第八話 案内とエルフの里
500メートルくらい走ったところかと、予測をつける。
勿論逃げるまでの方法だけじゃなくて、逃げてからの方法もしっかり考えている。
窮地に陥って思い出した植物。
それは数カ月前、学院で植物の歴史を調べていたときに見つけた原始の植物、クックソニア。植物の祖先と言われているものだ。
気になった俺は早速外でこいつを成長させ、エンチャントをした。すると不思議なことに周りの植物がしなしなと枯れているような状態になったが、よく見るとそれは違った。
正確にはクックソニアに植物が平伏した。そういうべきものだった。
闇雲に走って深くに迷い込むよりはいい。そう思って今回こいつをエンチャントすることによって森の植物に道を標してもらう。そういう作戦だ。
早速やらなければな。
「『クックソニア』『植物付与:クックソニア』」
さっきまでの戦闘も合わせて俺の魔力はもう限界である。さっさと寝て疲れを取りたいが、いつアブソリュートウルフが追いついてくるかわからない恐怖からそうもいかない。
「クックソニアの剣。お願いだ。植物に命じて安全な道を選ばせてくれ」
言葉が通じたのかリイィン――と剣が共鳴すると周りの草の一部がしなっている。
ここを通ればいいのかな。
「ありがとう」
その草とクックソニアにお礼をして造られた道を通る。ふと振り返ってみると通ったところの草はまた元気に直立していた。
道を辿っているとしばし不思議な光景に見舞われることがあった。
例えば、普段は閉じてるだろう2本の密着していた木が変な形に歪んでいたり、ツリーハウスを作ったときの枝のような階段が出来上がっていたりと。いずれも通り過ぎたときにはもとの状態に戻っていた。
それでも俺は植物を信じて道なりに走っていた。
もう15分は走っただろうか。走ると言っても歩くスピードより少し早いくらいで本来逃げる場合だと致命的だが、幸いアブソリュートウルフは追ってこなかった。
流石にもう大丈夫だろうと思って歩いているときだった。
数メートル先に人が倒れている。
ゴブリンの類だとも思ったが、肌の色が人族と同じだった。
駆け寄ってみると左足から流血していた。
「大丈夫ですか!? 今手当します。待っていてください」
「ありがとうございます」
声の主は女性だった。
取り敢えず服をちぎって包帯を巻く。薬草を作ってあげたかったが、生憎魔力が限界である。
倒れている彼女がこちらを振り向いた。
「な、なぜ人族がここにいるんですか! 奴隷狩り?! これ以上近づ……っく!」
途端に距離を取り俺を警戒し始めたが怪我をした左足がまだ痛んで言葉が途切れた。
距離をとった拍子にさっきまで被っていたフードが外れて、彼女の耳。人族とは違う長い耳が露わになった。
「その姿は……エルフ?」
いくつかのとある森に住み、人族との交流を良しとしない亜人と呼ばれる種族のうちの一つ。エルフ族だった。
まずは誤解を解かねば。
手荷物をすべて床に置く。
「待ってくれ。俺は奴隷商ではない。俺はロイナス=アルメリアっていうんだ。この森で迷っているときにアブソリュートウルフに襲われて逃げてきた」
「あなたもアブソリュートウルフに……? でもおかしいです! 何故人族がこの結界を破ってこれるのですか? 決まった道のみを通らないとそもそも里の入り口にすらいけないのに!」
決まった道か。
だからあんなに複雑な道をしめしたのか。クックソニアが、道を教えてくれた植物が最も安全な場所はエルフの里だと。
「それは、植物に教えてもらったから……で、答えになってるかな?」
「人族にそんな力が?」
「いいや、多分これは俺だけかな。人はスキルをもらえるんだ。それで俺は植物魔法っていうのをもらった。ここに来るまでにはクックソニアっていう植物に協力してもらって……」
「クックソニアですか!? 見せてください!」
急に食いついた。
「おっと、とりあえず貴方は信じます。ただし証拠としてクックソニアを見せてください」
信じてもらえるようで良かったが、しまったな。さっきの戦いの魔力が回復していない。
「わかった。ただ、さっきの戦いで魔力を全部使ってしまったんだ。少し寝かせてくれれば回復するから待っててほしい。それに君もその足じゃ歩けないだろう」
