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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
62/67

七ー1


「神剣とは、神の血肉だ」

 果てない回廊をあてどなく歩きながら、デヴェンドラが言った。

 漓瑞は比喩なのかそれとも言葉の意味そのままなのか図り兼ねて、どういうことなのか問い返す。

「神は死ぬときに肉体を様々な形に変える。大岩であったり巨木であったり、あるいは宝玉。神の遺骸は世界の一部となった。複数の世界を統合する時も、多くの神が世界の礎とされたんだ」

「神殺しの目的のひとつは、世界を統合するためだったということですか」

 世界が幾つもあったという事柄そのものに具体性を得られていない漓瑞は、なんとか自分の中でかみ砕いていく。

「そうだ。そうしなければこの世界は繋ぎ止められなかった。そして、神剣もそのひとつだ。僕のこの剣は、最初の僕の肉体だったものだ」

 腰に下げた神剣に触れてデヴェンドラは続ける。

「神剣は瘴気を浄化するためのものだ。それは生きている神にだった無論、できる。ただ遺骸から作られた剣はそれ以上の力を有する。浄化の力の強いごく限られた神だけが剣となり得る」

 目の前の魔族がそれほどまでに巨大な力を有していた神にはあまり見えなかった。

「……僕は瘴気を浄化する役目も負っていたんだ。人間の血が何度も混ざって、今のこの体に浄化の力はあまり残っていないが」

 漓瑞の考えを読み取ったように、デヴェンドラが不機嫌そうな顔をする。

「失礼しました。人間にその神剣を与えたのは、なぜでしょう」

「数多の神を封じ、あるいは殺してまわれば当然瘴気を浄化しきれなくなる。人間達にその役目を背負わせたんだろう。神剣は存在するだけで一定の浄化能力がある。ただ、本来神剣を扱えるのは僕のように同一の魂を保持しているか、血縁関係にあるかに限る。それを人間に持たせるために、取り扱う人間の血と魂の一部を神剣に取り込ませたんだ」

「魂というのは神剣の使い手の寿命が限られることと関わりがあるのですか?」

 血というのなら、まだ目に見えるので理解出来る。魂というのは難しい。

「ああ。多大な瘴気が人間の体に影響を及ぼしているのもあるが、人間の魂も同時に神剣を扱う代償として消費されている。一子相伝となるのは魂が削られる影響が強い。魂が削られた分、繁殖能力も削られる。紛い物の神剣にとって、使い手の人間の魂と血は餌だ。ふたつ魂があればひとつを食い潰し、もうひとつは保存食にすぎない」

 デヴェンドラが淡々と告げることに、漓瑞は顔をしかめる。

 監理局にまつわるなにもかもが歪だ。

 もはや組織の創立者らすら知らない真実がつまびらかになるにつれて、神の意志を継ぐ絶対的な組織に落ちる影は濃くなっていく。

「……神剣の宗家のひとりが、肉体を変えて生き残っています。十歳ほどの子供の姿をしていますが、面識はありますか?」

 しかしながら、デヴェンドラの話が確かだとすると、アデルの存在が気にかかった。ある意味、デヴェンドラと同じく『生まれ変わった』ということではないだろうか。

「いや。なんなんだその人間は?」

 デヴェンドラが不可解そうな顔で首を傾げると、漓瑞は少し考えてアデルの存在によって監理局の真実が次第に明らかになってきている経緯を話すことにした。

 知られてこちらが不利になることはない。デヴェンドラも神々にまつわることを取り立てて隠す気はなさそうだった。

「あの女神の記憶が乏しい。会ったことはなかったはずだ。主は何か仰っていた気がするが、思い出せない。ただ、この統合された世界が限界に近いのは確かだろう……。お前達」

