存在。
今この時間この場にいるということはそういうことなのだ。
当然長い間冒険者として数多くのクエストをクリアしてきた。
名の知れた冒険者は何人も知っている。
それは些細な出来事が命を左右する冒険者にとって、上位に位置する情報だからだ。
自身が強者だと自負する男だったが、その人物は今までギルドで見たことがなかった。
「誰か知ってるか?」
質問された男も知らなかったのか、隣の人物に聞いている。
騒めきによって部屋の空気が少しだけ乱れる。
集まった冒険者たちは互いが互いを当然のように知っていた。
だが誰一人彼の名を知る者はいなかった。
「おい、お前ランクは?」
好奇心に突き動かされた冒険者が謎の男にランクを聞いた。
「G」
は? と、ランクを聞いた冒険者は思わず耳を疑った。
聞き間違いではないかと本気で思ったほどだ。
それもそのはずGランクは冒険者のランクの中で最低ランク。
ほんの少しの登録料を払えば誰でもなれる見習いのランクだからだ。
「おい! ふざけんなよ! こっちは本気で来てんだ! 冷やかしなら」
「やめろッ!!」
思わず掴みかかった男をアレンが止めた。
さすがに英雄相手では分が悪いと思ったのかすぐに手を離す。
だが、それでも悪くなった空気は変わらない。
それどころかほかの冒険者たちもGランクの無名冒険者を睨みつけていた。
しかし、強烈な視線を受けているはずのGランクの男はそれをまったく意に介することなくその場に佇んでいた。
「お前ら!言いたいことは分かるが試験の結果が全てだ!何か言いたいなら結果で表わせ!」
英雄の一人であり、試験官の一人でもあるアレンの言葉に冒険者たちは渋々視線を外した。
だが、それでも多くの者たちは不満そうだ。
なんでGランクの雑魚が来てるんだよ……と、小声ながらもはっきりと聞こえる声でわざわざ呟く男もいた。
しかし、『英雄アレン』は興味深そうに男に尋ねた。
「お前、名前は?」
その問いに無名の男は一瞬だけ感情を揺らがせる。
余りにも短い一瞬だったためアレンですら気付かない。
感情を無理やり消したような深い蒼の瞳が英雄を見つめると、無名の男は静かに答えた。
「ナナシだ」
◇
ナナシは不思議な男だった。
試験で圧倒的な力を見せて合格した後は誰とも関わろうとせず、だというのにいざという時は自分が怪我を負うことすら躊躇せずに助けてくれる。
魔王を倒すための旅。
ナナシはその旅で一切自分のことを語ろうとはしなかった。
四英雄たちのパーティに加われたのはナナシ一人だ。
中には魔王軍のスパイではないかと疑う冒険者もいたが、アレンは本能的にナナシが味方だと理解していた。
根拠はない。
以前からナナシという男を知っていたような不思議な感覚だった。
「変わった人だよね」
「ん? ああ、ナナシのことか?」
四英雄の一人であるセレンが兄へと疑問を投げかける。
それは兄であるアレンも思っていたことだった。
「そうだな、もしかしたら過去に何かあったのかもな」
「何かって?」
「そりゃナナシに聞いてみないと分からねーよ」
アレンとセレンだけではない。
この旅でリアもミーナスも彼には何度も助けられていた。
いつか彼のことを知りたいと思っているのは彼らだけではなかったのだった。
「あ、そういえば聖女の加護を受けた人が見つかったんだってさ」
「そうなのか?」
「うん、賑やかになるね」
「そうだな、名前は?」
「えーと、何だったかな……確か……リサラ、だったかな?」
ナナシ、リサラ、セレン、アレン、リア、ミーナス。
この半年後に彼らは再び魔王と対峙することになる。
◇
「私は永遠に転生を繰り返す」
魔王城で魔王は英雄たちを前に言った。
絶望が英雄たちを支配する。
「お前たちの戦いは無駄だったんだ」
そして、魔王はナナシに目を向ける。
「ナナシ……と、言ったか……ふん、名無しか。私は死の対価として相手に様々な呪いをかけることができる。次は何がいい? 少しずつ体の感覚がなくなっていく魔法などどうだ?」
「………」
魔王がナナシを名指しで呼んだことに訝し気な目を向ける。
だが、不信感はない。
ナナシはこれまでに何度も助けてくれた。
彼がいなかったらここまで来ることすらできなかった。
だから、彼はもう信じるに値する仲間だった。
「なあ、魔王……これが何か知ってるか?」
「―――ッ!? それは!?」
ナナシが取り出したのは神級のマジックアイテムだった。
過去の勇者たちが創り上げた英知。
魔王の魂を消滅させることのできるというものだった。
ただし、それには―――対象者と同程度の強者の魂が必要だった。
全員が察した。
ナナシはここで―――……
「それなら俺が―――ッ!」
ナナシのことは大事な仲間だった。
そして、それ以上に彼はナナシを友だと思っていた。
ここでナナシを行かせるくらいなら自分が死んでもいいと、本気で思っていた。
「馬鹿言うなよ、お前には大事なやつがいるだろ?」
セレンをちらりと見ながらナナシが言う。
僧侶の少女ミーナスが慌てた様に言う。
このまま行かせてはいけない。
「そ、そんなのナナシさんだって」
「いないよ」
即座に断言する。
そう、彼にはもう何もない。
誰もいないのだ。
「行ってくるよ」
魔法で仲間たちを拘束するナナシ。
英雄たちは動きを止められる。
もがきながらリアがナナシを呼ぶ。
「なんで、何であなたはそこまで……!」
今まで自分たちを助けてくれたナナシのこと思い出す。
いつだってそうだ。
彼はいつだって自分たちを助けてくれる。
赤の他人だったはずなのに。
なぜ?
