表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
42/67

三ー2


***


 窃盗事件の翌日、予定通り事情聴取が被害者宅で行われることになり、黒羽と漓瑞も同行することとなった。

 事情聴取は漓瑞に任され、黒羽は事情聴取の間の警備の手伝いをすることになった。

(暇だなあ……)

 しかし、昨日の今日で魔族担当の監理局員と人間担当の警邏部隊が出入りする中、何か起こることもなく広い屋敷の外周をぐるりと回るだけである。

「おお。すげえ」

 屋敷の壮麗さとは打って変わって簡素な煉瓦造りの倉庫が建ち並ぶ裏手に来た黒羽は、象が五頭いるのを見て思わず足を止める。

 見れば見るほど不思議な動物である。なぜあんなに鼻が長いのだろうかと考えつつ、塀側へと目を向ける。

 人の背丈の二倍はある石の壁の上からは、先が鋭利な槍状の鉄の棒が突き出ている。見るからに重たげな門扉の側には魔族の門番がふたり並んでいて、容易に侵入できないのは一目瞭然だ。

 表は見目があるのでここまで壁や門扉は武骨ではない代わりに警備の数は多い。

(ここのお嬢様はよく抜け出せたな)

 外から入るのはもちろん、人目を盗んでここから出て行くのも至難の業である。

 しかしながらどんな手を使ったのか外から侵入され、中からも逃げられている。

 一番考えられるのは内部に協力者がいるということだが。

「どうも、お疲れ様です」 

 門の近くまで行くと物珍しそうに黒羽に視線を向けていた門番達が頭を下げる。

「どうも。近くで見るとかなりのもんですね」

 黒羽も挨拶をして遠目で見るよりも圧迫感が増す塀を見上げて感心する。

「大事な商品が置いてありますからね。こっからの出入りは厳しく監視してるんですが……」

 あってはならない事態に門番のひとりが難しい顔になる。

「事件のあった日もここの警備してたんすか?」

「いや、今、事情聴取受けてる者です。でも、あいつらもここの門を勝手に開けることは絶対にしないはずです」

「まあ、門番だとすぐばれるだろうしなあ。全員、ここで仕事して長いんですか?」

 黒羽が訊ねると、片方は十六年、もう片方は二十一年と答え、事情聴取中の者達も務めて十五年以上になる者も多いという。

「配置換えもあるのでずっと同じ仕事って訳でもないですがね。先代も今の旦那様は仕事には厳しいが、とてもよい方なのでみんなここで長く務めてるんですよ。どうしても俺らは人間と合わない所があってあちこち点々としがちですが、ここはみんな長く続いてます。恩ある旦那様の大事な物を盗もうなんて馬鹿な奴はいないと思いますよ」

 ひとりの門番がそう語り、もう片方も大きくうなずいて同意する。

「いいところなんですね、ここ」

 魔族は姿形が人間に似ていると言えど、人より寿命が長い分少しだけ考え方や感じ方が人間とずれがある。周りの人間が年老いていく中で、さほど容姿も変わらず生きていると居づらくなるという魔族も多く、そんな事情で魔族が定住することは少ない。

 そんな中で多くの魔族が長く居着いてるこの屋敷は、特異な例だ。

「いいところなんですよ、ああ、ニディ坊ちゃまもお寂しいんだろうなあ」

 門番が象たちがいる場所に目を向ける。そこにはいつの間にかやってきていたニディが象の餌やりを象使いと一緒に始めていた。

「あの子はここによく来るんですか?」

「以前から象を見に来ていたんですが、ネハお嬢様がいらっしゃらなくなってからは頻繁にいらっしゃます。坊ちゃまがひとつの時に奥方様が亡くなられて、それからはお嬢様が母親代わりのようなものでしたから」

「そっか……」

 黒羽は子供らしい笑顔で草の束を象にやっているニディに目を細める。

(やっぱりなんか、気になるんだよな)

 昨夜の様子が引っかかったままで、黒羽はニディの側へと近寄る。

「大人しいんだな。なんでこんなに鼻が長いのかっておもったけど、手の代わりなのか」

 ニディの隣に屈んで声をかけると、一瞬彼は緊張した様子を見せたが、おもむろに持っていた草の束を渡した。

「おお、とった」

 見よう見まねで草を差し出すと、するりと器用に鼻で巻き取って持って行って黒羽は思わず感嘆する。

「お兄さん、象見るの初めて?」

 そんな様子を楽しく思ったのか笑顔を見せながらニディが訊ねてくる。

「おう。見るの初めてだ。これ全部屋敷で飼ってるのか?」

「違うよ。この辺りの商人達で飼ってるんだ。象を飼うにはたくさんの水と草がいるから、この近くの湖の近くの森で象たちは暮らしてるんだよ。今日は荷物を届けに来てくれたんだ」