 デヴェンドラが話す途中で、ようやく目の前に見飽きた柱と壁以外のものが現れる。それは盾と矛を持った骸骨だった。

 数十いる彼らはかたかたと歯を鳴らし、矛を掲げてこれ以上は通さないと威嚇してくる。

「あれは、あなたの配下では?」

 漓瑞は骨の衛兵達を見やってから、王であるはずのデヴェンドラを見る。

「彼らにはもう僕が誰であるかはわからないんだろう。こんなにも瘴気にまみれてしまっては、もう人でなく妖魔だ」

 デヴェンドラが哀しげに言って剣を抜く。

 一瞬の躊躇いの後に彼は緩やかに一歩踏み出して刀身を振った。音もなく衛兵達は消滅する。

 大仰な動作をせずに瞬く間に衛兵達を消していく様は、昔ほんの少しだけ剣術を囓っただけの漓瑞にもデヴェンドラの剣の技量が高さを実感することができた。

「数が多いですね」

 しかし、衛兵達は際限なく現れかたかたがちゃがちゃとうるさい音をたてて、回廊を埋めつくしていく。

「こんなにいるはずがない」

 デヴェンドラも戸惑いながらも骸骨達を次々と消していく。漓瑞も手の甲から水を溢れさせ、応戦する。

「この先に何かあるということでしょうか」

 彼らが道を塞ぐということは、先に護るべき何かがあるはずだ。

 体の内側が熱にあぶられる感覚に漓瑞は呼吸を乱しつつ、衛兵の群の奥に目を向ける。

「玉座の間かもしれない。大丈夫か?」

 デヴェンドラが息が上がっている漓瑞に気付く。

「ええ。問題ありません」

「人間の血の混じった体には、その浄化の力は大きすぎるのか。神の器にされかけたとさっき話していたな」

 デヴェンドラが最後の十体ほどをひとまとめに斬り払って、漓瑞の刻印に目を落とす。

「それ以降力が大きくなったようです」

 祖先たる東の要と呼ばれる女神の器とされかけた前は、手持ちの鞠や木切れなどを浄化の水に変える媒体としていた。今は直に刻印から水を溢れさせられる。

「神の浄化の力だけ残ってしまったのだろう。僕等は火の力が強い南の要の神に属するが、水とも関わりが深い。その縁で東の女神とも交流があった。東の女神は早々に降伏したとはいえ、あなたが監理局に従って必要以上に浄化の力を使って体に負荷をかけることはない。必要ならば、監理局を出る手伝いもする」

 デヴェンドラの表情は監理局に従えられている同胞への同情に変わりはじめていた。

「私は監理局に従っているわけではありませんので。私は自分の命を削ることに躊躇いはないんです」

「……どうしても神殺しの咎を背負った愚かな人間達の下にいなければならないのか」

 監理局の過去を知る魔族にとって、いかに許しがたい行為を監理局がしたのかデヴェンドラの憎悪を押し殺しきれない声ではっきりと分かる。

「人も魔族も愚かであることは変わりないでしょう。それと同時によき人間もいる。あなたならわかっているでしょう」

 大切な人間がいるデヴェンドラならばわかるだろうと見返すと、彼ははっとした顔をしてうなずいた。

「そうだな……。あなたの意志ならば監理局に留まるのもしかたがない」

「ええ。さて、ここから抜け出すには、あの扉しかないでしょうか」

 衛兵達が去った回廊の真ん中に両開きで黒地に白い花模様の装飾が施された扉が見えた。しかしあるのは扉だけで奥にはまだ回廊が続いているのが見える。

「あの扉に見覚えがない」

 デヴェンドラが警戒した様子で扉を見据える。ただのまっさらな石や木ならともかく、凝った装飾が施された扉ならば記憶に留まるはずだ。

「しかしあそこ以外に新しい道というのもないでしょう」

 いつまでも同じ回廊をぐるぐると回り続けるか、不審な扉を開けるかどちらか選ぶなら後者だ。

 デヴェンドラも迷いつつも他に道もなく仕方なしに前へと進む。慎重に彼が扉に指先で触れると重たげな扉が音もなく開く。

 そして前へ進む間もなく闇が流れ込んでくる。

(水……)

 闇かと思ったものは大量の水だった。不思議と息はできるが声を出せない。足先に触れるものもない。視界は漆黒。

 沈んでいるのか浮いているのか。

 とにかく水の中であること以外に何もわからなかった。

 漓瑞は手の甲に熱を感じて、何かを掴むように手を伸ばして掲げ浄化の水を解き放つ。

 白い糸のように自身から放った水は闇の中を流れ漓瑞を導く。

 引き寄せられる内に、闇の中に大きな白い塊が見えてきた。

(象?)

 そこにいたのは巨大な白い象だった。見開かれた翡翠の瞳が漓瑞を捕らえる。

 これは神だ。

 目が合った瞬間、漓瑞はそう悟った。

 

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