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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
35/67

一ー3


***

 

 兄弟達と楽しい時間を過ごした後、黒羽は島東部にある九龍家の屋敷、藍李の生家での夕食に招かれていた。

 海を臨める露台は欄干に等間隔に並べられた灯篭のぼんやりとした光に包まれている。黒塗りの飯台の上にも燭台が置かれて、すでに空になった陶器の皿が光を反射する。

「お前はそこまでにしとけよ。そんなに強くねえだろ」

 黒羽は盃に酒を注ぐ藍李を止める。

「今日はね、ちょこっとだけ酔っ払っていい気分になりたいの。年がら年中飲んだくれるなんて考えられないけど、たまには好きなだけ飲んだっていいじゃない」

 そんなことを言う藍李の呂律は少々怪しい。おぼろげな灯では分かりづらいが、おそらく白い頬も赤らんでいることだろう。

「もう酔ってるだろ。ほら、これ以上は面倒くさくなるからやめとけ」

「面倒くさいってなによ。……一緒に湯浴みしてくれるなら考える」

 唇を尖らせて訳の分からない要求をする藍李に、黒羽は肩を落とす。

「ちょっとどころじゃなく酔ってんじゃねえかよ。あたしはもうすませてるからひとりで行ってこい」

「つまんないわねえ。じゃあ、私は湯浴みしてくるから黒羽は奥の部屋で待ってて。一緒に寝るんだからね。帰っちゃ駄目よ」

 念押しして藍李が浴室へと消えてから黒羽も言われるがままに奥の寝室へと入る。真ん中に大きな寝台がひとつと、あとは小さな卓がある。あとは幾つもの書物が積み重ねられていた。

「あいつちゃんと休んでるのかよ」

 三人ぐらいは寝られる広い寝台の片隅にも書物が数冊あって、どうにもここまで仕事や調べ物を持ち込んでいるようにしか見えなかった。

 総局長という立場と今の複雑な状況を思えば藍李が忙しいのは分かるとはいえ、寝室にまで職務が侵食してきているのはいささか心配になる。

 かといって自分には助けになることも大してないのだ。

 黒羽寝台に腰掛けやるせなさをもてあましていると、藍李が戻ってくる。

「お待たせ。そんな隅に座ってないで寝っ転がっててよかったのに。はい、あがって、あがって」

 藍李にせっつかれて黒羽は靴を脱いで寝台に上がる。藍李もつっかけていた部屋履きの布靴を床に落としながら上がってくる。

「こういうの、久しぶり」

「ああ、そういや学徒の頃ぐらいだっ、っと、おい」

 まだ横になっていなかった黒羽は、藍李に不意打ちで正面から抱きつかれてそのまま倒れ込む。

 どうやらまだ酔っ払っているらしい。見下ろしてくる藍李は実に満足げな顔をして傍らに寝転んだ。

「黒羽、明日いいものあげる」

「なんだ?」

 藍李の笑顔の意図が読み切れずに、黒羽は怪訝な顔で聞き返す。

「新しい妖刀。等級は冥炎と同じ第一級で銘は帯白たいはく。炎の属性で名前の通り帯状の炎を放出するの。冥炎が波状だったからそこも似てるし、あんたならすぐに使いこなせるようになるわ」

「冥炎は、破棄するのか」

 最も避けたかった事態に、黒羽の表情は自然と固くなる。

 物心ついた頃からずっと一緒だった愛刀を失うことに、大きな喪失感があった。

「まだ今すぐ破棄するとかいう結論は出してないわ。でも、いつ戦闘になってもいいように使える剣があった方がいいでしょ」

 今後のことを考えればすぐにでも妖刀はあった方がいいのは確かだ。黒羽は冥炎の破棄が保留になったことに安堵しながらも、違う剣を持つことへの不安も感じていた。

「そうだな。上手く付き合えるといいな」

「大丈夫よ。合わなかったら他のも見繕うわ。冥炎も実戦じゃなくて、検証のために使ってもらうことになるかもしれないわ」

「検証ってなんのだ?」

 思った以上に冥炎を巡る事態は複雑そうで、黒羽は眉根を寄せる。

「冥炎はもう通常の妖刀とは全然違う物に変質してるみたい。神剣で破棄が可能かちょっとだけ傷を入れてみようとしたんだけど、無理だった。破棄が保留になってるのも完全に破壊する方法がないっていうのが理由なのよ」

 瘴気が凝ってできた妖刀は、本来ならば瘴気を浄化する神剣で破壊できるはずである。

「壊せないって、そんなに危ない代物になっちまったのか」

「もしかしたら玉陽の聖地ですでに変質は始まっていたかもしれないわ。タナトムに行った後、砂巌に行く前に私と試合したでしょ。あの時にちょっとだけ神剣に霊力乗せたんだけど、冥炎に傷がつかなかったわ」

 黒羽はそんなことがあったかと記憶を探って、あ、と声を上げる

「お前、冥炎に傷つけねえって言ったじゃねえかよ!」

「だから、つかなかったじゃない。あくまで推測だけれど、冥炎と黒羽の変化は呼応してると思うのよ。これが、たぶんあの人がやろうとしてる完全同期なんじゃないかしら」

 妖刀が本来持つ霊力と、使い手の霊力の波長を限りなく近づけて産み出されたのが黒羽達神子だ。

 アデルは双方の霊力を完全に一致させようとしている。一度は蒼壱で失敗し、今度は黒羽で成功させることを目論んでいると思われる。

「あたしの、変化……」

 黒羽は無意識の内に自分の唇に触れる。

 いつでも追い詰められた時に自分の中で燻っていた霊力が大きくなっていく。そして、砂巌で死に直面した時、紅春公主のなんらかの力によってさらに霊力が目覚めた。

「神子についてはこっちも把握し切れてないから、本当に何が起こるか予測がつかないわ。かといってあの人の動きも読めないから、黒羽にはこれからも囮として動いてもらうしかないわね」

