五ー1
翌日、東部第二支局は静まりかえっていた。大規模な瘴気の噴出もなく、見廻りに出ている局員以外は全員待機しているにも関わらずにだ。
「アデルの野郎、何考えてんだ」
客室で動けずにいる黒羽は苛々としなら、落ち着きなく部屋をうろついては椅子に座りを繰り返していた。
「もう、姉さん落ち着いてよ」
緋梛が呆れて窘められて、また部屋を歩き始めかけていた黒羽は仕方なく留まる。
藍李からの書状が支局長に届けられ、もう現地の支局員達は旧い神を密やかに信仰していることを隠す理由もなくなった。
しかし彼らは変わらず口を閉ざしたままだ。紅春の容態すら分からない。
グリフィスも公務でまだこちらにはこれないとあって、瘴気の溜まり場の調査もできずに待機するしかない。
「彼のやることだけは予測が立ちませんからね……」
いつも以上に物静かな漓瑞がそっとつぶやく。
落ち着かないのは現状のせいもあるが、漓瑞がひとりで何か抱え込んでいるせいもあるのだ。
漓瑞は言わないし、自分も彼にどんな言葉をかければいいか分からない。
(難しいことはよくわかんねえし、でも何考えてるぐらいかぐらいは知りたいんだけどな)
どうしたって自分は彼よりずっと子供で、それほど賢くもないから相談されることもない。だけれど、目の前で重たいものをひとりで抱えているのなら、少しでも軽くしたい。
黒羽はぐるぐると考えながら、漓瑞の憂い顔を眺める。
そうすると漓瑞が視線に気づいて、しまったとでも言いたげな顔をした。
「……支局の方に何か異変などがないか聞いてきますね」
漓瑞がその場から逃げるように席を立つ。
「あー、漓瑞さん、あたしが行きます」
黒羽と漓瑞の様子を居心地悪そうに見ていた緋梛が手を挙げた。漓瑞がちらりと黒羽の顔を見て、返事を渋った。
そうして三人でぎこちなくまごまごしていると、部屋の扉が叩かる。やってきたのは秀喬と壬の夫妻だった。
「今、よろしいですか……?」
秀喬が訊ねてくるのに、無論と黒羽達は招き入れる。
「私達も今し方、そちらへ状況を伺いに行くところでした。何か、問題はありましたか?」
「いえ。問題が起きていないことに我々も戸惑っている所だ。ああ、まず、先日は妻が世話になった」
壬が律儀に挨拶するのに、黒羽は彼が秀喬を庇って殴られた頬を見る。痣などは残っておらず、治療は施されているらしかった。
「あの、他の局員とは大丈夫なんですか?」
ふたりの立場がこの支局でどうなっているかはまだ知らなかった。
「……はい。私だけは主人から砂巌が何を護ってきていたのか全て聞きました。まだよくは飲み込みきれていませんが」
藍李からは砂巌の現状については、本局から出向している局員にはまだ内密にという達しがあった。秀喬に関しては砂巌側の判断に任せることになっていた。
彼女は砂巌の人間として認められたのだと、黒羽は安心する。
「なら、よかったです。それで、問題がないのが問題ないってどういうことですか」
確かにここ連日の妖魔の異常発生を考えれば、静かすぎて不気味だと三人でも話していた。
「鎮めである紅春公主が目覚める様子もなく、もってあと数日という状態であらせられる」
壬が告げる紅春の容態に、黒羽は無意識の内に両手を組んで強く握りしめていた。
笑って自分の死を待ち望む彼女心境はまるで理解出来ない。しかしほんの少しの間でも言葉を交わした、年下の少女が儚くなってしまうのはやはり辛い。
「公主がお倒れになって以来、瘴気の噴出が酷くなっていたにも関わらず、今は四箇所ある瘴気の溜まり場が一箇所を除いて、瘴気が完全に消えている。その一箇所も子鬼が数匹出ているだけだ」