「なんでだろうな?自分でもよく分からないよ」
そして、ナナシは踏み出した。
「じゃあな、みんな」
ナナシの脳裏に浮かぶのはこれまでの冒険。
楽しかった。
最初のお別れは耐えきれないほど悲しかったけど、それでもまた会えた。
けど、今度はもう会えない。
次のお別れは永遠だ。
魔王とナナシの魂がぶつかり合い、壊れていく。
「くははっ、そうか……ナナシよ、それを選んだか……」
魔王が消滅する。
勇者の弱った魂も少しずつ崩れていく。
「待って! 待ってよナナシ! 待ってっ!」
そして、彼を呼ぶのはリサラという名の少女だった。
辺境の村で育った彼女をいつだってナナシは気にしてくれていた。
疑問も勿論あった。
なぜそこまで優しくしてくれるのか。
なんでそこまで―――
「相変わらず泣き虫だなぁ――――『サラ』」
「え?」
その瞬間何かが重なった。
大好きだった誰か。
大好きだったはずの誰かの面影が重なる。
その誰かとの……とても大切な約束。
記憶の奥底にあった光景。
そこでは故郷の村で私と歳の近い少年が向かい合っていた。
『俺が、俺たちがもしも魔王を倒して帰ってくることが出来たら、その時は……』
脳裏に浮かんだ少年は、覚悟を決めるように手のひらを握り締め赤い顔でこう言った。
『結婚してくれ』
少年の想いが嬉しすぎて、息をすることも忘れてしまった。
私は涙をぼろぼろ流しながら頷く。
少年は想いを告げる。
『大好きだよ、サラ』
想いを。
ずっと秘めていた感情を。
彼の想いに応えるように私もその言葉を口にした。
そうだ。
思い出した。
あの人は、彼は……彼の名前は―――――――
私もだよ―――『ルヴィン』
「待ってっ!ルヴィン!待ってよ!ルヴィィィィィンッ!!」
ナナシは――――かつてルヴィンと呼ばれていた男はその言葉に驚いたように目を見開いた。
名前のなかった冒険者―――忘れられていたはずの英雄の頬に涙が伝った。
それに続くように仲間だった英雄たちも思い出す。
「なん、だよ……これ……なんで俺……お前のこと……」
「ルヴィン……え、なんで、な、なにこれ……!」
魔王は先に消滅した。
それは、つまり―――彼にかけられた呪いが消えたのだった。
その瞬間全員が全てを思い出した。
忘れてはいけないはずのもの。
絶対に覚えていないといけなかったはずのものを。
「何だよ、お前ら……」
涙で顔をぐちゃぐちゃにする。
もう遅いのに……もう、手遅れなのに……
「い、今更……おせーよ……」
遅いぞと怒る彼の顔はどこか嬉しそうだった。
◇
その後、全てを思い出した人々。
その中には泣き崩れる者や、あまりの激情に気を失うものまでいた。
「そうか……彼が……」
王の瞳に涙が浮かぶ。
傍にいる大臣たちも唖然と立ちすくんでいた。
全てを理解し涙しながら親友の雄姿を王に伝えるアレン。
セレンも、ミーナスも、リアも―――リサラも全てを理解した。
彼は一人で戦っていたのだ。
全部一人で背負って……何が英雄だ。
本当の英雄は彼一人だ。
全てを背負っていたのは彼だけだったじゃないか。
「ふざけんなよ!! なんでだよ! 俺、お前のこと忘れて……なんで、なんでなんだよ……!」
本当は彼が生きるべきだったのに。
本来なら、こんな薄情な男ではなく、彼のような優しい英雄が生き残るべきだったのに。
「ルヴィン……約束したのに……魔法、教えてくれるって……」
リアとの約束を守ることなく逝った男。
彼のことを彼女は生涯忘れることはないだろう。
「う゛ぁあ゛ああああああっ!!」
泣き崩れるセレン。
兄と仲良く笑い合う彼が好きだった。
それなのに―――
「ルヴィンさん……ひどいじゃないですか……」
ミーナスは彼に想いを伝えるつもりだった。
断られても良い。
自分のこの気持ちを知っていてほしかった。
◇
ここは英雄の終着点。
忘れられた勇者の旅路の終わる場所。
英雄だった男の墓場だ。
魔王を倒した冒険者の墓には大量の花束が置かれていた。
「ねえ、ルヴィン……みんな泣いてるよ」
将来を誓い合った少女リサラが座り込んで話しかける。
もう言葉は返ってこない。
……もう、全部遅いのに。
「凄いよね……みんなルヴィンのことが大好きだったんだよ」
そして、それは彼女もそうだった。
大好きだったのに。
彼との家庭を夢見ていたのに。
あの時の言葉が、あんなに嬉しかったのに―――
もう彼はいない。だから、分からない。
本当は自分たちを恨んでいるのかもしれない。
世界を平和にしたくなんてなかったのかもしれない。
だけど、それでも―――
あの時見せた笑顔はきっと本物だったのだろう、と……リサラは思った。
そして、リサラは彼へと言葉を告げる。
遅すぎる言葉。
二年以上も遅れてしまったけど……それでも絶対に言わなくてはいけない言葉を―――
「おかえり、ルヴィン」
墓石の一文。
かつて名をなくした男の墓には、こう刻まれていた。
『偉大なる英雄 ルヴィン・スカーレットここに眠る』
ここまで読んで頂きありがとうございます!