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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
59/67

六ー3


***


 坑道の中は外と比べて幾分涼しい。ただそれ以上に濃い瘴気が体中に纏わり付いてきて、半固形のどろどろした何かの中を歩いているような、体の重さと息苦しさを感じる。

「だいたいなんでいっつも穴蔵の中入って行かなきゃならねえんだか」

 神々にまつわる事を調べる時、大抵地下や洞穴に入って行くことばかりだと、黒羽は愚痴をこぼす。

「隠すなら穴彫って埋めるぐらいしかないからじゃね? しっかし、この瘴気で妖魔が一匹も出ないのは変……漓瑞さん。大丈夫っすか?」

 ロフィットが辺りを見回しながら、顔が強張っている漓瑞に気付いた。

「お前、体きついんじゃねえのかよ」

 漓瑞の半歩後ろを歩いていた黒羽はロフィットの言葉を受けて彼の覗き込み、あまり平気そうではないと不安になる。

「継続して力を使っていた影響でしょう。それより、何か聞こえます」

 漓瑞が坑道の奥へと話を逸らして、黒羽とロフィットは耳をすませる。

 かすかに風が唸るのに似た音があった。

「どっかから風が通り抜けてるっていうにも、ここは全然風がないのは妙だな」

 ロフィットが立ち止まって、黒羽と漓瑞も彼の判断を待つことにした。

「……よし、もう少し進んでみるか。やばそうだったら後退っつーことでいいか?」

「はい。漓瑞、お前、本当に大丈夫だな」

 黒羽は漓瑞に念押しし、彼がうなずくのを確認して再び奥に向かって歩き出す。進むにつれて坑道にこだまする音は大きくなっていくと同時に、奇妙な音も混じり始める。

 生木が折れるような音に、くぐもった音。風に似た音が不定期にするたびに、焦げ臭さと生臭さが混じり合うなんともいえない不快な悪臭まで漂ってきた。

(できれば見たくねえもんありそうだな)

 黒羽は酷い匂いにしかめっ面で明後日の方向へ視線を向ける。口を開くとまともに悪臭を吸ってしまいそうで、誰もが重たい無言を保ったまま音の正体にだいたいの予想をつける。

 何かの呼吸音と、咀嚼する音だ。それも、相当巨大な生き物だろう。

 問題は、一体何を食べているかだ。

(さすがに人間じゃあねえよな)

