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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
43/67

三ー3

***

 

 第九支局に戻るとすぐに会議となった。その中で焦点となったのはやはり長男のニディだった。

「最後にネッドさんが施錠を確認して、鍵もその時坊ちゃんは持ってなかった。親しい人間と魔族を合わせると十人前後。あんまり絞り込みすぎても見落とししそうだな……」

 アマン課長が後ろ頭を掻いて有力な手がかりとして断定すべきか否か迷う。

 ニディへの聴取は父親のネッドがしたものの、当人は自分の鍵の閉め忘れではないとわかってほっとした様子だったという話しかなっかたということだ。

「すんません、気になった魔族がいるんですけど、いいですか?」

 黒羽が庭師のデヴェンドラの名前を挙げると、調書と登録者名簿を整理していた局員が一枚探し出してアマン課長へと渡す。

「こいつか。歳は三十八、登録申請が六年前で登録されてすぐにネッドさんのところの庭師になってるな。坊ちゃんとも親しいらしい。取り調べした担当者は、と、君か」

 そしてアマン課長が取り調べを担当した者に詳細を訊ねる。

「そこに書いてあるとおり彼の職務は早朝から夕方まです。庭師なので屋敷の中に入ることはまずないそうです。取調中も落ち着いた様子で特に不審な所はありませんでした。えっと、外で会われたときの様子は少し変わっていたのですか?」

 問われて黒羽はうなずく。

「ニディと話してたんですが、その時妙に警戒してる気がしました。すんません、はっきりと言い切れるわけじゃないんすけど気になって」

「取り調べの時は上手く取り繕っていたということもあるか……それも考慮に入れときます後は、使用人もふたり詳しく聞きたい者が何名かって所か」

 アマン課長が調書を読み上げながら料理番、侍女、清掃係などの名前を挙げそれぞれの意見が交わされるがこれといった決め手となるものはででこない。

「ご令嬢の家出の経路も洗い直した方がよいかもしれません。これだけ出入りが厳重ならば屋敷から出る方法も限られるでしょう」

 漓瑞が意見を述べて、黒羽はニディの言っていたことを思い出す。

「ニディは誘拐じゃなくて駆け落ちだって考えてるみたいです。そっちも何か知ってるかもしれないです」

「お嬢様は屋敷から出ることも少ないから、駆け落ち相手も屋敷内の誰かか繋がりがある魔族だろうという話だしなあ。よし、ひとまずは坊ちゃんとお嬢様にふたりに繋がる魔族から調べていくか」

 そして先程挙げられた魔族の中で両方と繋がりがありそうだということで、デヴェンドラが一番に上がった。

 容姿は二十代前半。令嬢のネハは十九と釣り合いが取れていて、彼女の部屋は中庭沿いにある。ほとんど異性との交友がない深窓の令嬢にとって、弟のニディと親しい青年と親密になり得る可能性は十二分にある。

 とはいえ、あまり一点に絞り込みすぎるても見落としが出るとして、候補に挙がった魔族全員の調査と近隣の見廻りの強化を続けることとなった。

 そしていくらかニディと打ち解けた黒羽は明日にもまた、アマン課長と屋敷へと赴くことが決定した。

「結局、これ窃盗団とお嬢様の駆け落ち相手が繋がってるってことか?」

 会議が終わった後、休憩ということになり宿舎の一室に戻った黒羽は、座卓が置かれた絨毯の上であぐらをかいて首を捻る。

「何かしらの関係はあるでしょう。魔族同士の繋がりも独特でしょうから、砂巌と同じく全員で何かを隠している可能性は排除しきれません。騒ぎが静まる頃に駆け落ち相手も窃盗犯も姿を眩ませるつもりでしょうが。こちらが警戒を強めれば焦って何か行動をおこしてくれるかもしれません」

 それに答えたのは、きちんと正座している漓瑞だった。

「魔族監理課の仕事って根気いるなあ。妖魔監理課みたいに妖魔が出たから駆除して終わりっていうわけにもいかねえし。お前は魔族監理課向きだよな」

 同じ妖魔監理部でも仕事の性質が異なるとは知っていたつもりでも、実際に中に入って仕事に関わってみると堪え性もなく読み書きが苦手な自分には向いていないとつくづく思う。

「私は、特段戦闘に秀でているわけでもありませんからね」

「つっても体術得意だし、そこそこ強いからなお前。……アデルと片がついたらやっぱり藍李に頼んで局員にもどれねえのかな」

 自分と組んでいる時は補助役に徹している漓瑞だが、魔族監理課所属時代は検挙率も高く優秀で係長への昇進の打診もあったのだ。このままでは宝の持ち腐れであることは、藍李も分かっているだろうに。

「私は監理局の定める規律に反したのです。職務は性に合っていましたが、かといってとりたててこだわりもないからこそできたことだと思います。私は局員としての復帰は望みませんよ」

