第七話 転移先と野宿
展開が早すぎる……
白い光が収まって視界が戻って来ると、目の前に広がってたのは生い茂る木たち。どうやらここは森のようだ。
「本当に転移魔法陣だったのか。あいつふざけんなよ……」
ラルフドに対する怒りがふつふつとわいてきたが、今ここにいない相手に怒ったとしても無意味だと気持ちを切り替えて、まずはここがどこだか推測をつける。
視界は木漏れ日が若干差し込んでいるため、暗黒の森ではないだろう。
また、この木々の森は王国近くで見たことがないのである程度遠いところだと考える。
これは戻るのには時間がかかりそうだ。広さもかなりのものだとするとここが強力な魔物の巣窟でない限りはしばらく野宿することになるな。
持ち物は携帯用のナイフのみ。しかしこれはエンチャントによってどうとでもなる。
足りないのは食物と水だが、食物に関しては問題ないだろう。植物魔法で果実の生る木を作れば空腹はしのげる。
やっぱこのスキル万能すぎだな。
そうなると水分の確保はしておきたい。果実からとれる水分は日常生活では十分だが、それのみの水分で生活するとなると厳しい。
ここは原生林っぽいし、きれいな湧水があるだろう。見つからなければバナナの木から水分をとるしかないが、時間がかかるし最終手段である。
なので学院の生活学で習った通りに水を探す。目印となる木々や枯れた川の跡などがあればいいが……
と考えていると、数メートル先に人影が見えた。
近づいたら緑色に若干赤みがかった肌に小さい角、剣を持った生物。ゴブリンに似た生物だった。
普通のゴブリンは緑色の肌だが場所が変われば生物の特徴も変わるだろう。
ともあれここがそこまで危険度の高い森でないことが判明した。危険度の高い森になるとゴブリンのような弱い魔物はそもそも存在しないからここにゴブリンの近縁種がいたことで一安心だ。
さらに、いくら魔物と言っても水分補給は必須な生物が多い。だからゴブリンを尾行すればいつか水飲み場にたどりつける。これも学院で習った。
早速ゴブリンが動き出したので尾行する。ただ、葉っぱとか踏むと音が鳴ってばれてしまうかもしれない。
「そうだ。『植物付与:タンポポ』」
小声で魔法を唱えて、タンポポを自分の靴に付与する。すると綿毛が理由なのか、足音がならなくなった。
よし、このままついていこう。
尾行すること15分。ついに川までたどり着いた。
疲れた。やっと、やっとだ。長く苦しい戦いだった。
なんでそんなに辛かったかっていうと、ゴブリンにこちらの存在がばれると襲いかかって来る訳だよ。そうすると川にいけないし、応戦しないといけないわけだから……
なにはともあれ無事にたどり着いた。ここまで連れて行ってくれたゴブリンに心の中で感謝して、その場を離れる。
川の上流の方にあるいて行くとイワナやヤマメなどが水の中に泳いでいるのが見えて、きれいな水だということが分かる。
魚がいるから食べ物が果物だけになくてよかった。
とりあえずゴブリンから離れたし、ここで水をすくって飲もう。うん、うまい。
これで飲み水の問題が解決した。
しばらくたって日も暮れてきたので寝る場所を決めなければならない。陸地だといつ魔物に襲われるかわからないしなぁ……
植物を操れるんだしツリーハウスでも作りますかね。
「『シラカシ』『植物操作』」
ベースとなるカシの木を立ててそこに周りに生えている木々を絡ませていく。上に昇る階段も太い枝を操作して作る。
思考錯誤しながら作ること10分、やっと形になった。
枝の階段で上に行く。すると葉がぎっしりと詰まった床があった。人が乗っても底が空かないし出来は十分だろ。
こんなに魔力使ったの初めてで、疲労感が尋常じゃなく、立っているだけでも精一杯だ。
今日はもうゆっくり休もう。
そのまま葉っぱのベッドにダイブした。
翌日眼が覚めて、昨日の疲労が取れたことを確認すると下に降りて川で顔を洗った。
気持ちのいい朝だ。空気がきれいで今日も一日頑張ろうと思える。