壬が話すと漓瑞が現在の砂巌の地図を取り出して、その一箇所がどこか訊ねる。そして示されたのは陵墓だった。
「壬監理部長、ここに元は何があった場所かご存じですか?」
「……陵墓だ。争いに負けた神々が眠る場所で我々にとっては聖域でもある。本局は一体どうして今になって、このことを」
壬の口調は硬く秀喬が不安そうな顔をしながら、夫に同意する。
「新しい総局長が監理局の在り方について模索し始めていて、その過程でのことです」
漓瑞が誤魔化すのに夫妻はまだ腑に落ちない顔をしながらも、追求してくることはなかった。
「……陵墓に入るつもりなのか」
しばしの沈黙の後に壬が漓瑞を見据え、黒羽は首を傾げる。
「入られるとまずいんですか?」
「これ以上、神々の怒りに触れることになるのではと皆心配している。あなたが玉陽の皇子殿下というのは聞いた。もう長いときは経て我々にあなたを憎む気持ちはないが、神々は滅ぼされた当時のままでおられる。いかな憎悪を生むかと気がかりだ」
壬の言葉には漓瑞を責める雰囲気は微塵もなかった。ただ不安と畏れが滲んでいた。
「漓瑞はここで待機して、陵墓にはあたしと緋梛で行った方がいいんじゃねえか?」
黒羽はずっと表情が強張ったままの漓瑞を気にかけながら、支局にはまだ隠してあるグリフィスの名は出さずに提案する。
妖刀を扱える人間がふたりいれば、グリフィスを護りながらでもそうそう困ることにもならないだろう。
漓瑞に危険が及ぶならできるだけ避けたいところだ。
「事態を悪化させることになるのなら、私がいかない方がよいかもしれません。ただ、おそらく公主の言葉からして、もはや異変は避けられないでしょう。監理局に何か起るかもしれないというなら、妖刀を使える緋梛さんに待機してもらった方がいいと思います」
漓瑞が一度言葉を止めて瞳を伏せる。
「自分の目で、過去の事実を確認したい思っています。私情にすぎないと分かっていますが……」
珍しく漓瑞が感情を吐露して黒羽は目を丸くする。
彼が自分自身の望みを告げることは希だった。それだけの思いがこの砂巌にあるのだ。
「そうか。我々も監理局の警戒に従事する。では、失礼した」
「本当に、お世話になりました」
夫妻が立ち上がって揃って一礼する。
本当に仲睦まじそうな夫婦だと、黒羽は不安と苛立ちばかりだった心を和ませる。
悪いことばかり続いているが、それだけでないことがひとつでもあって単純に嬉しかった。
「あのふたりは問題なさそうだな」
「うん。そうね。それで、漓瑞さん、あたしはここで待機ですか?」
姉妹で顔を見合わせてうなずき合った後に、緋梛が漓瑞に指示を仰ぐ。
「ええ。といっても、グリフィスがいなければ何か記録が残っていても私達にはきづけませんからね」
「だよなあ。うーん、この状況であいつ連れてくのもどうかとあたしは思うんだけどよ。逃げられなくなったときに怪我させちまうのも嫌だしなあ」
グリフィスがいないと困るのは分かっている。しかしこれから進む場所は神の瘴気が最も凝っていただろう場所だ。
タナトムの聖地で女神が目覚めた時に、グリフィスが『道』の扉が閉ざされて出られなくなった。同じとことが起こる可能性も十分にある。
「……彼もそのことについては承諾済みです。もし、彼の身に本当に危機が迫るのなら、アデルが何らかの対策を講じると思います。行くかどうかは判断は彼に委ねればいいいでしょう」
「そうか。アデルにとってもグリフィスは必要、なんだよな。だったら危ない所には行かせないのか」
「ええ。もし、彼がアデルに行くのを止められたと言ったなら、私達も不用意には踏み込まずにいましょう」
なにかと悩んでいる素振りは見せても、やはり漓瑞はこういう時には冷静に判断してくれる。
