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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
34/67

一ー2


***


 絶対的な女神という唯一神に従った魔族。そして監理局は女神の意思を引き継ぎ、魔族を監理する者。魔族は監理局という組織には絶対に勝てない。

 その認識が覆された。

 一月半前、砂巌国に位置する東部第二支局が魔族に襲撃され局舎は壊滅状態となった。

 前代未聞の事態に監理局上層部では西部総局長と東部総局長以外は知らなかった、監理局創設に関する隠された事実が全ての神剣の宗主家と分家に知らされることとなった。

 そして各宗主家がそれぞれ分家の当主らと話し合い、意向がやっとまとまったということで宗家会合が開かれた。

「全て真実という確証はありません。ですが、全てが嘘というわけではないということも確かです。東部局はこの事態を一刻も早く収束させ、監理局をこれまでどおりのものとして維持運営していく意向です」

 東部局を統括する東部総局長である藍李は、東西南北の総局長が集う宗家会合の場で淡々と自分の意見を並べる。

「東部局はご先祖様が山ほど神様達殺して、無理矢理従わせた神様を魔族って名前を変えたっていう事実隠して、女神様から崇高な指命を頂いてるなんて嘘、突き通すわけだ」

 北部総局長のオレグが机に肘をついてぼやいた。

「始めの神殺しは従う主君を選んだことと同じだ。戦争に正しいも間違いもない。しかし、主たる女神を裏切った理由がわからない。わからないが、私は神よりも人間を護ることが最優先事項と考える」

 低い声で進言したのは三十半ばほどの大柄な褐色の肌の男、南部総局長であるサービルだった。その傍らには跡継ぎである息子のハイダルも緊張した表情で控えている。

「ということは、南部は女神様にお許しいただくために協力するでいいのか」

「いや、私は東部の考えに同意する。多くの犠牲が出るという前提で、一部の人間だけが助かると言っても保証はない。今、わかっている協力するということは神々の復活のために多量の瘴気を発生させることだ。それだけは瘴気から発生する妖魔を護る監理局として、決して許していいことではない」

「保証はないかもしれない、だけど全滅するよりはいいだろう。これ以上神様相手に喧嘩売るのは得策じゃない」

「本当に救われるかどうか、救われたとしてその後にどんな扱いを受けるかもわからない。貴殿が護るべきと考える物と、私が考える護るべき……」

 オレグと応酬を続けていたサービルが不意に言葉を途切れさせて、眉間に皺を寄せる。そしてその表情はすぐに苦悶に変わり。彼は胸を抑え激しく咳き込み始めた。

「父上……!」

 ごぼりとサービルが黒ずんだ血を吐いて、彼の背をさすっていたハイダルが動揺を見せる。

「南部総局長、退席してしばし休養を」

「そうですわね。サービル様は無理をなさらないで、ハイダルに代理を」

 先に本局長のランバートがサービルを気遣い、藍李も大柄な体を丸めて苦痛に耐える姿に沈痛な表情でうなずいた。

「神様の呪い、だな。俺より進んでるから相当苦しいだろうなあ。それが綺麗に治るなら、悪くない話じゃないか」

 誰もがサービルの体調を心配する中、たったひとりオレグが嘲笑を浮かべる。

 神剣は本局に集まってくる世界の瘴気を浄化するが、全てを浄化しきれるわけでもなく妖魔が生まれるのだ。それでも人の手でどうにか駆逐しきれるほどには減る。しかし使い手にも負荷が大きく次第に体が内から腐っていく。

 それを『腐蝕』と呼ぶのだ。

 三十前後になるとそれが体調に表れはじめやがて血を吐く。そして五年を過ぎる頃にはほとんど寝台から起き上がれない状態になり四十前後で没する。

 ただこれはただの瘴気の影響でなく、神々の怨嗟による呪いだという。

「……己の身のことはかまわない。人々を神々の怒りから護るための苦痛ならば受け入れる」

 肩で息をしながらサービルが鉄色の瞳で、オレグを見据える。

「ご立派なもんだ。その調子だと後一、二年で代替りしないとならないだろうが、坊やの方はどうだ? こんなもの引き継ぎたいか?」

「私は父も、先代方も尊敬し目指すべき模範としています。自らの身のために多勢を犠牲にはしません」

 まだ若い真っ直ぐな意志をハイダルがぶつけると、オレグが大仰に肩をすくめてため息をついた。

「ここで宗家会合は終了でいいんじゃないか、本局長。南と東は女神様に協力しないと決めた。それで、俺達とは敵対するわけだから、四人で仲良く話し合う事なんてもうないいだろう」

