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女神の玉座  作者: 天海りく
双つの蒼炎
29/67

五ー2

 

***


「なんだ、これ。また聖地の変質って奴か? っと、なんだ!?」

 黒羽は漓瑞とグリフィスの無事を確認して、何気なく近くの柱に触ろうとして驚く。

 なんの感触もなく手が柱をすり抜けたのだ。恐る恐る他の場所に触れてみるものの、やはり一緒だった。

「すごい、こんなにはっきり見えてるのに触れないって、景色が幽霊みたいだね」

「こら、うろちょろするんじゃねえぞ」

 グリフィスが触れられない柱や壁にすっかり気を持って行かれているのに、黒羽は一応注意しておく。

「幻覚のようですね。タナトムの時に似た事象にあいました。これは過去でしょうか……」

 漓瑞の言葉を発すると同時に、多くの人々の姿が現れる。彼らは傷つきながらも奥へと向かって行く。

「なんつーか、あたしらの方が幽霊みたいだな」

 誰もが黒羽達三人の存在など見向きもしない。真っ直ぐに突き進んで来るので、自分達が柱の脇に避けねばならなかった。

「すり抜けた!」

 グリフィスが好奇心に負けて人の進路を塞ぐものの、柱と同じですり抜けてしまっていた。

「じっとしていなさい」

 漓瑞が静かに咎めてグリフィスも大人しく柱の陰に異動した。そうして三人流れていく人々を見続ける。

『お護りせねば。あの裏切り者め……』

 聞こえてくる声も壁一枚隔てているかのごとく遠かった。

「みんな両手に刻印があるよ。ついていってみる?」

 グリフィスが言うように、見かける全ての人の両手の甲に刻印が刻まれていた。

「魔族となる前の純粋な神でしょう。行きましょうか」

 漓瑞が自分の手の甲の刻印を見て率先して動き始めた。彼にしては珍しく急いている。

「おう」

 黒羽は冥炎の柄に手を置いたまま一緒に歩いて行く。見える景色は第二支局や王宮と変わりない。幾つもの柱と、高い天井。

 血痕があちこちに飛び散っているのが目につく。

『来たか』

 部屋の奥、玉座の間で髭を蓄えたそれこそ岩の如く大柄な壮年の男が大振りの太刀を持って佇んでいた。その後ろには人間と思しき少女が強張った表情で控えている。面立ちからいって、紅春の祖先だろうか。

