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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
46/67

三-6


***


「神剣、ねえ」

 黒羽達からの報告を受けた藍李は椅子の傍らにたてかけた神剣九龍を見やる。

 かつて女神から与えられた四振りの剣は監理局の礎でもある。それを持って祖先らは次々と旧い神々を廃してきたのが実態だ。

 女神から与えられた剣より新たに生まれたのが、分家の持つ神剣であるがその成り立ちは不明。

「……どうせろくでもないことよね。ああ、もう。調べること多すぎるわ。ハイダル、そっち何か見つかった?」

 藍李は真向かいの机で書物をまじまじと眺めているハイダルに訊ねる。

 今日も今日とてシトゥーム家の書庫で資料を漁っているが、わずかな手がかりから引っかかるものが出てこない。

「器と肉体が同義に扱われている、ということはないでしょうか。この資料ですが、器を肉体と置き換えた方が文脈が通じるかと。ジャロッカの伝承にも似ています」

 ハイダルが藍李に書物を見せて、該当箇所を指差す。


『■■に器を捧げ、新たな器を受け取り人は新たに生まれる。■■■■廃棄。■■■を■■し■■■■消滅を証明は不可能』

 

 黒塗りの多い文面の中ではっきりと残った文字列は不明だ。

「黒羽達が聞いた伝承は女神に器を献上し、そして女神が新たな器を捧げるだったわね。こうやって中途半端に残すぐらいなら、全部残しておいてくれないかしら」

 隠すことを躊躇うほどの何かがあることは確かだ。破棄されずに残った書物か祖先らの良心の呵責が垣間見ることができる。

 いつかこんな日が来ると、祖先らは予期していたのだろうか。

 破綻が始まり綻びから覗く真実に手を伸ばそうとする後世のために、手がかりをこうやって置いていった。

「これがもし、肉体のことならば湛えられるものは魂……。人の本質は魂にあって肉体は容れ物に過ぎないという話は局員としての心得の中にありましたよね」

「あったわね。アデルを見てるとただの比喩だとか教訓ってことはなさそうだわ。人間は死んだら魂は女神様の元へ行く。そこが終着点。っていうけど、私は死んだらその後はないと思ってるし、そうであって欲しいわ」

 肉体も魂も綺麗さっぱり滅んでしまう方がいい。悔いのない人生なんてものはなかなかないだろう。やり残した後悔も未練も含めて自分の生き様として死ぬのがいい。

 死んでもう一回新しい人生なんてものもいらないし、女神様に会いたいとも思わない。

「自分は女神様に一度お目にかかりたいと思っていました。そうでなくとも、もし大切な家族や友人に再び会えるのなら会いたいです」

 ただハイダルの考えることは逆らしかった。

「ハイダルは人を大事にするのね。私はきっと、そのまま別れは別れで区切りをつけたいわ。薄情なのかもしれないわね」

 自嘲するとハイダルは返答に困ったらしく居心地悪そうにして、藍李は小さく笑った。

「話が逸れちゃったわね。あくまで壷だとか水差しだとかは肉体の象徴的な物して捧げられたのかしら。それにしても魔族がそれを必死にかき集めるっていうのが妙ね……」

「もし、象徴的なものではないということもあるのでは?」

「その仮説一瞬私も思ったんだけど、さすがそれちょっと嫌じゃない? 死んだ後に壷やら水差しの中に魂が入れられるってことでしょ」

 特に具体的な想像をしたわけでもないハイダルがしばし考え込んで、実に神妙な顔になる。

「……あまり、考えたくはありませんが。しかしあり得ない話でもないのでは」

「そうね。私、絶対ジャロッカでは死にたくないわ。でも、神様がいないなら壷に入れられることもないわね」

「しかしそうなると、かつてのジャロッカの民は死んだ後どうなるので、しょうか」

 ハイダルの視線が自然と文字列の『消滅』へと向けられる。

「仮に過去のジャロッカの神様が人間の魂を補完して新しい肉体に移すっていう循環を担っていたなら、人の魂は行き場もなく消えたってことかしら」

 いいながらじわじわと神殺しに付随してくる人間への影響に、薄ら寒くなっていく。

「なぜ、そこまでして私達の祖先は神を殺したのでしょうか」

 青ざめた顔でハイダルが愕然とつぶやく。

「……わからないわ。私達が一番知らなければならないことはそれね」

 祖先の成したことに大義はあったのだろうか。自分達が納得できるだけの理由がそこにあるのか。

(納得できないからって、引き返すわけにはいかないけれど)

 藍李は唇を引き結んで残された資料を見つめる。

「盗賊達が集めてるのはそれなりの理由があるわよね。ただの人間の魂をかき集めてるわけじゃない」

 可能性として考えられるものを藍李とハイダルは頭に浮かべ同時に口にする。

「神の、魂」


***


 寂れた鉱山の山頂付近の内部は広い居住空間になっていた。ただの洞穴ではなく、壁面は滑らかに整えられ、極彩色のタペストリーや布で飾られ床にも厚い絨毯が敷かれて中流階級の屋敷と変わらない程度の装飾がされている。

 部屋もいくつかあり年中ほどよい気温が保たれて快適な空間だ。

 我が家へと戻ったデヴェンドラは、暗い表情で夫婦の寝室へと入った。

 美しい妻は床に座りじっと自分を待っていた。

「すまない。顔と正体を知られた」

 妻のネハは一瞬動揺をみせたものの、そのあとに表情を平静に戻した。

「手に入れるべきものは手に入れたのでしょう」

「それは、すべて揃った。だが、もしかしたら一緒にいられないことになるかもしれない」

 やはり彼女を連れ出したのは間違いではなかったのだろうかと、今更ながらに後悔が沸いてくる。

 あの屋敷にいればずっといい未来があったはずだ。

「一緒にいます。何があろうとも。神が復活すればきっと私達は幾代も一緒にいられるのでしょう」

 芯の強い瞳と声で言ってネハが見上げてきて、デヴェンドラは彼女を抱き寄せる。

「三人一緒に庭の花や木を育てていられる時間をもっと続けられればよかった」

 ニディとネハと姉弟のように、親子のように庭木を育て花を植えた日々は来世ではもうとりもどせない。

「信じましょう。次は今よりも幸せになれることを」

 あいかわらずネハは強い。こんなにもか細い体をしてけして折れない魂の輝かしさに、自分は惹かれていったのだ。

「そうだね。僕等の神はきっと、幸せな来世も約束してくれる。上手く行けばきっと、旦那様もご理解なさってくれるし、ニディともまた会える」

 そう言いながらも毛色の変わったあの灰色の髪の監理局員が気になっていた。

 監理局本局が何かを嗅ぎつけている。

 彼らによって再び自分達の神が奪われやしないだろうか。復活祭まであと三日。なにごともなく時が過ぎ、失われた神と無事対面し世界があるべき姿へ戻ることを祈るばかりだった。


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