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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
44/67

三ー4

***

 

 局舎の外側に面した引戸が開放された食堂は座卓がずらりと並んでいる。この国では椅子に座るよりも床に座ることの方が一般的らしく、食堂や宿舎には椅子がほとんど置かれていない。食堂は絨毯もなく、藁編みの円座が無造作に置かれている。

「慣れてくると美味いよな、これ」

 二晩目の夕餉を口にしながら黒羽は香辛料の混じり合う独特の風味に舌鼓を打つ。

 細長くぱさついた米を盛った皿に、野菜炒めや煮込んだ肉、豆や芋を似たものなど数種類の料理を好きに乗せるのがここの食事の基本だそうだ。様々な香辛料を使っていて、癖のある慣れない味に最初は戸惑った。

「私は少々、苦手ですね」

 食事を頻繁に取る必要がない魔族の漓瑞も今日は食べてはいるのだが、口に合わない香辛料が使われている料理が多いらしい。それでも黙々と口にしている。

「そういやお前、癖の強いのとか味が濃いのは苦手だったな。でもあたしも子供の時こういうの苦手だったけっか?」

 おぼろげな記憶をたどってみると、子供の自分なら食事が合わなくてがっかりしていた気もする。

「そういえば苦みや辛みが強いものはあまり食べたがりませんでしたね」

「だったよなあ、辛いのは今も好きじゃねえけどちょっとぐらいなら食えるようになったな……。美味いと思えるもんが増えるっていうのはいいもんだな」

「そうやって少しずつ成長していくんですね」

 漓瑞がしんみりとつぶやいた。

「お前もまだもうちょっとは変わるんだろうけどなあ」

 歳の割に漓瑞の外見は幼い。個人差があるとは言え、六十を超した魔族なら青年姿になっていそうものだがまだまだ十代にしか漓瑞は見えない。

「魔族の成長は急に始まることはありますから。黒羽さんはここからは外見はゆっくりでしょうから数年で追いつけるかもしれませんよ」

「でも、あたしの方が先に歳くうよな。だけどよ、婆さんになってもあたし、お前に無茶すんなって言われてそうだよな」

「そこは、言わせないでいただきたいのですが……」

 漓瑞が苦笑するのに、黒羽も笑う。先のことはまだわからないが、今はまだ漓瑞との間が何か変わるとは思えなかった。

「なあ、ニディの親父さんの言うことも分かるんだけどよ、ちゃんとふたりがわかってて一緒になりたいっていうんなら、いいんじゃねえかなあ」

 娘の先を案じる父親の心配も理解出来るが、考えて納得した末にネハが魔族と結婚するのなら認めてやってもいいいのではないのだろうか。

「私の両親もずいぶん反対されたと聞きました。父の立場もありましたし、やはり結婚となるともっと複雑になるものですから今すぐに結論が得られるものでもないでしょう」

 人間と魔族の間に生まれ、年齢も重ねた漓瑞はどちらかといえば父親側の意見寄りらしかった。

「複雑、なあ。そういうのはやっぱりよくわかんねえなあ」

「結婚に関しては人それぞれ意見が違うところですからその内あなたなりの考えもできてきますよ……ただ今回に関しては、魔族側がご令嬢を利用していただけという可能性も捨て切れません。窃盗犯と繋がりがあるか実行犯だとしたら、盗みが成功した後にご令嬢からの手紙が届いたのも消えるための準備ともとれます」