「姉さんについていくなら、あたしより漓瑞さんの方が安心ですね」
緋梛も黒羽と同じく感心した口調で言う。
「緋梛さんのことも、頼りにできると思うから支局にいてもらうのですよ」
「あ、ありがとうございます」
漓瑞が苦笑すると、緋梛が照れて縮こまる。
「そうだ。お前は強いし、あたしより賢いしな」
妹の様子が可愛らしくて黒羽はぐりぐりとその頭を撫でて笑う。
「ああ、なんか恥ずかしいからやめてよ。もう」
ふて腐れた顔をしながらも内心はまんざらでもなさそうな緋梛が怒るのに、黒羽と漓瑞はふたり揃って口元を綻ばす。
黒羽は漓瑞の柔らかい表情が一瞬でも戻ったのを見られて、安心と嬉しさにさら表情を緩めたのだった。
***
「いよっし!」
その夜。黒羽は漓瑞の部屋の前でひとり気合いを入れていた。
結局今日の所はグリフィスが多忙でこちらに来られず、陵墓に行く旨とその危険性を伝える書簡を彼に送って待機となった。
そして葬儀が王宮でひっそりと執り行われた以外、何事も起らないまま夜は更けた。
早めに就寝することになったわけだが、黒羽は漓瑞のことが気にかかったままで眠れそうになかった。
基本的に大人しくじっと待つのが苦手な性分だ。言いたいことは言って、聞きたいことは聞いてしまえと乗り込むことに決めた。
「漓瑞、ちょっと話いいか!」
返事も聞かないまま黒羽が部屋の中に突撃すると、彼女の妙な気迫に漓瑞が困惑顔で目を瞬かせた。
「何か、ありましたか?」
「特に異変はねえ。ただお前と話したくて来た。あたしにはさ、王族のなんかとか、昔のしがらみとかそういうの全然わかんねえ。でも、お前が今、どういう気持ちでいるのとか、何かしてほしいことがあるとか、そういうのはちゃんと知りたい。できることがあるんならするし、うん、とにかくお前のこともっとちゃんと知っときたい」
勢い任せに喋って漓瑞の顔を真っ直ぐに見つめると、彼はふっと表情を曖昧なものにして黒羽に席を勧めた。
ひとまず何かしらは話してくれるらしい。
「……心配かけさせて、ごめんなさい」
しかし向かいの席に座った漓瑞がず最初に言ったのはそんなことで、黒羽はむっとする。
「別に責めにきた訳じゃねえぞ。お前はさ、あたしのこと全部分かってる。辛かったり悲しかったり、どうしようもない時、すぐに気付いて助けてくれるだろ。あたしはお前と違ってすげえ単純だから、分かりやすいんだろうけどさ。でも同じだけ一緒の時間いたのに、あたしだけお前のこと全然わからねえのはなんかすげえ悔しい」
子供の頃から漓瑞は側にいて欲しいときにはごく自然に隣にいてくれて、弱音を吐きたいときもすっと言葉を引き出してくれた。
何も言わなくても何が欲しいか分かってくれている。
なのに自分はどうしていいか分からない。側にいればいいのか、それともひとりにしておいた方がいいのか。
どうすれば彼の本心を引き出せるのか。
どれだけ考えたってなんにもでてきやしない。
「私は、あなたに嘘を吐いて、隠し事をして、偽ってばかりでしたからね……。私には自分の感情を表にさらけ出すということが、どうしても難しいですね。何があっても取り乱すことも、私情よりも公としての立場で動かねばならない。姉や両親がいた頃はもう少しは素直だった気もしますが、あまりにも昔のことでもうよくは覚えていません」
漓瑞が家族について口にすることはこれまでなかった。十四の時に戦で全てを奪われてしまった過去は、優しい分だけ喪失の痛みは強いのだろう。
「なあ。あたしじゃ駄目か。家族になるっていうか、あたしにとってお前は家族同然なんだ。……あ、そう思ってんのって、あたしだけか?」
