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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
51/67

四ー5

***


 黒羽とと漓瑞が戻ってから支局は大わらわだった。

 鉱山の一帯に大量の瘴気が溜っていて、近々それが吹き出す危険があるというデヴェンドラの話には懐疑的な声もいくらかあった。だが、実際に巨大な妖魔が出現していることと一帯の腐った木や一部の湧き水からも瘴気が確認されたことによって、緊急の対策がとられることになった。

「どんどん話が大きくなってくるな」

 万一の時のための近隣住人達の避難場所や、避難勧告をいつ出すかの話し合いがやっとまとまってきたところで少々息をつく間ができた黒羽はそう漓瑞に話しかける。

「ただの盗難事件というわけにはいかないとは思っていましたが……」

 漓瑞がうなずきながら何かに気づいたのか、多くの局員がひしめく魔族監理課の入口の方へと目をやる。

「聖地の石が!」

 慌てふためいた様子で駆けて来たのは、聖地の警備係だった。

「今度はなんだよ」

 良くない報告であることは明白で、ぼやく黒羽の表情も険しくなる。

 警備係の青年の話では聖地の石が真っ黒く変色していたということだった。それだけでなく近づくことができないほどの熱を帯びているという。

 鉱山の瘴気の噴出危機に続けて、聖地にまで異常事態が発生している事実にその場にいる局員の顔が一斉に強張る。

「お取り込み中失礼します! 本局より応援に来ました! ルーベッカのロフィットです!」

 そこへ新たに凡庸とした面立ちの二十歳ぐらいの青年がはきはきとした声で割り込んでくる。黒髪と褐色の肌で一瞬支局員かと思ったがどうやら本局の神剣の分家の当主らしかった。

 一同安心が半分、神剣の分家が出動する事態の深刻さにさらに緊張感が高まり不安が半分といった様子だ。

 黒羽と漓瑞は監理部長の元へロフィットと向かいながら、現状を報告する。

「はい、はい。なるほど。聖地にはおふたりにいってもらいやしょうか。俺はこっちでちょいと陣頭指揮とりますんで。部長達には話しておくから、聖地の方よろしく!」

 朗らかに言ってロフィットが手を振り、その様子に呆気にとられつつ黒羽達は踵を返す。

「……神剣の分家の人ってよ、もっと堅苦しいもんだと思ってたけどああいう人もいるんだなあ」

 今まで接したことのある神剣の分家当主といえば、北部総局長の側近ぐらいだったのでこうも明るい気質の人だとは意外だった。

「藍李さんもああいう方ですし、色々でしょう。私も少々驚きましたが」

「ああ。そうだよな。藍李、総局長だもんな」

 宗主家の当主であることよりも親友として過ごした時間の方が長すぎて、時々藍李の立場が結びつかないことがある。

 そんなことを話しながらも地下水路に向かうふたりの歩調は早かった。

 聖地までは水路を使って四半刻もかからなかった。出口である掘っ建て小屋から外に出ると事前に聞いたとおり、本当になにもない河原だ。遠く離れた場所に河が流れているのが見える。

 対岸には小さなあばら屋が河からずいぶん離れた場所にぽつぽつと建ち並び、牛や山羊などの家畜が水を飲んでいる様子が覗えた。ただこちら側は何もなく山が近かった。

「例の石は向こう側でしたね」

 漓瑞が右手側に歩き出し、黒羽はその後をついていく。

「あれか……」

 聖地の石は遠目からでもすぐに分かった。川辺にぽつんと佇む卵を逆さまにしたような真っ黒い石がある。

 近づくと、待機していた警備係の局員の女性がが真っ青な顔のまま振り返って、不安そうな視線を向ける。

「これ以上は近づかない方がよろしいかと……」

 局員がいる位置から石はまだ遠いが確かに異様な熱気を感じる。そして石は遠目に見ればただの黒だったが、近づけばどこか真っ黒い底なしの闇が凝っているかのような不吉さがあった。

