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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
60/67

六ー4


***


 ほんの一瞬の違和感の後、警告の声も遅く黒羽の姿は漓瑞の前から消え去った。

「……まったく、本当に次から次へと」

 厳しい顔で漓瑞は歯噛みしながら、視線を周囲に巡らせる。

 松明の火は消えてしまっているものの、周囲は蒼白い光に満たされて極彩色の柱が無数に乱立する広い空間ということはわかった。

 これだけ広ければ同じ空間の別の場所に黒羽もいるかもしれない。あてどなく歩くべきか、ここで耳を澄ませてじっとしているべきか悩ましいところだ。

 漓瑞は柱の一本に近寄って何が描かれているのか目を細めて観察する。

 赤い地に緑の蔦草、金色の鳥、青い花。小指の爪の先程しかないそんな文様が、螺旋状にびっしりと描き込まれていた。

 花が散っては咲くを繰り返しているのは、命が生まれ変わることを現わしているのだろうか。

 どの柱も同じ模様で、一度動けばここに戻れないのは確実だ。

「黒羽さんは、動いているでしょうね」

 もし、似た場所にいるのなら黒羽がじっとしていられるとは思わなかった。

 ならば入れ違いになるのを避けるために動かない方がなどと考えていると、広間の奥から足音が聞こえて来た。

 黒羽のではない。

「……ここで何を」

 柱の陰から出てきたのはデヴェンドラだった。どうにかこの状況を説明してもらえそうではある。

 いきなり斬りかかってくる気配のないデヴェンドラの腰の剣に視線を一瞬だけ投げて、漓瑞は彼の顔を見上げる。

「来たくてきたわけではありません。採掘場にいたのですが、気がついたらここに。もうふたり局員ともはぐれました。……どちらも見ていませんね」

 デヴェンドラの最初の様子からすると、黒羽とロフィットには遭遇していなさそうだ。

「ここはかつての王宮だ。地上のどこでもない場所。神の復活の時が来て、道が繋がった。だが、回廊が捻れてしまっている。僕の記憶にある限りでは、こんなにも広くはなかったはずだ」

 周囲を見渡しながらデヴェンドラが、苛立たしげに眉根を寄せる。

「ということは、あなたも迷っているのですか」

 デヴェンドラが外に繋がる道を知っているかと思っていたが、これはまったくの期待はずれらしい。

「……そうだ」

 むっとした顔でデヴェンドラが迷子になっていることを認める。

「お互い、ここで争うのは懸命ではありませんね。この状況、どこまで把握していて把握していないのですか?」

 神の復活を先導していたデヴェンドラにとってもこの事態は想定外のことらしいとはいえ、少なくとも自分よりは何か分っているはずだ。

「僕が主神の器となるはずだったのに、なれなかったからこうなったのだと思う。他の神々は同族の体を器に、いくつかの選ばれた人間の魂もこの国の人間を器にして復活するはずだったのにできていない」