「それぐらいしか方法がないなら仕方ねえよ。あたしもじっとはしてられねえしな」

 大人しく謹慎同然でいろと言われるよりは、囮でも何でも外に出してくれた方がましだ。

「そう言ってくれると助かるわ。でね、私、近いうちに結婚するわ」

 何の脈絡もなく話が飛んで、黒羽は一瞬頭が真っ白になった。

「お前、唐突すぎるだろ……」

 もはやそんな言葉しか出て来なかった。

「ええー、誰ととか、いつ、とかそういうの気にならない?」

「いや、そりゃ気になるけどよ……本当に、誰とだよ」

 支局で次期総局長という立場を隠し一支局員だった頃の藍李は、美貌と親しみやすさで引く手数多ではあったものの深く交際している相手はいなかったはずだ。そうなると、本局の自分の知らない誰かだろうが。

「黒羽もよく知ってる人よ。師範」

 さらっと支局次代の上司のことを告げられて、黒羽は驚きのあまり跳ね起きた。

「師範って、課長!? いつからそういう話になってたんだよ」

 確かに藍李と支局の妖魔監理課長を務める尚燕しょうえんの付き合いは長い。長いのだが、二十も歳が離れている上に師弟関係以上の間柄にはまったく見えなかった。

「いつからっていうか、まだ本人に話してもないわ。これから監理局の体制を維持するって言うにはちゃんと跡継ぎもいるでしょ。体面のために結婚は重要なの。私の事情をよく知ってて、まず裏切りそうにない信頼できる相手は師範しかいないのよ。まずは絶対断られるだろうけど、半年以内になんとか説得してみせるわ」

「なんつーか、課長もだけど、お前もそれでいいのかよ……」

 藍李個人としてでなく、あくまで九龍家当主、東部局総局長としての立場での結婚にもやもやとしたものを感じてしまう。

「一番結婚したい相手のあんたとじゃ跡継ぎ作れないからしかたないじゃない。宗家の人間にとって結婚ってそういうことでしかないのよ。昔から師範は最終手段と思ってたし」

 最終手段とはまた酷い言い草だと、黒羽は呆れなが再び体を横たえる。

「お前が決めたんなら、あたしはどうこう言う権利もねえな。でもよ、あの課長がそう簡単に折れてくれるのか?」

 糸目で表情の分かりづらい尚燕は何事ものらりくらりとかわしてしまう食えない人物である。結婚する気がなさそうだというなら、相当骨が折れることになりそうだが。

「簡単にはいかないわね。だから、早い内に連絡して頑張るわ。このこと、まだあんたにしか話してないから、他の人には内緒よ」

「わかった。そうか。でも、課長と藍李が夫婦って想像つかねえ……」

 安易に応援するとも言いづらく、黒羽は秘密を守る約束だけはする。

「結婚してもなんの代わりもないと思うわ。あんたはさ、やっぱり好きな人と結婚したい?」

 藍李の質問に、黒羽はどうだろうと考える。

「そういうこと全然考えたことねえなあ。うーん、ずっと一緒にいたいって思う相手ができたらするもんなのか?」

 まだ恋は知らない。好きな人はたくさんいるのだけれど、それとそういうのとの違いがわからない。

「一緒にいたい、か。いいわね。なんかそういうのいいわねえ。今までちょびっとでもそういう風に想った人、いないの?」

 言われてふっと思い浮かんだ漓瑞の姿に、黒羽は思わず真顔で固まる。

(いや、あいつは親っていうか、家族みたいなもんでそいうんじゃないだろ)

 確かにできることならずっと一緒いたいし、側にいて欲しいとは思う。だが、それことは違うはずである。

「ねえ、もしかして私?」

「違う。いねえよ。ああ、もう。あたしのことはいんだよ。結婚するのお前だろ。もう寝るぞ。疲れた」

 藍李に何か気取られるのが気恥ずかしくて黒羽はそっぽを向く。

「ふーん。つまんないわー。ほんっとつまんないわー。嘘でもいいから私って言ってくれたらいのに」

 しかしあまりにも分かりやすすぎる黒羽の言動に、あれこれ察した藍李は唇を尖らせて彼女に背後から抱きつく。

「こら、ちょ、くすぐるんじゃねえ。大人しく寝ろよ」

「なら顔はこっち。……今日は付き合ってくれてありがとう」

 藍李が悪戯めいた顔から、大人びた顔つきになって黒羽はその頭を軽く撫でる。

「これぐらいならいつでも付き合うよ。あんまり、無理するんじゃねえぞ」

 ささやかでも藍李がこれで息抜きできるなら、それでいい。

「やっぱり、私が結婚したいのはあんただわ。じゃあ。おやすみ」

「おう。おやすみ」

 そうして黒羽と藍李は寄り添ってうとうとしながらゆっくりと眠りについて、それぞれの一日を一緒に終えた。

 

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