 そうして、男が黒羽達がやってきた方へと目を向ける。

「あれが、漓瑞の祖先か」

 悠然と歩み寄ってくる女には漓瑞の面影があった。

『壕龍、ここまでです。そこのある人間を伴侶とし従いなさい。やがて来る時が破滅とならないためにも』

『無駄だ。もう歪んでしまった。元に戻ることはない。お前はありもしない希望に縋り付いているにすぎない』

 男が一歩踏み出して、彼に仕える者達が女へと一斉に飛びかかる。

 だが女の両の手の甲から溢れる水で次々に打ち据えられて、魂が抜け落ちたようにくたりと倒れ伏す。

『眷属を殺し、そこまでして己の世界を護りたいか』

『眷属を犠牲にして、あなたは何を護るというの』

 ふたりの押し問答に漓瑞が顔を歪めるのが見えた。

『神なくして世界は成り立ちはしない。いずれ歪みによって全てが崩壊へと向かうだろう。蹂躙されあるべき形をなくして崩壊するより、あるがままを受け入れ滅びるのが摂理』

 どこまでも噛み合わない会話に女が、この場で唯一の人間へと目を向ける。

『あなたはこの愚かな神に従うのですか?』

『わたくしにはあなた様こそ愚かだと思います。神は神、人は人。摂理を曲げることはけして許されません』

 少女から女が目を逸らして再び手の甲から水を零す。

 だが、壕龍が剣を振り襲い来る水流を斬った。その後にふたりの神は身じろぎもせず睨み合う。

 息の詰まる緊迫感を打ち破ったのは、後ろから上がる悲鳴だった。

『まだ、終わっておりませんの?』

 煩わしげな新たな女の声と彼女の姿に黒羽と漓瑞が息を呑む。

 血に濡れた神剣九龍を持つのは紛れもなく当時の東部総局長だろう。面差しが藍李の母である前東部総局長と似ている。

『愚かな人よ。神殺しは破滅しか産まん』

 壕龍が東部総局長に斬りかかる。玉陽の女神の顔色が変わる。

『壕龍、いけない!』

 ふわりと東部総局長が微笑んで壕龍の剣を打ち砕いた。そしてそのまま体を貫こうとするが避けられる。

 壕龍はそのまま巨体をぶつけるかの如く、東部総局長へ再び襲いかかる。距離が近づく直前に、彼の手にある砕けた剣の刀身が再生する。

『……裏切り者め』

 しかしその剣は東部総局長に届くことなく、水流に巻かれて消え去った。

 代わりに神剣九龍が壕龍の胸に深々と突き刺さる。東部総局長はそのまま剣を横に滑らせて、胴体を半ば切断する。

 壕龍の骸は床に崩れ落ちる頃には、ふたつに別れていた。

『壕龍…………』

 玉陽の女神は呆然と骸を見下ろして膝から崩れ落ちる。

『仕方ありませんわ。言うことを聞いて下さらないのですもの』

 頭から神の血を被った東部総局長が泰然と言う。

 衣服をぐっしょりと深紅に染め、顎や髪からも返り血を滴らせながらも彼女は赤い口元を笑みの形に歪める。

 残忍で傲慢な侵略者そのものだった。

 過去のおぞましい光景を黒羽達は言葉を失って凝視していた。

「なんだよ、これ」

 上擦った声で黒羽はやっと言葉を吐き出すが、吐き気がするほどの粘ついた感情は一向におさまらない。

 世界の瘴気を浄化し魔族を監理する、監理局は絶対的正義の存在といっていい。

 人を傷つけるためでなく、救うために剣を振るうことができる監理局に属していることは、黒羽自身にとってもとても尊いものだった。

 だが、この光景はなんだろうか。

 監理局の主のひとりであるこの女の禍々しさは、組織に対する信頼と敬虔を根底から揺るがすものだった。

『我らが神よ。その無念は忘れはいたしません』

 そうしてその場でもうひとりの人間である少女が、表情なく涙を零しながら言う。

 同時に辺りに散らばる神々の骸が水晶に変わっていく。それは天井さえ突き破り、屋根が崩落してくる。

 東部総局長と玉陽の女神が立ち去る。

 ひとり残された少女が壕龍の骸の側に行き、床に這いつくばるように深く頭を下げた。

 壕龍のふたつに割れた体も他の神々と同じく水晶に代わる。他の墓標よりもさらに太く巨大な水晶の柱が天井を押し破り、蒼穹が露わになる。

 激しい地鳴りと共に建物が崩れ落ちる。

 不思議と瓦礫が少女を押し潰すことはなく、気がつけば来た時に見た墓標が並ぶ谷底へと風景は変わっていた。

 墓標は全て砕けて消えている。アデルの描いた呪陣の中央で地にひれ伏していた少女だけが変わらずにある。

 少女がゆっくりと起き上がる。

「紅春……?」

 そしてその姿は過去のあの少女でなく、まぎれもなく紅春の姿だった。


***


 黒羽は呪陣の中央で佇む紅春の姿に違和感を覚える。

「白春公主か」

 全く同じ姿なのに、浮かべている笑みの雰囲気が紅春と少し違った。

「ええ。お久しぶり、かしら。玉陽の皇子殿下は初めまして?」

 白春が小首を傾げながら漓瑞を見る。それからグリフィスを一瞥して小さく笑った。

「あれが本局で俺と黒羽が見た幽霊? まだ生きてるみたいに見えるけど」

 グリフィスが怯えと好奇心の合間で落ち着きなく白春を見る。確かに彼女は生きているのと遜色ない。

 黒羽自身も目の前の白春がすでに死んでいるなど、信じ切れない気持ちが残っている。

「そういうことみたいだな。アデルも一緒か?」

「いいえ。彼は彼の役目を。漓瑞殿下、いかが? 眷属を殺した己の血の業をその目で確かめた気分は?」

「……不合理ですね。それぞれ護るべきものがあって、お互い相容れなかった。その結果が現状とは。この国だけでなく、タナトムも同様。そして結局、我が皇家も滅んだも同然です」

