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女神の玉座  作者: 天海りく
盗賊王の花嫁
33/67

一ー1

 かつて世界の瘴気を浄化した女神が深い眠りついた後にその役割を継ぎ、瘴気から産まれる妖魔を滅し女神の眷属であった魔族を管理する人々が集う組織、人外監理局。

 女神がいた頃に環の形をしていたが、今はふたつに割れてしまった大陸の間、ちょうど世界の中央に浮かぶ女神の島。

 そこにある四本の樹が絡みつき、巨木のような姿をした天高くそびえたつ本局を見上げる丘の木に向かって黒羽くろばは息を切らし、汗だくになって走っていた。

(あれ、もう時間か?)

 そして木の陰から姿を見せた漓瑞りすいに目を瞬かせながら、残りの距離を一気に駆ける。

「お疲れ様です。あまり無茶はしないでくださいよ」

 登り切ったところで漓瑞が苦笑する。

「無茶苦茶疲れるけど、気持ちいいから大丈夫だ。だいぶ体力戻ってきたな」

 一月半前、黒羽は任務中に十日近く意識が戻らないほどの重傷を負った。目覚めた後も腹部の大きな刺し傷と、右肩の粉砕骨折の治癒のために二十日はまともに体を動かすことができなかった。

 すっかり衰えた体力を取り戻すために、黒羽は毎日丘の周辺で走り込みをしていた。

「朝から昼近くまで動走り続けられるだけの体力があるなら十分だとおもいますけれどね。はい。足らないでしょう」

 漓瑞が肉詰めの饅頭と水筒を黒羽に差し出す。

 朝方から軽食と水は持ち込んでいたが、彼の言うとおりもう全部食べきってしまっていた。

「おう。ありがとう。昼飯まではもつかと思ったけど、やっぱり腹、減るな。……はあ、動いた後の飯はやっぱり美味いな」

 黒羽は上がった息を整えた後、肉饅頭を頬張る。一口食べれば空腹感がいっそう強まって、漓瑞が持ってきた二個をあっというまにたいらげてしまった。

「むしろ力が有り余っているようですね」

 黒羽が食べる様子を見ていた漓瑞が目元を和ませる。

「あたしは動いてないと落ち着かないからなあ。あとは、冥炎が戻ってくりゃいいんだけどよ……」

 今、黒羽の腰には愛刀である冥炎めいえんがない。先日の戦闘で瘴気を浄化する水の中に落ちて、冥炎の刀身は朽ち果てたが、砂巌国の公主によって再生した。

 そうして、冥炎とまったく同じ妖刀も現本局長の兄のアデルによって作られた。同型の妖刀はぶつかりあえば強大な破壊力でもって暴走する危険性もある。

 朽ちた刀身が再生されることも、人為的に妖刀が創られるということも前例のない事態とあって冥炎は東部総局長である藍李らんりに預かられることになった。

「危険があるなら、手放すしかないのでしょうけれど、あなたにはそう簡単なことではありませんね」

「冥炎以外の剣を持つなんて、全然考えられねえな」

 場合によっては冥炎を破棄すると藍李に言われている。だが物心ついた時から手元にあった愛刀を打ち棄てられることを受け入れるのは難しい。とはいえ多くの人間に危害に与えることになるというのなら、無理矢理のみこむしかない。

「そろそろ結論は出るでしょうね。今日の宗家会合で監理局の方針が定まればいろいろな物事が動き始めます」

「藍李はアデルの計画に反対、北部総局長は本局長と結託してアデルのやつの味方。後は南部総局長か……」

 現在、人外監理局はその存在の根本を揺るがす事態に直面している。

 これまで神はひとりとされていたが、元は複数の世界と複数の神によって成り立っていたという。

 今現在唯一神である女神と呼ばれる神が世界を統合するのに自分と同等の力を持った神を従え、さらにその神に従う神々をも封じた。それに協力したのが監理局の創設者である、現在の総局長達の祖先だ。

 しかし、創設者らはその女神すら裏切り神々からこの世界を手に入れたと思われる。

 その経緯は今現在不明だが、唯一神である女神に従って居るというアデルによって、古き神々の怨嗟により膨大な瘴気が吹き出し、世界に混沌が押し寄せてきている。

 そして、北部総局長と本局長でもある西部総局長はアデルに協力する意向で、東部総局長の藍李は対立を決めた。南部総局長だけがまだ意志を示していない。

「おそらく、南部総局長は藍李さんの側につくとは言っていましたが、監理局の体制が大きく変わることは間違いないでしょう」

 監理局が現状通り魔族を監理し妖魔を駆除するという基本的なことすら、まともに機能しなくなる危機すらあるという。

「どうあっても、あたしはアデルの野郎を止めることには変わりねえけどな」

 上が何を言おうが、自分の気持ちは固まっている。誰かが傷つき悲しむことを止められるというのなら、全力でもって戦うだけだ。

「私も、あなたの意見に同意です。さあ、そろそろご兄弟達と会う時間でしょう」

「おう。そうだな。みんなと会うの楽しみだ」

 黒羽はアデルによって作られた『神子』という存在だ。他にも六人神子はいる。血の繋がりはないものの、お互い兄弟として呼び合っている。

 アデルの計略が全ての総局長らの知ることとなって、各地の支局に派遣されている他の神子達が本局に呼び戻された。そして今日、これから全員で会うのだ。

 ほとんど話すことができなかった兄弟や初めて会う兄弟もいて、黒羽はとても楽しみにしていた。

 このところ怪我の療養や監理局内のごたごたで窮屈な日常が続いているが、今日はいい日だ。

 黒羽は立ち上がり、漓瑞と共に本局の塔へと戻って行った。


***


 本局内の東部監理局が監理する緑の絨毯に小花が散っている小さな庭園で神子達は集まっていた。局内にいくつもある屋内庭園の中でも特に小さく、中央の円形の床石に敷物をを広げて十人程度が座ってくつろげるぐらいの広さだ。

