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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
48/67

四ー2

***


 窃盗団の潜伏先とされている鉱山は想像以上に酷い有様だった。

「道なのに道じゃねえって危ねえなあ……」

 黒羽は昔鉱夫達が使っていた道の痕を見やってぼやく。下草がはびこり道としての名残はなくなりかかっているものの、遠目から見れば道だと分かるが先が倒木と落石で今は使えないそうだ。

 この一体はどこもこうだという。雨期に山崩れが起きたり地盤が緩んだりして、山の様相は頻繁に変わる。無理に穴を掘った場所も多く長く打ち棄てられていたので崩落の危険がある箇所も多いとのことだ。

「ここを潜伏先にしているのはずいぶん昔からなのでしょうね」

 旧道の脇の雑木林の中を進みながら隣を行く漓瑞が、道なき道を振り返りつつそう言う。

「安全な道は分かってるってことだよなあ。地の利はあたしらがだいぶ不利みてえだな」

 あまり大人数で立ち回りをするのも危険そうだ。今、黒羽は漓瑞とアマン課長、案内人を含めて四人で動いている。

 人数は他よりも少ないが戦力は盗賊頭捕獲のために集中させてある。

「地元の人間でも下手に近寄りませんからねえ。ただ魔族を見ることもなかったんですがねえ……」

 近くの村に住む案内人が不思議そうに首を傾げる。

 事前の聞き込みでも魔族の目撃情報は乏しい。できるだけ人目につかないように動いているのだろう。

「ここらは妖魔の出現もほとんどないんで局員もめったにこないんですよね、と。あー、こりゃ酷いな」

 アマン課長が雑木林の一部が倒れているのを見つける。雨期の土砂崩れの痕らしかった。

「ああ、こっちの道も駄目だ。五日前までは空いてたんですけど木が腐って倒れてました」

 先を歩いていた案内人が少し奥へと行ってすまなさそうな顔で戻って来る。

 これはまだ道程は遠そうだと黒羽達はため息をつきながら少しだけ道を変えることになった。

「すげえな」

 その時腐った木が倒れた箇所の側も通ったのだが、一本ではなく何本も折れて積み重なってこんもりと山になっていた。

 雨だけではなく腐っていつ倒れるかもわからない巨木に囲まれていかもしれないと思うとぞっとする。

「……すみません、少しいいですか?」

 その時、漓瑞が何かに気づいたらしく眉を顰めながら倒木へと近づいていく。そして朽ちた木に触た後に土にも触れる。

「自然に腐った物ではなさそうです。瘴気を感じます」

 そして彼が土を手に取って黒羽達に示すした。

「妖魔がいないっていうのに、木が腐るぐらいの瘴気なんてものがなんで……」

 アマン課長が怪訝そうな顔で漓瑞と同じように土に触れて、目を見張る。黒羽も同じく土に触れて肌がひりつく禍々しい気配に驚いた。

「ちょっとに感じるけど、これぐらいで木が腐るもんか?」

 確かに瘴気は感じるとはいえせいぜい子鬼が発生する程度ではなかろうか。

「もっと地中深く、根元に濃い瘴気が流れているのではないのかと思います」

 漓瑞が両の手を土に当てて半眼伏せて意識を集中させる。そうして彼は顔を歪ませて手を地面から離した。

「大丈夫か?」

 漓瑞の顔色が変わり、黒羽は彼の顔を覗き込む。

「ええ。予想以上に地中の瘴気は強いかもしれません」

 漓瑞の言葉に黒羽とアマン課長がぎょっとした顔で足下を見る。

「いや、しかしこの瘴気に気づくとは、瘴気の感知能力、高いんですね」

 アマン課長が感心するのに、黒羽は漓瑞が瘴気に過敏になったのはいつからだろうかと思い出そうとするもののはっきりと思い出せない。

 少なくとも支局の妖魔監理課の頃はここまでではなかったはずだ。

「あのお、瘴気が濃いっていうのは妖魔がわんさか湧くってことでしょうか」

 少し離れた所で不安そうな案内人が訊いてきて、アマン課長が手を振る。

「いや、今まで出てないならそう心配することはないでしょうが、念のために見廻りの人数は増やしてもらいますよ。だが、木は腐るので用心しといてください」

 その答にまだ心許ない顔で案内人がはあ、とうなずいた。

 そして四人はそのまま山の奥へと進んでいくものの、人どころか動物が通った痕跡すらなかった。

「こっちは外れっすかね」

 一旦休息することとなり、黒羽は竹筒の水を飲みながら山の斜面の下を覗き込む。遙か下の方には入口が塞がれた坑道が見えた。そこまでの道は木々に覆われて通れるのかすら分からない。