さてまず腹が減ったから食事をとろう。
川魚をとるため植物を操作して即席の網をつくって罠を仕掛ける。ほどなくしてヤマメがかかった。
魚だけでは物足りないので再び植物魔法を使ってリンゴを育てる。昨日の反省で魔力の大量消費は危険だということがわかったので、イミテートの種にはあまり魔力を込めなかった。
一つとって食べてみると味が薄い。贅沢は言ってられないので仕方ないが。
ナイフと小石をすり合わせて近くに落ちていた枯れ木に火をつけ、魚を焼いて食べる。
その後、周りの散策をして食事をとってということを繰り返しているうちに日が暮れて行った。
しばらくはそんな生活を続けていたが平穏はやがて壊されることになる。
いつもと同じく朝に目を覚ますと周りが騒がしい。森の動物や魔物の鳴き声が聞こえる。
なんだろうか。とりあえずいやな予感がするし下に降りてみよう。
「オォォォォォ!」
しかし降りた途端、あまりに大きな方向にのけぞる。次の瞬間――
ガサッ
大きな獣が草むらから飛び出してきた。
黒色の毛に白銀の戦が入っていて、頭からは猛々しい角が一本。
たしか昔、本で見たことがある。――災害獣アブソリュートウルフ。
向こうは俺を見つけるや否や飛びかかって来る。
「くっ!」
紙一重で体をずらし直撃を避けるが、若干脇腹をかすってしまった。
その攻撃力の高さなら一発食らっただけで危なそうだ。
今逃げたとしても到底かなう速さではないし。しばらくは応戦するしかないだろう。
「『コクタン』『植物付与:コクタン』」
簡略化した詠唱で、かなりの固さを誇るといわれる黒檀の木をナイフに付与する。
「生半可な剣だと折れちゃうしな。しかしなぜだ、ゴブリンがいるから危険度は高くないと思ったんだがな。災害レベルの獣がいるなんて」
しっかり相手を見据えながら、独り言をつぶやいた。手元には暗い色の長剣が収まっていた。
準備を待ってくれたのかその狼は剣が出来上がると一回吠えて牙をむき出しにかかって来た。
剣で受け止めようと前に掲げるが――
「なんて重さだっ! くっ……」
このままだと押しこまれると感じ、横に回避。そのまま腹を斬り裂こうと剣を立てて走りぬける。
後ろを振り返るとそこには無傷のアブソリュートウルフが立っていた。
「かなりの力を入れたこの剣でも切れないのかよ……ははっ呆れるな。ならば勝ち目はないだろうから責めて逃げるだけの時間を稼ぐことを優先しないとな」
「グルルルルルル……」
相手は唸ると口から電気を迸らせる。
「しまった! 雷魔法まで使えるのか!」
高度な知識を持つ魔物は魔法を使えると習っていたが完全に失念していた。
やがて吐き出された雷の玉は速く、回避しようと動き出していた俺の頬をかする。刹那――
ドゴォォン
後ろで轟音が鳴り響く。目線を向けると自分が作ったツリーハウスが根元から木っ端みじんになっている姿が映った。
あれが当たっていたと考えただけでぞっとした。
多分あいつの引き出しはまだあるだろう。短期で決着をつけなければこちらの命が危ない。魔力切れ覚悟で行動しないとな。
作戦は――
「『種子複製』」
ウバメガシという木の種子を作り円形に植えて置く。
飛びかかってきた狼がその円に入った。今だ。
「『成長促進』『植物操作』」!」
魔力を少し特徴的に込めて急速に成長させていくと、通常ではありえない太さになる。それを操作で隣り合う木々を絡ませてドームを形成する。
ウバメガシはシラカシと違って低木林である。そのため量が多くても必要とする魔力は同じくらいだった。
低木と言っても5mはあるので3m近いアブソリュートウルフをすっぽり覆える。
操作も階段のように複雑な物ではないので少しだけ余力がある。
そしてなぜこの木を選んだかと言うと、木の密度が高いのである。そうすれば一回くらいなら、雷魔法を耐えれるだろう。
破られたとしてもさっき雷魔法を使った後にクールダウンの時間があったので逃げる時間は確保できるはずだ。
俺は数日間寄り添った木々を後ろに全速力で駆けだした。