そういえば漓瑞が自分のことをどう思っているかなんて全く考えたことはなかった。
大切にしてもらっていることは、とても実感していたから疑問に思うことすらなかった。
「家族、ですか。そうですね。私にとっても、あなたは家族に近い存在ですよ。ずっと小さな頃からこんなに立派になるまで成長を見てきましたし」
楽しげに漓瑞が笑みを零す。
「うー、お前にとってはまだまだ子供だよなあ」
見た目こそ自分より年下にすら見える漓瑞だが、実際は四十以上歳が上だ。この差はどうにも埋めようがない。
「それは、今は微妙ですね。あなたが自分のことを幼いと思っている部分は、私にはとても純粋で、できればずっと変わらずにいて欲しいとおもっていますよ。外見だけでなく大人になっている部分も大きいですから、時々どう接していいか戸惑う時もあります」
「じゃあさ、大人扱いしてくれよ」
どっちかと言われれば、大人扱いの方が嬉しい。甘やかされるばかりより、もっと甘えて欲しいのだ。
「…………それはまだ、もう少し先になってからで」
漓瑞がなぜかとても気まずそうに視線を逸らしてしまう。
「なんでだよ。その内絶対子供扱いさせねえようになるからな」
言ってから黒羽は、やはりまだ自分は子供っぽいとうなだれて、本来の目的を忘れそうになっている自分に気付き顔を上げる。
「あたしのことは置いといて、お前のことだよ。言えないならそれでもいいけど、言えることとか、して欲しいことってないか?」
もっと何か求めて欲しいと黒羽は漓瑞に催促する、
「……私自身、今の感情をどう表していいのかよくは分かりません。私にとって砂巌は帝国と手を組んだ憎むべきあいてでしたから、過去に祖先が成したことが原因だったと言われても感情に折り合いをつけれれていません。憎むことは簡単でも、一度抱いてしまった憎悪はそう簡単には捨てられませんね。私はずっと憎しみばかりを抱いて生きてきたので、尚更です」
漓瑞の穏やかで優しい側面以外はほとんど知らない黒羽にとって、彼が口にする負の感情はどこか不似合いで違和感を覚えてしまう。
だけれど、これもまた漓瑞なのだ。
「ずっと、なのか」
黒羽は他に言葉も見つからず、そう返す。
「ええ。私にとって本当に幸せだったものはもう過去にしかなかったからでしょうね。国を取り戻すことでしか、なくした物を埋める手段はなかった。失ってしまったものへの執着と、奪われた憎しみだけが私が生きていく全てでした」
大事なものをなくしてしまう気持ちは、黒羽にもよく分かる。自分も養父を亡くしてしまった。
そして養父は漓瑞のとっての唯一の肉親である伯父だった。
「……親父が殺された時さ、あたし、本当になんにも考えられなかった。自分の中が真っ赤っていうか真っ黒っていうか、そんな風になって、剣を振り回して、人を傷つけて、殺した」
あの時の感情も、人を斬る感触も今でもまざまざと思い出せる。
あれを五十年近く抱いて漓瑞は生きてきていたのかと思うと、息苦しくて泣きたくなってくる。
「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまいましたね」
自分の方がもっと辛いだろうにそんなことを言う漓瑞に、黒羽は不機嫌な顔になる。
「あたし、お前の自分だけが辛い思いしてればいいっていうのが嫌だ」
いつも漓瑞はそうだ。
苦しいことや辛いことはできるだけ黒羽の分まで抱え込もうとする。
「自分が楽な代わりにお前が苦しかったり、辛かったりするのって余計にしんどい。不安にもなるだろ、あたしが知らない所でお前にどっかで負担かけてるかもしれねえって」
