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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
58/67

六-2


***


 蘇芳が忽然と姿を消し、彼の部屋で意識を失っていた白雪が目覚める頃、藍李とハイダルの元に黒羽達を含めた五十名あまりの局員の消息がわからなくなったとの報せが入った。

「まったく、次から次へと」

 白雪を休ませている救護室へと向かう途中の廊下で、藍李は歯噛みする。

「現状を詳しく頼む」

 ハイダルが報告しにきた局員へ詳細を訊ねる。

 日暮れ頃に鉱山の麓周辺で妖魔の駆逐にあたっていた局員達の姿が全く見えなくなり、夜にうかつに山深くに入ることも躊躇われ現在膠着状態ということだ。麓よりもさらに村や集落に近いところに配置されていた局員は無事が確認されており、妖魔の増加も見られない。

「妖魔が出ていないのなら、まだ安心できるわね……」

 戦闘員を多く欠いた現状で、妖魔の大量出現などあったらたまったものではない。

「しかし、局員の捜索を朝まで待つのですか?」

「このままやたらむやみに局員を踏み込ませて行方不明者を増やすわけにもいかないわ。ロフィットと漓瑞が無事に指揮を取ってくれてることを祈りましょう」

 黒羽はともかくとして、状況判断が的確にできそうな者がふたりいるのでそちらに任せるしかない。

「ええ。では、引き続き周辺の村や集落の安全を最優先とし、鉱山へは近づかずにいるよう伝えてくれ」

 ハイダルがそう告げてから局員が立ち去るのを見退け、ため息と共に肩を落とした。

「申し訳ありません。頼っていてばかりで。もっとひとりで判断して決を下せなければならないというのに」

 どうやら彼はま総局長代理としての自分自身の身の振り方に思うところがあるらしかった。

「人の話聞かないよりは聞いた方がいいわ。私は迷うのが嫌いだからさっさと決めてしまうけれど、もう少し周りの意見は聞いておくべきってよく思うもの」

 即断即決。悪いことばかりではないが、気がつけば周りを置き去りにしてふと気がついたら、ひとりで走りすぎていることはハイダルと同じ年の頃はままあった。

 今でもあるし、ひとりになっていることに気付いていないのかもしれないと少し恐くなることは最近の方が多いかもしれない。

「藍李様でも思われるのですか? いつも毅然と正しい判断をしていらっしゃると思いますが」

「そう。そう思ってもらえるうちは安心だわ。私達は白雪に会いましょう」

 少なくともひとりはついてきてくれるらしいと、藍李はひとまずまだ立ち返らずにすみそうだと思いつつ救護室へハイダルと入る。

「白雪、大丈夫よ。そのままで」

 藍李は白雪が体を起こそうとするのを止めて、傍らの椅子に腰掛ける。意識が戻ったとはいえ、白雪の顔はまだ青ざめていて瞳もぼんやりと焦点が定まっていない。

 あまり無理に話をさせられないだろうと、心配そうにしているハイダルと視線を合わせてうなずく。

「ハイダル様、藍李様……蘇芳は?」

 乾いて掠れた声でつぶやいて、白雪が瞳を彷徨わせる。

「蘇芳は消えた。何があった?」

 ハイダルが優しく問うと白雪の顔がさらに血の気が引いた。

「アデル様だわ。あれはきっとアデル様でした」

 怯えきった答に半ば予想としたとはいえ、いざわざわざ白雪に姿を見せて蘇芳を連れ去ったアデルが不気味だった。

「他に覚えてることはない?」

 藍李の問に白雪は重たげに首を横に振った。そしてゆっくりとその手を持ち上げて、藍李の手に触れる。

「蘇芳は、どうなってしまうのです?」

「わからないわ。ただ、無事に連れ戻すことだけは約束するから、今日はもうおやすみなさい」

 白雪が欲しがっているだろう言葉を与えて、藍李は腰を上げる。話がまともにできそうなのは明日だ。

 白雪がまた目を閉じて藍李はハイダルと部屋を後にする。ちょうど廊下では一様に心配そうな顔をした、緋梛と紫苑と蒼壱の神子達三人がいた。彼らに状況を話すとアデルの名前に怯えと不安がのぞく。