「でもよ、わざわざお嬢様連れ出して警戒されるっていうのも変だろ」

 すでに父親にそれとなく関係を疑われていたのなら、余計な行動は起こさない方がいいのではないかと疑問に思う。

「ええ。令嬢と一緒に持ち出すのが最善だったとも思うので、まだどう繋がっているかは……」

 漓瑞の方でも駆け落ちと窃盗はまだ結びつきそうになかった。

「まあ、明日ニディからも情報がもらえたらだな」

 明日は庭師のデヴェンドラに注意しつつも、黒羽は予定通りニディと話をすることになっていた。

「その間の庭師の動向にも気をつけておいた方がいいですね。本局の方からも何か手がかりになるようなものが見つかればいいのですがね。もう少し先でしょう」

「まだ昨日の今日だからなあ」

 今日の所はまだ本局からの報告はなかった。藍李も多忙で、人員も整っていない状況ではすぐにとは無理な話だ。

 そして本局からの便りはなく、こちらからの進展報告を送ってこの日は終わったのだった。


***


 黒羽は邸内の見廻りと称して裏の倉庫でニディを待っていた。今日は象はまだ一頭だけだった。象使いが荷を詰んでいくのを眺めるだけでも、面白いものだった。

「……こんにちは」

 そうしていると今日も象に会いに来たニディが、表情を硬くして挨拶してきた。

「おう。今日も象の世話、しに来たのか?」

「うん。お兄さんはまた見廻り? うちには警護の人もいっぱいいるし、泥棒ならとっくに逃げてるのにどうしてまだいるの?」

 ニディは明らかにいられると困るといった顔だった。

「まだ泥棒が捕まってないからだ。現場百遍って言うんだとよ。何度も来て手がかりを探すんだ」

「何か見つかった?」

 象の体を撫でて草をやりながらニディが黒羽の表情をうかがう。

「まだここ来るの三回目だからそう簡単にはみつからねえなあ。あとな、お兄さんじゃねえんだよな。あたしはどっちだっていんだけどよ、一応なお姉さんだ」

 勘違いされたままで置いておくのもややこしそうだと黒羽が訂正すると、ニディが目を丸くしそれ以上に近くにいた象使いが驚きの声を上げる。

「……ごめんなさい。気づかなかった」

「気づいた奴、今までひとりもいねえから気にすんな。よし、ニディは何か気づいたことあるか? 時間が経ってくると色々思い出してくることもあるだろ。盗みがあった日、ちょっとでもいつもと違うなって思ったことないか?」

 漓瑞から事前に教えてもらった聞いておいて欲しいことを訊ねる。

「ないよ。鍵だってちゃんと閉めてたって父様も言ってた。もう行かないいけないから」

 ニディがふいと顔を逸らして逃げようとする。

「今、他の局員が屋敷の中も、庭も見てるとこだからまだここにいてもいいんじゃねえのか?」

 もう少し話ができればと引き止めると、ニディの表情が変わった。

「庭なんて探しても何も見つからないよ。花と木と草と水だけ。荒らしたりしなてないよね」

「大丈夫だ。庭、大事なのか?」

 問いかけると、ニディが躊躇いがちにうなずいた。

「姉様と一緒に植えた薔薇とか、世話してる茉莉花もあるんだ」

「そうか。じゃあ、それ見せてくれるか?」

 黒羽が柔らかく微笑んで顔を覗き込むと、ニディもうんとうなずいた。倉庫の立ち並ぶ区画から屋敷の方へと近づくと、倉庫と屋敷を区切るセンダンの木々がそよ風に揺れていた。

 木々の合間を抜けるとすぐに開け放たれた屋敷の裏口があって、さらに奥の扉も開いていて中庭が見えた。

 扉の側に立っている警護の者に会釈して中庭に抜ける。

「おお。思ってたよりも広いな……」

 屋敷に取り囲まれた中庭は、中央に大きな大理石の水盆が置かれ名前を知らない様々な木々や花が整然と並んでいた。歩道は陶器のタイルで植物の合間を這うように張り巡らされている。

「上から見ても綺麗だよ。あそこが姉様のお部屋で、黄色い薔薇を植えたんだ。もうすぐ咲くよ。それであっちの茉莉花の世話をさせてもらってるんだ」

 本当にこの庭が好きらしく、ニディが頬を紅潮させて奥の方を指差す。

「へえ。えらいな。あたし、花は育てたことねえな」

「大事に大事に育てたらそのぶんだけ綺麗に咲くんだって」

 そういうことを教えていたのは庭師のデヴェンドラだろう。仄かに見えるふたりの絆に黒羽はなんとも言えない気持ちになる。

「どうしたの、かな?」

 水盆には睡蓮が浮かんでいるのが見えた頃、屋敷の方で大きな物音がした。黒羽は不安がるニディを背に庇いつつ、冥炎の柄を握って警戒する。

「デヴェンドラ!」

 そして少し離れた二階の部屋の窓から男が飛び降りて、ニディが駆け寄ろうとするが黒羽は制止する。

 まだ距離はあるが、片手に抜き身の湾曲した剣を持っているのはしっかりと見えた。

「おい、そいつだ! そいつが盗賊頭だ!!」

 そしてデヴェンドラが飛び降りた窓からアマン課長が頭を突き出して叫ぶ。

「だ、駄目! 捕まえないで!」

 動こうとした所で、ニディが右腕をがっしりと掴んできて黒羽はすぐに動けなくなかった。

「ニディ、悪いけど、泥棒を捕まえるのがあたしの仕事だ」

「違うよ、泥棒じゃない。あの壷は女神様のものなんだ。デヴェンドラは女神様に返しにいくだけなんだ!」

 ニディを引き離したら引き離したで危うそうで、黒羽はどうにもできない。そのうちにデヴェンドラはこちらへ近づいてくる。

 その背を狙って、アマン課長が魔剣を抜いて二階から氷の礫を飛ばす。

 すぐに気づいたデヴェンドラが剣で氷の礫を払う。アマン課長が話していたとおり、氷は一瞬で消え去った。

 その時に剣からは何も出てはいなかったが、神剣に似た気配を感じた。

「くそ、ニディ、下がってろ」

「いやだ、デヴェンドラ、逃げて!」

 いたしかたないと黒羽はニディを力尽くで引きはがそうとしたとき、デヴェンドラが剣を構えずに水盆の側に寄った。

「坊ちゃま、いずれまた、必ず」

 そしてデヴェンドラがひらりと水盆の中へと飛び込んで、黒羽は呆気にとられる。

「……嘘だろ」

 水盆の深さはどう見ても大人の男の腰ぐらいまでしかないはずだというのに、一瞬でデヴェンドラの姿は消えた。

 ニディが離れて中を覗き込んでも、そこには睡蓮が漂っているだけだった。


 

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