「南部総局長の体調もある。また後日に話し合いの席を設ける。以上で各位問題ないだろうか」

 ずれた眼鏡をなおしながら、ランバートがぼそぼそと予定より早すぎる閉会を告げる。

 藍李はサービルの様子をうかがい、これ以上の協議を続けるのも無駄な時間だと反論することをやめた。何よりオレグの態度が腹立たしすぎることもあった。

 始まったばかりの腐蝕の苦しみと、後に待ち構えているさらなる苦痛への恐怖を誤魔化すために一日中飲んだくれているオレグとまともな意見を交わすなど無理だ。

(まったく、厄介な人をひきこんでくれたものだわ)

 真っ先に退出するオレグに続き、誰とも視線を合わせようとしないランバートが部屋を出る。

「サービル様、お加減は? 父を呼びましょうか」

 藍李も席を立って少し落ち着いてきたサービルの側に寄って、医務部長である父に診てもらうか訊ねる。

「いや、大丈夫だ。……やはり監理局は割れてしまうのか」

 サービルが首を横に振った後、落胆する。

「そうですわね。だけれど、サービル様がお味方して下さるのはとても心強いですわ。ハイダルも」

 東部局が孤立無援とならないだけましである。これで南部局もアデル側についたとなれば、東部局の分家ですら離叛してしまう怖れすらあった。

「北部総局長があのような方だとは承知の上でしたが、とても神剣の宗家当主たる態度とは……」

 ハイダルが憤りを隠さずに歯噛みする。真面目な彼とオレグとは水と油と同じでけして混じることはない。サービルが寝付くようになれば総局長の任を継ぐこととなる跡目も意見を翻すことはなさそうで助かった。

「あの性根をたたき直すなんて、女神様と対峙するより困難よ。サービル様、今日はゆっくり静養なさって下さい。またお屋敷に伺うので、話はその時に」

「すまない。こんな時に腐蝕が酷くなるとは無念だ。いい、ひとりで立てる」

 息子が手を貸すのを断るサービルの顔色はまだ悪いものの、足取りはしっかりしていてほっとする。

 かといって安心しきることもできない。腐蝕は急速に悪化していく。藍李の母もまだ自力で動ける状態から、たったふた月で寝台から起き上がることが難しくなった。

(弱気になってる暇なんてないのよ)

 立ち向かうにはあまりにも大きすぎる壁に気がつけば怯んでいる自分がいて、藍李は自分自身を叱咤する。

 しかし総局長に就任してから体も心も疲れっぱなしで、ゆっくりと休まることがない。

(今日は絶対に黒羽と一緒にご飯食べて一緒に寝る。これぐらいのごほうびないとやってらんないわ)

 そして束の間の安息を得るために、親友にべったり甘えて過ごすことを藍李は固く決意した。


***


「なあ、ランバート、結局南部は駄目だったな」

 オレグの数歩後ろをうつむき気味に歩いていたランバートは、突然声をかけられてびくりとする。

 ぼうっと自分の世界に入り込んでいたので、一瞬答えにつまった。人前で堂々とするのは苦手で、しかし宗家会合では本局長として振る舞わねばならず終わった後はこうしてぼんやり自分の殻の中へと逃げ込んでしまう。

「……サービル様とハイダルが従わないのは予測通りなので」

「まあそりゃそうだ。そうじゃねえと俺だけにアデルが声かけるなんてことないもんな。それで、どうするんだ? 瘴気を蔓延させたいなら妖魔の駆逐をやめればいいはなしだが、そう簡単なことでもないだろう」

「兄上の指示がないので、まだ何も。勝手に動くのはいけません」

 意気揚々と人々が妖魔に襲われるままにすると言ってのけるオレグに、ランバートは眉をひそめながら釘を刺す。

 オレグは苦手だ。しかし兄が協力しろと言うのなら従うしかなく、何もかもを知ってしまった以上は余計な動きをしないように見ていなければならない。

「その指示が砂巌の一件からまったくないだろ」

「いえ、今朝方手紙だけ。次は南でなんらかの異変が起こるそうです。まだ、兄にも確実なことはわからないと」

 あまりにも短すぎる手紙の内容は不明瞭だった。

「南か。面倒くさいな。じゃあ、指示があったら連絡してくれ。俺は酒が切れたから家に帰る」

 ひらひらと手を振ってオレグが廊下の分かれ道を右へと曲がる。

 あれでは腐蝕より先に酒で死んでしまうのではないかとランバートは呆れる。しかし、彼なりの運命への抗う方法なのかもしれない。どうせ死を迎えるなら、自分が選んだ方法でと。

 過去にもそうして自害した当主も複数いたらしい。

(俺は、抗えているのだろうか)

 ランバートは自分自身を振り返りながら、答えの出ない問いかけを投げる。

 たぶんきっとそれは最期の瞬間までわかない気がする。

 ランバートは一番落ち着ける自分の部屋にとぼとぼと爪先を眺めながら戻っていった。

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