「奥まで入り込みすぎても危険でしょうからなあ。もう少しこの辺見回って場所かえますか」

 日暮れまでには一旦山から出ねばならないので引き返す時間も考える必要がある。黒羽達は斜面沿いに進んでから引き返す別の道を行くことになった。

「生き物の姿が少ないのは瘴気の影響でしょうか……」

 漓瑞が静かな周囲に視線を巡らせて呟く。鳥も獣も姿をみせないどころか物音すら立てていない。

「そういや虫もあんまりいねえなあ」

 生気が欠けているのは朽ちた鉱山である以外にも、やはり瘴気の影響もあるのだろう。

「ここはたいしていい獲物が捕れないんで猟師もあんまり来やしません。ずいぶん昔は賑わってたっていう話……うわああっ」

 先を歩いていた案内人が悲鳴と共に腰を抜かす。その理由を黒羽達は気配で察する。

「妖魔か」

 黒羽とアマン課長が剣を抜いて構え、漓瑞が案内人を後ろへと下がらせる。

 倒木に混じって妖魔がいた。木の幹と見まがう太さと模様の巨大な蛇が倒木の隙間で蠢いている。

「でけえな」

 木々の中で妖魔の尾の先は見えず、一体どれだけの巨体なのか計り知れない。

「まあ、さっさと片付けましょう」

 アマン課長が手始めに氷の礫を妖魔の体の上に降らせる。そうすると蛇が身を捩って地面がぐらぐらと揺れた。

 その衝撃でまだかろうじて立っていた木が倒れる。

 黒羽は冥炎から炎を放って、その木と共に妖魔をくるんで燃やすがさすがに体が大きすぎて一気に仕留めるのは難しそうだった。

「くそ、思ったより面倒くせえぞ」

 妖魔が再びのたうって、ついに近くの斜面が崩れた。

「こりやまずいな。ここで戦うのはやめときましょうか」

 アマン課長が地盤の緩さに撤退を選択肢に入れる。

「やるにしても、もうちょっとましな場所っすね……」

 さすがにここではあまりにも場所が悪すぎると、黒羽も一時撤退に同意する。

 だが、妖魔の方はそれを許してくれそうになく、巨体にあるまじき速度で木々を薙ぎ倒しながら近づいて来る。

「畜生、ここでやらなきゃ駄目かよ」

 黒羽は妖魔の突撃を躱して炎を打ち込み、アマン課長も追撃をかける。

 だが確かに攻撃は効いているはずなのに妖魔の動きは止まらない。

 見えない尾の先がまだ暴れて地面を揺らし木々が倒れる。

「頭を潰せ!」

 窮地に追い込まれる中、どこからともなく声が響く。

「頭って、もうほとんど潰れてるじゃねえか」

 声の主も気になるが、それよりも目の前の敵が先決だと黒羽は焼け焦げた妖魔の頭を見やる。

「尾にもうひとつ頭があります!」

 漓瑞が木の陰にもうひとつ頭を見つけて声をかける。

 言われてみれば確かに木陰で何かちらちらと動いていた。

「よし、いきますか」

 アマン課長が巨大な氷の塊を尾の方へと投げつけ、もうひとつの頭を持ち上げさせる。

 そして頭が視界に入ると同時に黒羽は一気に炎の波を蛇の頭にぶつける。

 その瞬間、巨体が一気に霧散して双頭の蛇の妖魔は消え去った。

「助かったけど、誰ださっきの」

 汗を拭い、黒羽は剣をしまわずに周囲に首を巡らす。人の姿はどこにも見えない。

「黒羽さん!」

 声の主を探すのに黒羽の意識は少し逸れてしまっていた。近くの木がゆっくりと倒れてきていた。

「と、うわっ!」

 慌てて黒羽は冥炎から炎を放って木を燃やすのだが、ついでに足場が崩れる。

 漓瑞が瞬時に駆け寄って黒羽の腕を掴むが引き戻すには遅すぎた。

 ふたりはそのまま崩れた場所から斜面へと転がりおちていった――。



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