「それはそうですが…… では私も少し休息を取ります。しかし変なことしようとしたらただじゃ置きませんよ」
「分かった。ありがとう」
そういい木にもたれて目を瞑った。
次に目を覚ましたときには日の位置が真上を通り過ぎていた。
5時間くらい寝てたのかな。
そして反対側を見るとすっかりと寝息を立てているエルフの少女がいた。あんだけ警戒していたのに。よほど疲れていたんだろう。
1時間程度その場で待っていると彼女が目を覚ました。
「よう。起きたか」
「はっ、寝てましたか?」
「ああ、ばっちり」
「ま、まあいいです。それで見せてくださいよ」
まあいいのかよ。
魔力も半分くらい回復していたので魔法を行使する
「分かった。『種子複製』『成長促進』!」
「おお、これがクックソニアですか…… 初めて見ましたよ! 古代の植物」
先端に黄色い胞子のようなものがついている。可愛いとはあまり言えないような植物。
彼女はそれを見て感動している。
植物を愛でている彼女はとっても可愛らしかった。
「そうだ。『種子複製』!」
俺は思い出したかのようにヒルイ草という薬草を作った。
「『植物付与:ヒルイ草』」
そして彼女の患部に巻いていた布にエンチャントをかける
「何をしたんですか?」
「ああ、植物魔法で君の布にヒルイ草のエンチャントをかけたんだ」
「ヒルイ草って薬草の? 何故そんなことを?」
「怪我してるところにこいつをエンチャントすると回復促進の効果があるんだ」
「そんなことが…… ロイナスさんでしたっけ? 植物を操るなんてまるでエルフみたいですね」
そう笑いかけてくれた。もうすっかり信用してくれたようで良かった。
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「私はラナと言います。年は15歳なのですが、人族は16歳からスキルをもらうんですよね? だから多分私のほうが年下ですね」
「そうだね。俺は16歳だから1歳年上だね」
そんな話をしているうちに、エンチャントの効果が切れたようなので布を剥がしてみると怪我の傷口がすっかり塞がっていた。
エンチャント強い。
「これで歩けますね。ありがとうございました。ところでロイナスさんは迷子なんですよね? 良かったらうちの里に来ませんか? ついでにここに飛ばされたっていう意味もお聞きしたいです」
「どういたしまして。ロイナスって長いでしょ。ロイって仲いい人は呼んでたしそれでいいよ。でも大丈夫なの? エルフって人間とあんまり交流しないって……」
「わかりました! それについては大丈夫です! 植物好きに悪い人はいないので!」
「お、おう。じゃあお願いしようかな。じゃあ飛ばされたっていう話だっけ。どこから話そうかな」
俺たちは歩きながら王国の学院にいたことや飛ばされた理由を話した。
「酷いことをしますね…… ロイさんはこんなにいい人なのに。」
「まあ飛ばされちゃったものは仕方ないしな。命あるだけで満足だ。それにエルフの里なんて多分一生行く機会なんてなかったはずだからね」
「それもそうですね」
「そういえば、ここってどこなの?」
「この森ですか? それだったら慈愛の森って呼ばれてますよ」
慈愛の森か。たしか王国の管轄地だけど魔物のレベルがある程度高いのと、エルフの里があるっていう理由で一番近い村でも歩いて3日かかるっていう場所だったか。
どうりでアブソリュートウルフがいるわけだ。さしずめゴブリンも赤い肌は変異種だったのかな。
見つからなくてよかった。
「さっき植物好きに悪い人はいないって言ってたけど、どういう意味なの?」
「エルフは樹木や草花を操れるんです。ロイさんみたいに促進させたり付与することはできませんが。まあそれが答えってわけじゃないんですけど、これは里についてから説明しますね。あ! そろそろ見えてきましたよ」
目の前には木々のゲートがある。その奥には広大な土地。
しかし人間と違い自然との共存を忘れないような建築。
俺はエルフの里についたのだった。
ヒルイ草というオリジナルの植物を今回初めて出してみました。また今後出すようなことがあればここに書きたいと思います。