 石と言われているから石と認識できるが、そうでなければ闇が滴っているかにも見える。

「瘴気が出てるわけでもねえよな」

 黒羽は濃い瘴気に触れているのに似た背筋がぞわぞわする気色の悪い感覚に顔を顰める。

「ええ。瘴気は感じません。しかし、これは……」

 漓瑞も同じく不快そうな顔で巨石を見上げる。

「やっぱり、もうちょっと近づいて見るか」

 ぼんやり眺めていてもどうにもならないのではないかと、漓瑞に訊ねてみると彼は少し考えてちいさくうなずいた。

「私が膜を張るので、一緒に行きましょう」

 漓瑞が手から水を溢れさせて半球状の水の膜で黒羽と自身を包み込む。それから心配そうな支局員に危険そうであればすぐに引き返すと告げて先へと進み始めた。

「この中だと暑くねえな」

 水にくるまれているからか熱気は和らいだ。

「私のこれは瘴気を浄化するものですから中和できているとしたら瘴気なのでしょうか」

「そうか、でも、なんか瘴気とは違うよなあ」

 じりじりと慎重に足を進めていくが特にこれといって、危険を感じることはない。手を伸ばせば石に触れられそうな距離まで近づいてふたりは足を止めた。

「これ、あん時のこと思い出すな。玉陽の聖地でお前、こういうのの中に入れられてた」

 漓瑞が玉陽の聖地の中で消えかかった時、翡翠の卵の中に彼がいたことを想起するとあの頃の感情まで蘇って来て胸が強く締め付けられる。

 あのまま失うかもしれないという焦りと、絶対になくすものかという感情。

「あの時、私は神の器とされかけていました。これが蘇るべく神の器なのでしょうか……」

 ここから旧い神が復活するのやもしれないと思うと、不気味さが増してくる。

「黒羽さん……」

 漓瑞がふと目を細めて石の下の方を示す。

「なんだこれ、溶けてるのか?」

 逆さのの卵の底の方が輪郭がぼやけて、溶け出しているかに見えた。そして漓瑞が張っている水の膜に波紋ができる。

「離れましょう」

 異常を察知した漓瑞が緊迫した声で告げる。ゆっくりと様子を窺いながら後退していると、ぽちゃんと水音がひとつ響いた。

「なんだ……?」

 水膜に異変はない。だが石の周囲の地面が瞬く間に黒く染まっていっている。

 これは早急に逃げなければと本能が警鐘を鳴らす。

 黒羽と漓瑞は歩幅を広げて急いで石から距離をとっていく。

 そうしている間にもぬらりと光る油膜のような黒い染みはどんどん広がっていき、逆に石は小さくなっていく。

 そうして石がなくなりきる頃には、地面の染みの広がりも止まった。

 あと数歩というところで難を逃れた黒羽達は安堵し、漓瑞が水膜を消す。

「どうなんってんだよ、本当に」

 目の前に広がる黒い油溜まりに似た何かもすうっと音もなく消え去った。後には底が見えないほどの深い穴ができていた。

 黒羽は呆然と穴を眺めるが何かが出てきそうな気配はない。

「周囲を調べてみましょうか」

 少し離れた場所で新たな変化がないか待ってから、黒羽と漓瑞は目を白黒させている支局員と共に穴の周囲をぐるりとまわることにする。

 だが特にこれといったものも見つからず、ふたりは支局員にもう少しの間待機してもらうことにした。

「申し訳ありません。道が塞がっております」

 水路を行く途中、急に舟が止まって船頭の渡し人が戸惑った顔で黒羽達をみやる。

「水路から出られねえってことですか?」

「支局への直通の水路だけです。近くになら下ろせますのでそこから歩いてお戻りいたけますか?」

 歩くのはかまわないが、この状況で支局に通じる道が塞がっているというのは嫌な予感しかない。

「原因は分かりますか?」

 漓瑞が進路変更をする船頭に問いかけると、彼は首を横に振った。

「いいえ。こんなことは初めてですので」

 渡し人にもよくは分からないこの状況は気になるが、それよりも支局のことが気がかりだ。ふたりは支局近くの市街地の一画に降ろされるとすぐに、支局に向かって走り出す。

「建物は、ありますね」

 街中でも一際大きな支局の建物はしっかりと建っていて、煙が上がっていたりすることっもなく安心する。

 しかし、何も起こっていないわけでもなさそうだった。

 局内に入ると中は騒々しかった。話を聞くと、中庭の演習場が陥没したとのことだった。ロフィットも今、そこにいるらしい。

 幸い穴に落ちた者もいないということなのだが、とにかく中庭の三分の一がなくなったという話だ。

「こりゃ酷いな」

 そして、演習場に出ると本当に中央部分が深く陥没していて唖然とする。瘴気の対策会議中で演習がとりやめになっり誰も落ちなかったのが不幸中の幸いだった。

 そうして、穴を見下ろしているロフィットに聖地でも陥没があったことを告げ、水路の異変も報告する。

「いや、まいったな。思った以上に大変だな……」

 目を丸くしながらロフィットが報告に厳しい顔つきになる。

 まだ何もわからない状況に、現場は昏迷していくばかりだった――。

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