 静かな口調で漓瑞は言葉を並べる。感情の乱れが一切見られない静かな様子は、かえって不安を煽られる。

 彼の胸の奥底にあるものまでは見透かせない黒羽は、じっと漓瑞と白春を見ているしかできなかった。

「あなたはただひとり生き延びて、終わりを見届けた。でも、これからだわ」

 白春が呪陣の中央の剣を引き抜く。

 そして現れた刀身は青白い炎に包まれていて、白春の喪裾に火がつく。少女の体が炎に包まれるまでは、瞬きひとつの間だった。

「白春!!」

 黒羽は思わず一歩踏み出していた。

「さあ、これからよ。本当の破滅は神々の怨嗟と愚かな人によって引き起こされるのよ!」

 炎の中で白春が哄笑する。

 火に彩られた袖を、裾を揺らして、無邪気に狂った笑い声は空へと抜ける。そうして白春の姿が消え去ったかと思うと、炎はそのまま幾つにも別れて宙に放たれた。

 ざあっと熱風が吹いて、地面に散らばる墓標の欠片がぶつかり合う音が響く。

 そして呪陣もまるで砂が吹き飛ぶように消え去った。

「畜生! なんだっていうんだよ!」

 何もかもが消え去った谷底で、黒羽は悪態をつくしかなかった。

「……黒羽さん、支局に戻りましょう。ここにはおそらく、何もありません」

 漓瑞が冷静に諭すのに、黒羽は拳を硬く握って白春が居た場所に背を向けて彼と向き合う。

 見せられた古の光景に覚えた監理局への不審感、漓瑞が今、どんな思いを抱えているのか、白春とアデルがなそうとしていること。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、焦りから苛立ちしか湧いてこない。

「俺はどうしたらいい?」

 張り詰めた雰囲気の黒羽と漓瑞におずおずと問う。

「あなたは一度、砂巌を離れていてください。これから何が起こるか分かりませんので」

「悪いな。こっちの都合で振り回してばっかだ」

 黒羽は一呼吸ついて、グリフィスに詫びた。

「ううん。俺が好きでやってることだからいいよ。アデルの呪陣、解読しておくね。そのうち、役に立つかも知れないし、俺も知りたいからさ」

「そうか。ありがとうな。じゃあ、またな。気をつけて帰れよ」

「うん。黒羽も気をつけてね」

 グリフィスが目に見えない扉を見つけるとその中へ消えていった。

「漓瑞、大丈夫か?」

 そして黒羽は表面上は冷静そうな漓瑞の顔を覗き込む。彼は平常心でいるかに見えて、黒い瞳が常より感情が薄い。

「ええ。いろいろと思う所はあるのですが、今は他にすべきことがあるでしょう」

 相変わらず感情の仕分けが器用な漓瑞は一言ごとに、冷静さを増していっている。

「そうだな。あたしも考え込むのは性に合わねえ。動くしかねえな」

 そうしてふたりで言葉少なに来た道を引き返す。今は言葉がないというもあったが、帰り道は予想通り体に堪えるもので声を発する余裕がなかった。

 軽く息切れしながら頂上にたどり着いて、黒羽と漓瑞はどららからともなく深い谷底を見下ろす。

「そういや、ここが本当の王宮だったんだな……」

「ええ。玉座の間があったのですからきっと、本物の王都はこの辺り一帯にあったのでしょう」

 荒涼とした景色しかない周囲にふたりはまた無言になる。草木も生えないここにはかつてどんな景色がひろがっていたのだろう。

「渡し人の所まであとちょっとだな」

 いくら考えてもとりとめないことだと、黒羽は頭を振って今なすべきことへ向けて再び歩き出した。


***

 