「すまない、私達も今、君達の安全を確実とできる術がない。各自、身の周りに気をつけて少しでも何か気になることがあれば報告してくれ」

 ハイダルの正直な言葉に硬い表情で三人はうなずいて白雪の顔を見ていくと救護室へと向かって行った。

「黒羽達の状況と、これ、関係あるかしら?」

 できればなければよいのだが、偶然と言うのも難しい。

「無関係とは言い切れないですね。本局長達は知っているでしょうか」

「聞くだけは聞いた方がいいわね。いずれにせよ、蘇芳が消えた件には報告がいてるから、向こうから話がくるかもしれな……」

 言い切る前に明らかに藍李とハイダルに用がありそうな局員がやってきて、告げたのは案の条本局長であるランバートからの呼び出しだった。


***


「ここどの辺りだろうなあ」

 黒羽はさして変わらない景色にぼやく。

 見渡す限り木々に囲まれ、時々道もあるものの来た道も分らなければ向かうべき道すらおぼつかない。

 途中で松明にできそうな太い木切れを見つけて灯にしているものの、灯が届く範囲はたかがしれている。

「坑道の入り口が多いですね。西側に入り口が多いと聞いたので、そちらの方かもしれません」

「出られるかどうかは、日が昇ってから考えるか。この中にいると漓瑞さんぐらいしか瘴気がわからないな」

 ロフィットが言う通り、漓瑞の水の天幕で瘴気は浄化されて内側まで伝わってこない。

「漓瑞、大丈夫か?」

 ということはずっと漓瑞は瘴気を浄化し続けているということで、体への負担が心配だった。

「ええ。それほど多量ではありませんし、目的地までは保つでしょう。戦闘になったら、おふたりに任せます」

 無理をしている様子は感じないので大丈夫そうではある。しかし、負担になることに違いない。

「おう。任せとけ。無理そうならちゃんと言えよ。あの骸骨がまた出てきてもあたしがなんとかするからよ」

「はい。あれは妖魔とは少し違いましたね」

「ああ。瘴気はあったけど、ちょっと違ったな」

 あんな限りなく人に近い形の妖魔は見たことがなければ、瘴気を纏っていても妖魔とは感じる物が違った。

「亡霊っていうやつかもなあ。ほら、ここには生まれ変われなくなった旧世界の住民が瘴気を溜め込んでるんだろ」

 ロフィットの見解が正しそうだった。農具や武器を持ってたのは生前に農夫や戦士だったからやもしれない。

「……燃やしちまってよかったのか?」

 そう聞くと後ろめたい気分になる。

「他に手段も何もありませんでしたし、気にしすぎることはありませんよ」

「死んでるからな。襲ってきたなら正当防衛ってやつだ」

 漓瑞とロフィットが言うように、そうする以外手段はなかったのはわかっているので黒羽は考えすぎないことにする。元より悩むのは得手ではないので、気を持ち直すまではそうかからない。

 そして進んでいくと再び木陰に人が倒れているのが見えた。

「局員じゃねえな」

 倒れていたのは六人で片耳に局員章がない。両手の甲には魔族の証である刻印があった。

「文様が左右で違いますね。……純粋な神というのとも違う」

 かつて神であった者達は人間の血を受け入れ、魔族と呼ばれるようになった。人の血が混ざらずにいると、両手に刻印があることが特徴だ。

「盗賊団の一味か? 彫り物でもなさそうだな」

 黒羽もしゃがみ込んで両手の刻印を見比べてみるものの、どちらかが後から意図的につけられたものには見えなかった。

「局員と同じで気を失ってるだけだな。こいつらがいるってことは瘴気の大元に近づけてそうか。漓瑞さん、瘴気はどんなかんじだ?」

「かなり濃くなってきています。この道の奥の方かと」

 かつての坑道への入り口に繋がる道の先を漓瑞が示す。

「さっさとすませちまいたいけど、簡単にはいかねえよなあ」

 真っ暗で何も見えない道の先からは一体何が飛び出してくるのか。警戒を強めながら黒羽達はさらに慎重に進んでいく。

 坑道へ続く道は長らく使われていなかった割には下草は少なく、倒木が道を塞いでいることもなくきちんと道としての役目を果たしている。

 そうして坑道の入り口まで辿り着くと、漓瑞が一瞬顔を顰めるのが見えた。

「きついか?」

 よほど瘴気が濃いのかもしれないと、黒羽は彼に確認する。

「ここから吹きだしてきています……。天幕を張り続けるのは難しいかもしれません」

「よし。俺が外を見てくる。これ出た途端全然別の場所に飛ばされないことを祈っててくれ」

 ロフィットがそう言って慎重に体を出して、黒羽と漓瑞はじっと彼を見守るが姿が見えなくなることはなかった。

「あれ、見えるってことは大丈夫か?」

 ロフィットも奇妙な空間に飛ばされた訳ではなさそうで、こちらに手を振って漓瑞に天幕を外してみてくれと言った。

「……大丈夫ですね。しかし、これはまた濃いですね」

 天幕が消えた途端むわっと体中が瘴気の不快な感触に包まれて、黒羽も顔を歪める。

「だいぶきついな。でも、進むしかねえか」

 おそらくこの先に何かはあるはずだ。

「よし、俺が先頭に立つからおふたりさんは後ろ頼む」

 神剣を抜いたロフィットが前に立ち、黒羽達は暗闇のさらに奥へと踏み込んでいった。



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