 不服そうに語られることに、漓瑞は倒れていた支局員や魔族を思い出す。

 彼らが新しい器となるのなら、元の彼らの魂は一体どうなってしまっているのか。

「局員達の魂は損なわれたのですか?」

「いや、同族達も人間も魂は損なわれなかった。今は衝撃で気を失っているだけのはずだ」

 魔族はともかく、支局員は無事ということで漓瑞は安心する。

「なぜこんなことになったのか、心当たりは?」

 核心に触れると、デヴェンドラはふと目を逸らしてしばし黙り込んだ。そして重たげに口を開く。

「ネハかもしれない。彼女の元へたどりつく直前に、ここに送られた。あそこは主神の復活の時にも影響の及ばないはずの場所だった」

「あなたは、奥方を探しているのですね」

 ネハの名を口にした時には焦燥が見て取れた。

「ああ。見つけられないどころか回廊からも出られない」

 声を萎ませて言うデヴェンドラに、思わず漓瑞は深いため息をもらす。そうすると、彼は眉間の皺をさらに深くした。

「……ここを抜け出る方法はまったく思いつかないのですか」

「この回廊は王宮の外回廊だ。王宮内部に繋がる表門と裏門の二箇所の扉がどこかにあるはずだが、見つからない」

「何度かは訪れたことはあるのですよね」

 どことなく自信なさげな様子に、漓瑞は不安になって訊ねる。返答はすぐに帰って来なかった。

「この肉体では、初めてだ。記憶にはある」

 それは書物に書かれた絵を見て『覚えている』ということと同じでないだろうか。

「生まれ変わる前のことですか。それは一体どれだけ前で、どこまで正確なのですか?」

 魔族の寿命は長ければ三百年ほどある。気が遠くなるほど昔では、まったく当てにならない。

「まだ主神がおわす頃だ。引き継ぐ記憶は必要最低に留めていて正確だ。西の要の神のように、好きに膨大な記憶を保持していられればよかったのだが」

 遙か昔すぎではないかと呆れる一方で、漓瑞は引っかかる一言にデヴェンドラを見上げる。

「要とされる神のことをしっているのですか? ……私の祖先は東の要であったそうです」

 数多の神が存在した頃、その中でも特に力の強い要とされる神がいたという。他の要に関してはまだ何も分っていない。

「玉陽の……! 彼の女神は監理局に一番最初に屈した記憶がある。だからあなたも監理局に従っているのか。後は南と東と、西に一柱ずついたはずだ。南の要の神とは会ったことがある」

 何かに違和感を覚えたのか、デヴェンドラが口を噤んで考えこみ始める。

「気になることでも?」

「保管しておくべき記憶が欠如している気がする。僕らの主神が封じられた後、どうなったか。おかしい。記憶の保持が不完全だ」

 一番知りたい監理局の空白の三百年のことが、彼の記憶から抜けているのではないのか。

(彼は、主神の復活のためだけに残されたのか)

 かつての王といえば聞こえはいいが、主神の傀儡でしかないのではと漓瑞は考える。

 多くの神々。従える者、従う者。その関係は複雑に絡み合って真に上に立っているのは誰なのかが曖昧にされる。

 空白の期間を知る魔族の末裔がどこかにいるかもしれない。

「……監理局の神剣は紛い物だと、あなたは仰っていましたね。なぜですか」

 とにかく少しでも情報を引き出そうと、漓瑞は質問を重ねる。

「あれは……」

 思考を止められたデヴェンドラが煩わしそうな顔をしながらも答えかけた時、がらん、と金属が転がる音がした。

 ふたりが音のした方へと目を向けると、そこにはまっぷたつに折れた剣とおぼしきものがが転がっていた。

 一瞬、冥炎かとひやりとさせられる。しかし、近づいて見れば違うとすぐにわかった。

 しかしまったく知らない剣ではなさそうだった。

「これは、神剣ルーベッカ?」

 ロフィットが持っていた神剣とよく似ているが、まるで力を感じない。

「その剣はもう死んでいる」

 デヴェンドラが柄に触れるとどろりと神剣は溶けて、後には赤黒い血のような水たまりができた。

「持ち主がどうなったかわかりますか?」

 神剣が折れるなど、ただごとではない。

「いや。だが、主神が復活された様子もないのに、なぜこんなことばかり」

「……何者かが介入している可能性は?」

「神の復活をしっているのは僕と今、眠っている仲間達だけだったはずだ。他にいるはずがない」

 頑なな物言いに、漓瑞は訝しむ。

「渡し人は? 彼らは元々同族でしょう」

「いいや。彼らとは袂を分ってから一度も接触していない。彼らは主神の記憶を放棄したはずだ」

 そんなはずはない。藍李かは渡し人から何らかの情報は得られたのだろうから、自分達に鉱山で待機の指示があったのだ。

 何かが食い違って、噛合っていない。

「おそらく、あなたの記憶には抜けがあるはずです。ここから出ないことにはどうにもなりませんね」

 ロフィットの神剣がああなってしまった現状、黒羽の安否も不安が増してくる。

「ネハを見つけなければ……」

 そうは思えど、見渡す限り同じ景色でふたりは途方にくれるしかなかった。

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