 仄暗い世界の狭間で白春は剣を抱えて歩む。彼女の足跡に蒼い炎の花が開いては散っていく。

「わたくしはわたくしの役目を」

 谷底に落ちた白春の体は一度は塵となり、不安定なものへ形を変えて無意識の内に主神の墓標にたどりついた。

 彼女はうっすらと笑みを浮かべて、遠くに見える少年へ声をかける。

 少年、アデルが墓標の側にいて本局への道を開いた。

「僕等は理の力によって存在する、か。生まれ落ちた意義が明確というのが幸福なのか不幸なのか、いまだに考えることがある」

 アデルは白春と視線を交わしてさらに奥に控える青年へと目を向ける。

 頑強な体格と赤銅色の肌の彼はどこか獰猛な野獣を思い起こさせる金の瞳で、白春の持つ剣に目を向ける。

「誰しも生まれ落ちた瞬間に役目を背負う。気付いているか、気付いていないかの差異にすぎない」

「そうかもしれませんわね。死ぬまでにそれに気づけない者が多いだけで」

 そうして白春は青年に跪いて、両手で剣を捧げる。

 青年は剣を受け取る。

 彼の両の手の甲には刻印が刻まれていた。人と交わり神の力を衰えさせた魔族でなく、純然たる神である証が。

「我が名はムスタファ。神殺しを断罪する者」

 青年、ムスタファの両手の刻印から深紅の炎が溢れ出て剣を包む。そして白春の姿は揺らぎ炎に溶けるように消えた。

「道を」

 ムスタファが命ずるのにアデルが跪いて空間を裂く。

 開かれた道の先には、水上に浮かぶ王宮と監理局が見えていた。


***


 黒羽達は第二支局の船着き場に戻ると、その場にいた緋梛へと急いで近寄る。

 戻る途中に砂巌内の各地で妖魔が大量発生したと、すれ違った他の舟に乗る局員達から伝え聞いたのだ。

「緋梛、現状は!?」

「えっと、青い火の玉が降ってきて、何カ所か妖魔が出たって。今、あたし以外の妖刀持ちは全員出てるわ」

 大体は舟で聞いた話と同じだった。降ってきた火の玉というのはおそらく、白春が消えるときに放たれたものだろう。

「どちらか出てくれ! 巨大妖獣がまた一体出た!」

 そして慌ただしく秀喬と他の局員への指示に当たっていた監理部長の壬が言うのに、黒羽は緋梛と顔を見合わせる。

「どうする、局にひとりは残っとかねえと……」

 迷いつつ姉妹は漓瑞に視線を向ける。

「砂巌国よりも狙いは監理局員でしょう。局から妖刀と魔剣が出払っているのが引っかかります。戦力を分散されている気がするんです」

「だったら、姉さんと漓瑞さんはこっちに残ってたほうがいいわね。じゃあ、さっさと片付けて、すぐ戻ってくるわ!」

 緋梛がさっと背を翻して舟に乗り込む。

「おう、気をつけろよ」

「そっちはもっとね!」

 姉妹で手を振って別れた後、不安そうにこちらに目を向ける秀喬にきづいて黒羽はそちらへ寄る。

「瘴気の溜まり場で何かありましたか?」

「ちょっと、説明しづらいことがいろいろ。紅春の容態は?」

「かなり呼吸が弱まってるらしくて、今日を越せるかどうかも難しいらしいです」

「そうですか……」

 一昨日のあれが紅春との最後かと思うと、胸の奥が重たくなってくる。過ごした時間も短ければ、自分とはまるで違う少女なのになぜだか、やけに気にかかる存在だった。

 やがて新たな妖魔の出現も落ち着いたらしく、船着き場も落ち着きを取り戻してきた頃だった。

 どおんと上の方で大きな音が鳴り響く。頑丈にできているはずの船着き場もみしみしと揺れている。

「来やがったか?」

「上ですね。私達が行きます」

「あ、私も行きます! 部長、異変の確認に言って参ります!」

 黒羽と漓瑞が駆け上がる始めるのに秀喬がついてくる。上階の回廊につくとすでに何人かの局員がこちらにやってきていた。

「秀喬課長、魔族による襲撃です! ひとりですが妖刀を持っています。被害状況は東の棟が全壊。負傷者も出ていますが、いずれも軽傷。応戦はせず退避に努めています。王宮の方へも避難を促しています」