 局員達は皆、坑道の外で意識を失っていて、咀嚼音からしてもっと大きい。

「おっと」

 先頭を歩いていたロフィットが声を上げて立ち止まる。

「行き止まりっすか?」

「いや、ありゃすごい。ほら」

 漓瑞がロフィットが顎で示す少し先に、松明の明かりを向ける。

「なんだ、あれ。大きすぎるだろ……」

 道の先は下り坂になっていて先にはだだっ広い採掘場があった。その中には巨大すぎる妖魔がうずくまっていた。

 鯨ほどはありそうな大きな妖魔は胸から上が虎で、胸から下が蛙だ。

「妖魔を、喰ってるのかよ」

 巨大な妖魔は時々口から火の粉が飛び散らせながら、牛や馬に似た中型の妖魔を無心に屠っていた。

 妖魔が坑道から湧き出ないのは、あれが端から食べてしまっているからだろう。

「ここで戦闘になるのはまずいですね……」

 あんな巨大な妖魔が暴れたら、坑道が崩れて生き埋めになりかねない。

「退却だな」

 ロフィットが即決して、三人は一度外に出るために息を潜めて引き返すことにする。だが、不意に妖魔が食事を止めて首をこちらに向けた。

 そして立ち上がり口を大きく開けたと同時に、ロフィットと黒羽が剣を抜く。

 牛蛙と獣の鳴き声が混ざり合ったざらついた咆哮。

 それだけで坑道全体が揺れる。

「くっそ、やるっきゃねえ」

 ロフィットが神剣を振るう。

 目に見えない浄化の力が空気を振動させながら、妖魔に向かう。

 妖魔が口から火を吹き出してその力を受け止める。神剣の浄化の力は妖魔の炎を打ち消したものの、木か何かに燃え移った残り火に照らされた妖魔の体は無傷だった。

 神剣の力と拮抗するだけの力を持つ妖魔に、三人は愕然とする。

 監理局の長い歴史の中で、たった一匹で神剣と対峙できる妖魔の記録はない。

「ふたりは外へ走れ! 俺はできるだけ奴が動かないように止める」

 視線を妖魔に向けたまま、ロフィットが黒羽と漓瑞に命じる。

「あたしも戦います!」

 ひとりよりもふたりの方がまだましなはずだ。

「妖刀と神剣じゃ、一緒に戦うには相性が悪い、行け!!」

 強く言葉を叩きつけられて、黒羽は歯噛みして踏み出しかけた足を留める。

「黒羽さん、ここは」

 そして漓瑞にも促され、背を翻す。

 何もできないのは嫌だが、足を引っ張るのはもっと嫌だった。

「頼みます。外で待ってます」

 悔しい思いを抑え込んで黒羽はそう言い残し、漓瑞と共に坑道を走る。時々ぐらぐらと揺れて、獣の咆哮が轟く。

「うおっ!」

 一際大きな揺れがやってきて、走るどころか立っていることすらできずに黒羽達はその場にしゃがみ込む。

 パラパラと頭上から砂や岩の粒が落ちてくるのに、このまま崩れるのではないかと危機感に背筋が冷える。

「収まりましたね。仕留めたのでしょうか」

 幸い崩れることはなかったが、今度はしんと静まりかえって何も聞こえなくなった。

「漓瑞……」

 魔族の漓瑞の聴覚なら多少は状況が分るのではと、彼の顔を見る。

「何も、聞こえません」

 漓瑞が首を横に振って、黒羽は坑道の奥へ目を向ける。

「様子見に行った方がよくねえか?」

 できることならロフィットの無事を確かめたい。

「……外で待ちましょう。戻っている内にここが崩れないとも限りません」

「でも、もし動けなくなってたらどうすんだよ。ほっとく訳にもいかねえだろ」

 負傷して身動きできない状況であったり、早急に治療が必要な状態かもしれない。

 漓瑞は困った顔をして考え込んで、仕方ないと諦めのため息をついた。

「呼びかけながら、戻りましょう。声が届く距離になったら救援が必要か確認して、次の行動を決めましょう」

「わかった」

 黒羽は漓瑞の指示に従って、数歩ごとに声を張り上げる。しかし、いつまで経っても反響するのは自分の声だけだ。

「おかしいですね。採掘場はそろそろ見えるはずなのですが」

 ずいぶん引き返した所で、漓瑞が異変に気付く。

「まさかいつの間にか道が変わったってことか?」

 思い当たることといえば、あの一際大きな揺れの時だ。

「そうだとすると、もはや出口すら分らなくなりましたね……黒羽さん!」

 漓瑞が何かに気付いた時、ぴちゃんと水音がする。

 一瞬で辺りが暗闇に包まれる。

「漓瑞?」

 漓瑞が持っていた松明の灯が消えたのかと思い、声をかけるが返事がなければ気配すら感じられない。

 黒羽はすぐに冥炎に火をつけて、周囲を照らす。

「くそ、どこだよここ。支局じゃねえよな」

 見渡した周囲は明らかに今いたはずの坑道ですらなかった。高い天井と無数の極彩色の柱が乱立している様子は、第九支局の局舎によく似ていた。

 そうして広い空間の奥から緩やかに蒼白い光が流れ込んできて、周囲をぼんやりと照らす。

「黒羽」

 どこからともなく呼びかけてくる声に、肌が粟立つ。

 幼い少年の声は聞き覚えがあった。

「アデル……!」

 視線の遙か向こうで子供の影が動いた――。



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