「へえ。そうだよなあ。これだけでかいなら食い物も飲み物もいっぱいいるよな」

 未知の動物に黒羽はひたすら感心するばかりだった。

「……昨日の夜、お兄さん家に来てたよね」

 ニディの方から核心をついてきて、黒羽は不意打ちに少々動揺する。

「ああ。きてた。大事な物がなくなって大変だな」

「うん。父様はあの壷、すごく大事にしてたから……。でも、壷にお祈りしたって姉様は帰ってこないんだ」

 拗ねたというよりもどこか達観した口調でニディは言った。

「姉さん、早く見つかるといいな」

 すぐに返事があると思ったが、彼は沈黙してしまった。

「姉様はもうすぐお嫁に行くんだったから、変わらないよ。絶対にお嫁にいかなくちゃならないなら、姉様は一番好きな人の所に行ったらいいんだ」

 どうやらニディも姉の失踪は駆け落ちだと思っているらしかった。仲のいい姉弟だったのなら、事前に何か話を聞いていたかもしれない。

「ニディ様、旦那様がお呼びですよ」

 屋敷側から青年がニディを呼ぶ。遠目に見えた彼の視線はどことなく警戒心を感じて黒羽は気になった。

 ニディの方はほんのかすかに動揺を見せて、黒羽の表情を盗み見る。

「うん、今行くからそこで待ってて。さよなら」

 そしてニディは慌てた仕草で黒羽に挨拶して、昨夜と同じく逃げていく。そして迎えに来た青年の腕を引いて屋敷の方へと消えていった。

(やっぱり何か知ってそうだよなあ)

 聡そうな子ではあるが、嘘を吐くのは苦手に見える。色々と知っていそうだだとはいえ、子供の秘密を暴くのはどうにも気が引ける。ニディは悪意からではなく善意から何かを隠しているかに見えるので尚更だ。

(あとで、漓瑞と課長達に相談してみるか)

 ひとりで考えるのは諦めた黒羽は象に残りの餌をやって門番達に挨拶しに戻る。

「すいません、坊ちゃまが何か」

「ああ、いや。ちょっと話してみたかっただけです。さっき迎えに来てたのも魔族ですか?」

 そして気になった迎えの青年が何者かついでに訊ねる。

「庭師のデヴェンドラです。あいつはまだ六年ですね。坊ちゃまの遊び相手にもなってます」

 庭師にしてはさきほどの警戒した雰囲気がそぐわない気がした。

「庭師の魔族もいるのか。色々だな。ああ、仕事の邪魔しました。じゃあ、失礼します」

 黒羽は色々なものが喉の奥でつっかえる感覚に首を捻りながら、表門の方へ向けて歩き出す。そして正門まで一周して屋敷の中に戻ると、あらかた事情聴取が終わったところだった。

 局員達に用意された中に面した一室で、漓瑞と並んで黒羽は絨毯の上に座る。

「黒羽さん、お疲れ様です。異常なしですか?」

「ああ。異常なしだけど、ここの坊ちゃまが妙に様子がおかしいんだよなあ」

 黒羽は漓瑞にさきほどまでのニディとのやりとりを話す

「ちょうど、こちらも新しいことが分かった所です。どうやら宝物の施錠を最後にしたのは、ご子息だそうです。ご子息が手伝いをしたいというので、簡単な鍵の施錠だけ頼んだそうで。その後、施錠されているかはご主人が確認したそうです」

「確認したなら、かかってたんだろ? もう錠前ごとなくなっちまってるからなんともいえねえけど、なんで今日になって言い出したんだ?」

「昨日は気が動転していて、自分で鍵がかかっているか確認しただけなのを自分で施錠したと思い違いをしてしまっていたそうです」

 娘の件があった後にこれでは確かに記憶が混乱しても仕方ないだろう。

「うーん、じゃあ鍵を閉め忘れたかもしれないって思って、ニディは様子がおかしかったのか……?」

 自分で言いながらも何かが違うと黒羽は悩むが、答は掴みきれない。

「今日の所はもう支局に戻えりますよ。証言をこれからまとめなければなりませんから」

「まあ、また後でだな」

 そしてその日の昼過ぎ、黒羽達は支局に戻ることとなった。帰り際、広く取られた窓の向こうを覗き込んで気になった庭師のデヴェンドラがいるか確認してみる。

 しかし巨大な大理石の水盆を中心に据えた中庭は広々としすぎて全て見渡せず、デヴェンドラの姿も確認することもできなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