「そうか。じゃあ、なんか他にやりたいこととかあるのか?」

 訊ねると、漓瑞の表情がふっと真摯なものに変わった。

「……黒羽さん、この一件が終わったらあなたに大切な話があります。とても大事なことなので、もっと時間が取れて落ち着いた時に。今から、言っておくこともないと思ったのですが、私自身、また先延ばししてしまいそうなので」

 言葉を濁しながらも視線だけは逸らさない彼の表情は今までになく深刻だった。

「今は、できない話なのか」

 それがとても悪い報せな気がして胸がざわつく。

「ええ。今は、様々な余裕がないかと」

 漓瑞が口を開いてくれる様子はなかった。

「絶対、話してくれるんだな」

 今すぐ問いただしたい気持ちはあっても、漓瑞が話すというなら話してくれるという信用もあった。

 必ず、と漓瑞が答えて黒羽はぐっと言いたいことや聞きたいことを全部を呑み込む。

 辛抱強く待つのは苦手だけれども、漓瑞への信頼の方が勝っていた。

「じゃあ。早いところ解決しないとな」

 とはいえのんびり待ち続けられるほどの余裕はなく、最短の道は今の事件を解決するしかない。

 そしてふたりで事件の方へと頭を切り換えて、あれこれ話していると商人のネッドが局に訊ねてきたという報告が入った。

 用件は行方不明となっていた娘からの手紙が届いたということだった。少し話をするので同席するかと訊ねられ、ふたりは是非にとうなずいた。


***


 魔族監理課の奥にある応接室へ黒羽と漓瑞が入ると、すでにアマン課長とネッドが一通の手紙を前に話し込んでいた。

 ネッドへ断りを入れて書面に目を通すと、突然の駆け落ちを詫びる文と弟を気づかう文で書面のほとんどが埋められていた。最後の方には落ち着いたら必ず夫婦で顔を出すとの文面もあった。

 屋敷の暮らしほどの贅沢はできなくとも、十分に幸せな暮らしが始まっているらしかった。

「相手に心当たりはあるんですか……?」

 黒羽が訊ねると、ネッドはうつむいたまま小さくうなずいた。

「例の、庭師だそうだ。ネッドさん、駆け落ちだろうとは思っていたそうだが、娘さんの体面もあれば下手に騒いで相手に逃げられてそれこそ手がかりが何もなくなったら困ると思ったそうです」

 アマン課長が先に聞いていた話を説明して、ネッドが小さな声でもうしわけないと答えた。

「最初は本当に誘拐かとは思ったのです。あの大人しい子が家を出るなど考えもしませんでした。しかし、冷静に考えればそうとしか思えず。時間を置けばあの子も考え直して家に戻って来るのではないかと考え、その時に駆け落ちでなく誘拐であったなら娘の体面が保たれると局員の皆さんには本当にご迷惑をおかけしました」

 平身低頭して詫びるネッドを誰も責める気にはなれなかった。

「今の所は、まだ考え直してはいなさそうですね」

 漓瑞が手紙に目を落として困り顔になる。

「結婚したい相手が魔族の方と聞いて、私もずいぶん説得しました。どうしても娘の方が先に老いて死んでしまう。時間の流れが違うことにいずれ、お互いが辛い思いをすることになると言い聞かせたのですが、それでも一緒になりたいとの一点張りで。幼い息子と母親代わりの娘と引き離すのは可哀相だと結婚を先送りにしすぎた私も悪いのです。こんなことになる前に嫁がせていれば……」

 父親の言うことは正論ではある。魔族と人間が深く関わるときに寿命の違いが、悲しみや寂しさをいずれ呼ぶ。

 黒羽は漓瑞の横顔をちらりと見つつ、今はなんともないけれどやはりそうしたことは出てくるのだろうかと思う。

(身長はとっくに追い越しちまったよなあ)

 初めて会った頃から自分の体はずいぶん成長したけれど、漓瑞はほとんど変わらない。

「ネッドさん、その相手と思われるデヴェンドラについて詳しく聞かせてもらえませんか?」

 アマン課長が問うと、ネッドが素直に答える。

「とても腕のいい庭師です。庭木も花も彼が手入れするようになって見違えるほど美しくなりました。物腰が丁寧で穏やかな青年で、ニディの遊び相手もよくしてくれていました。もし、彼が人間であれば私も悩みはすれど、娘の幸せを考えて一緒にさせたでしょう」

 庭師のデヴェンドラは話を聞くだにまっとうな人柄で窃盗団に繋がりそうな所はなかった。

「そうですか。今日は、わざわざありがとうございます。娘さんの件はまた時間を置いてみてみましょう。こちらからは駆け落ちとは口外しません。窃盗犯の捕縛に我々はこれから全力で尽力していきますので」

 アマン課長が言うのに、ネッドが何度も頭を下げて例と詫びを口にして大事そうに娘の手紙を懐にしまって帰っていく。

「さて、俺らは庭師を張るか。怪しくない奴ほど怪しいっていうことはよくありますからね」

「そうですね。今はあまり事を大きくせずに泳がせておく方がよいでしょう」

 アマン課長と漓瑞のやりとりを見て、黒羽は改めて自分にこういったことは無理そうだと思った。




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