「あいかわらず、本局って訳わかんねえな」

 敷物の上であぐらをかく黒羽は照明らしきものが見当たらないのに明るい庭園の天井を見上げる。屋内だというのに青空が広がっているかに見える。

「全部の部屋を把握してるひとはいないって訊きましたわ」

 そう答えるのは金の髪と褐色の肌をした、白雪しらゆきという五番目の神子の少女である。南部局の所属で上半身は臍と肩の出た肌の露出の多い衣装、下はゆったりとした下袴だ。

「こんな所あるなんて、あたしも初めて知ったもの。蒼壱あおい兄さんもあの様子じゃ初めてね」

 黒羽と似た襟が高く袖は手首に向かって少し広がっている上着と、細身の男物の下袴をを着た緋梛ひなが、庭園の花をしげしげと見つめる長髪の着流し姿の青年へと目を向ける。一番上の神子である蒼壱だ。

 植物への関心が強く、時たま庭に出るといつも草花を観察し始める。

「悪い! 遅くなった」

 そう言って最後に庭に入ってきたのは黒髪と紫の瞳の少年だった。十五になる四番目の神子の紫苑である。西風の布の広がりの少ない衣装の通り、西部局所属である。

「よお、会うの初めてだな、紫苑。あたし、黒羽だ」

 初めて会う弟に黒羽は手を挙げて笑いかける。

「……姉さん、だよな」

 紫苑の方は線の細い男にしか見えない黒羽の容姿に戸惑いを見せた。

「おう。こんな見た目だけど姉貴だ。会えてよかった」

「白雪から話聞いてたけど、予想以上に……いや、ごめん。俺も会えて嬉しいよ、姉さん」

 敷布に座った紫苑がまだ困惑しながらも、笑顔で手を差し出して黒羽はその場で握手する。

 緋梛や白雪に聞いていた通り、紫苑は清々しい少年で言葉や所作が青竹のようで話していて心地いい。

「蒼壱お兄様ー。紫苑お兄様も来たから食事にしますわよ」

 白雪が呼びかけると、蒼壱がゆらりと動いて敷物の上に広げられた料理の数々に向かって歩いていく。

「じゃあ。食事にするか。来る前にちょっと食べたんだけどよ、全然足りなくてなあ」

 それぞれの派遣先に合わせた幾種類もの料理の内、黒羽は馴染んだ肉饅頭を手に取る。他にはパンに野菜と肉を挟んだ物が多い。ただ一口にパンと言っても形状は様々で、中に入っている具材も全く違う。

 大量に用意されたそれらの食事を神子達は次々と口に運んでいく。霊力の高い彼らは総じて大食漢である。

 最初はそれぞれ馴染んだ料理を食べていたが、初めて口にするものにも手を伸ばしていく。話題は見慣れない料理がなんなのか教え合うなど、食べ物のことばかりだった。

「顔合わせて具体的に何するか考えてなかったなあ」

 羊肉の串焼きを食べつつ、黒羽はつぶやく。しかし、みんなでこうしてわいわいと食事をするだけでも楽しいものだ。

「わたくしこういう食事会をしてみたかったから、嬉しいですわ。蒼壱お兄様も楽しい?」

 白雪の呼びかけに声を発せない蒼壱がしばし考えて、悪くないといつも持っている紙に書いて返事した。

「そうね。兄弟で集まるなんて滅多にないわよね。あ、あたしも羊肉ちょうだい」

「黒羽姉さんはつい最近まで俺達のこと知らなかったんだよな。そのうち全員で、集まれたらいいな……」

 紫苑が言うように、神子の七人のうち五人しかこの場にいない。一番下の緑笙は一度死んだアデルに肉体を乗っ取られ、そうして白雪と同じ歳の蘇芳という少年はずっと眠り続けているということだ。

『総局長達の意向によって、私達が集まることすら困難となるかもしれない』

 蒼壱が文字を掲げる。

「あたしはアデルの奴にはつかねえ。……紫苑と兄貴は西部局だったな」

 西部局に所属している蒼壱と紫苑は本局長とアデルの手の内から逃げるのは難しい。

『私はは剣がない。失敗作にアデルは興味を示さない』

 かつて魔剣と霊力の波長を同期させる実験で声と剣を失った蒼壱が紙を掲げる。

「俺は、緑笙が心配だからな。それに、総局長とカイル様は悪い方達じゃないってまだ思ってる……」

「そうか。まあ、アデルの野郎はともかくあたしは本局長とカイルのことはほとんどしらねえからな」

 黒羽は本局長のことは姿を見たことがあるぐらいで、その側近であるカイルという神剣の分家の男には少しの間剣を教えてもらったことがある。

 アデルのことは許せないが、まだ従ってふたりに敵意を向けるだけの感情はまだ湧かなかった。

「少なくとも、全員アデルのいいなりにはならないわ。一番心配なのは姉さんよ。アデルが今一番干渉してきてるのは姉さんなんだから」

「そこはなるようになるだろ。アデルの奴をどうにかしねえことには始まらねえ。どこにいても、誰もアデルの奴の思い通りにはならない。緑笙は取り戻す。蘇芳もきっと目覚めさせられる」

 兄弟全員の意志は同じだろうと、黒羽は兄と弟妹の顔を見渡すと彼らはもちろんとうなずいた。

 そしていつか七人全員でこうして食事をすることを願って、賑やかな食事会を再開したのだった。



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