「妖刀を持った魔族が監理局を襲撃してくるなんて……誰なの? この国の魔族なら全員把握しているでしょう」

「それが、明らかに他国の魔族と思われます。両手の甲に刻印が見えました」

 両の手の甲に魔族の刻印。それが意味することに黒羽と漓瑞は深刻な顔を見合わせる。

 ふたりが言葉を交わすより先に再び轟音がして、回廊の向こうに見える高楼が青白い炎に包まれる所だった。

「あたしが応戦します!」

 このままもたもたしていては支局が燃やし尽くされると、秀喬と他の局員の返事も待たずに黒羽は駆け出す。

「秀喬課長は引き続き局員を水路へ退避させて、本局に連絡をお願いします!」

 漓瑞がそう言い残して黒羽のすぐ後を追う。

「両手に刻印って本物の神様ってことだよな」

「ええ。まだ滅びずに残っている神がいるなど……。持っている妖刀も、あの炎を見る限り陵墓にあったものの可能性が高そうですね」

「とにかく、局をぶっ壊してる敵だってことには違いねえな」

 走っている間に教務部の局員が、子供達を連れて水路の方へ待避しているのとすれ違う。どの子供も不安と恐怖に震え、泣いている子もいる。

「おい、お前らまさか応戦する気か!? あれはやばいぞ。本局から神剣に応援に来て貰うまで水路で大人しくしてたほうがいい!」

 そして、最初の日に出会った出向組に止められる。

「応援がいつになるかわからねえだろ。それまでの足止めじゃあたしがやる!」

 今から急いで本局に応援に駆けつけてもらっても、被害は甚大になるばかりだ。ここから離れた場所へ水路で避難するにも時間がかかる。

 誰かが足止めせねばならないなら、妖刀を持つ自分以外いない。

「……危ないと思ったらすぐ逃げろよ」

「おう。死ぬ気はさらさらねえからな」

 局員の言葉に黒羽はうなずいて一気に駆け出す。

 いくつかの建物の内の廊下を駆け、燃えていた高楼のすぐ側の回廊にたどりつくと、渡り廊下の向こうに屈強な男が立っているのが見えた。

 赤銅色の焼けた肌に黒に近い赤毛、それから金の瞳。

 どれをとってもこの国の者達とまるで纏う色彩が違う。

「南大陸の……」

 漓瑞がつぶやくと呪陣あった南大陸の文字を扱う国の者の特徴を男は備えている。そして、両の手の刻印。

「なんだろうと、こっから先には行かせねえよ」

 こうして向き合っているだけで男の異様な霊力の高さだけは感じ取れる。それこそ足が竦みそうになるほどだ。

 神と対峙していると、本能が強く感じている。

「黒羽さん、大丈夫ですか?」

「ああ。やる前からびびるのは初めてだけどな。心配すんなよ、死なない程度に無茶するって言っただろ」

 黒羽は冥炎を鞘から抜いて、深呼吸する。

 そうすれば気持ちはすっと凪ぐ。

「漓瑞、援護頼んだぞ!」

 自分ひとりでは勝てない。最初からそう確信して挑むのは初めてだった。

 だが、それでも引きはしない。

 やれることがあるのに、やらないなど考えられない。

「ええ」

 漓瑞が短いながらも強い意思をもって応えると、黒羽は男に向けて歩き出す。

「止まって剣を下ろせ、つっても聞く気はねえよな」

 男の視線が黒羽に固定される。

 金の瞳は燃え盛っているかのように、凶悪な熱を帯びていた。

「我はムスタファ。主たる神を滅ぼされた神の末裔として、断罪の役目を負う。汝は神殺しを容認するか?」

「知らねえよ。そんなこと。あたしはてめえが局をぶっ壊して、局員を傷つけるのを止めるだけだ」

 過去の監理局のなしたことなど、今は考える余裕はない。

 目の前で傷つく人間がいて、何もしらない幼子達が恐怖に怯えている。彼らを護るために自分は剣を振るうだけだ。

「報いを受けるいうことだな」

 男が踏み込んでくる。

 人を越えた跳躍力と腕力で先手を取られて、黒羽は刃を受け止めるのがぎりぎりだった。

 冥炎に炎を纏わせて黒羽は刃をはじき返し距離を取る。

 間を置かずに向こうも剣から青白い炎を繰り出してくる。

「な……!?」 

 同じく冥炎の炎をぶつけて受け止めた黒羽は、驚愕に目を見張る。

 ぶつかり合う同じ色の炎。

 青白い炎を繰り出す妖刀や魔剣は他にもある。

 だがそういうものではない。指先から流し込む霊力と、妖刀の持つ瘴気が絡んで放たれる炎と感覚は繋がっている。

 妖刀同士の力がぶつかり合えば、境目がはっきり分かる。

 だのに、これは違う。

 妖刀の持つ瘴気の境目がない。自分の霊力とムスタファの霊力がぶつかり合っている感覚しかないのだ。

「黒羽さん!」

 霊力で押し負けた黒羽に襲い来る炎を、漓瑞が水の壁を作って防ぐ。

 黒羽はそのまま漓瑞の近くまで退く。

「これは……冥炎? まさか、同型の妖刀を人為的につくったのですか、アデルは」

 冥炎の炎を頻繁に受けている漓瑞も気付いたらしく愕然とする。

「ああ。あれは冥炎だ」

 妖刀を造り出すだけでも信じがたいのに、同型のものにするなど絵空事のようだが、ムスタファが持つ妖刀は間違いなく冥炎と同じだ。

「黒羽さん、同型の妖刀同士をぶつける危険性は分かっていますね」

「それはちゃんと覚えてる。でも、退けねえだろう」

 妖刀や魔剣も人と同じく双子のものがある。本当に希で、長い監理局の歴史でたった四例だけしか確認されていない。

 そのうち三例が両方が同時に暴発して甚大な被害を及ぼした。

 残る一例だけが、双つの妖刀同士が融合した。しかしあまりにも強大な力を持つものになったため神剣により破棄されている。

「……その剣もまた、我が力となろう」

 ムスタファが言って、先ほどより大きな炎の波を起こす。

 波状の青い炎。冥炎の特性とまるで同じだ。

 漓瑞が炎を受け止め、黒羽は隙をついて同じく炎の波でムスタファを攻撃する。

 再びムスタファの炎が黒羽の炎を受け止める。

 双つの蒼炎は、どこまでも激しく燃え盛る――。


 

 

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