きっと気付かなかっただけで、これまで漓瑞がひとりで抱え込んでしまったことも沢山あるだろう。
そう思うとやるせない。
「……負担、とは違いますよ。ただの自己満足です。私がそうしたいと思っているだけで。だからそんなことを言わせてしまうんでしょうね」
漓瑞がうつむいて考え込んでしまう。
「あたし、お前を困らせたいんじゃないんだ。もっといろんなこと、お前と分かりたい。嫌な気持ちも、楽しかったり嬉しかったりすることもさ。……お前、今もまだ幸せってあんまり感じないか?」
顔を上げた漓瑞が瞳を細めて、それから泣き笑いのような表情を作る。
「いえ。ああ、そうですね。今、また私は幸せなのかもしれません。こうしてあなたとまだ一緒にいて、話せて、たぶん、私には十分すぎるぐらい幸せなんだと思います」
嘘偽りない言葉に、黒羽は安心する。
それと同時に、漓瑞の今の幸福に自分の存在があることで、ほんのりと胸が熱くなる不思議な嬉しさがあった。
「それで十分なんて言うなよ。これからもっと、いいことみつけようぜ。あたしもできるだけ長生きするしよ」
魔族である漓瑞と自分では寿命が違うが、できるだけ一緒にいたい。
子供の頃みたくべったり一緒ではなくても、例え離れることがあってもすぐにお互いの側にいられるように。
困ったときには寄りかかってもらって、一緒に何かを喜んだり。
そんな風になっていきたい。
「……ええ。あなたは時々とても無茶をするのでそこは少し心配ですが」
「死なない程度に無茶やるよ。……お前とこういう話、できるのいいな。お前の全部知りたいって我が儘はいわねえけど、時々、こうやってあたしに今まで話せなかったこととか聞かせて欲しい」
本音を言えば全部知りたいかもしれない。もうちょっとだけを何度も繰り返して求めてしまいそうだ。
(最近漓瑞のことになると、なんつーか余裕っていうかそういうのねえな……)
一度失いかけたからだろうか、以前からそうといえばそうだったかは思い出せない。
「そうですね。ですが、今日はもう遅いからお休みなさい」
「そうする……お前、こういう時ひとりでいたいか? なんならあたしここで寝るぞ」
自分はいつも子供の頃、漓瑞の寝台に潜り込んでは一晩中側にいてもらったものだ。彼が望むのなら今夜はずっとここにいるつもりだった。
「黒羽さん、私相手だから気安く言ってしまっているのでしょうけれど、年頃の女性は身内といえど、血の繋がらない異性の部屋で就寝しようとするのはよくありません」
漓瑞にため息をつかれて、黒羽は思考を止めて固まる。
彼の言わんとしていることは理解できる。
しかし自分が『年頃の女性』で漓瑞が意識すべき『異性』と言われると、なぜかとても混乱してしまい頭の中が真っ白になったのだ。
「お、おう。気をつける。うん、そういうとこから大人になんねえとな」
ひとまず我に返ったはいいが、言葉に動揺が多分に残っていた。
「……ええ。どうしても、ひとりでいられない時があるなら、来てもいいのですが」
心なしか漓瑞の視線も気まずそうに泳いでる。
「そういうときは遠慮なく来る。えっと、で、あたしは自分の部屋に戻った方がいいのか」
「はい。では、おやすみなさい」
ふたりでぎこちなく視線を交わしつつ、黒羽は自室に戻ることにした。
ひとりになってあの何とも言えない空気感を思い出すと、動悸が激しくなってきて意味もなく素振りをしたくなってくる。
「姉さん、どうだったって、ちょっと何! なんなの!?」
そし部屋で出迎えてくれた緋梛を思い切り抱きしめる。
「悪い。気、落ち着かせたいんだ」
「意味分からないわよ! んもう!」
頭を撫でていると迷惑そうにしながらも、緋梛はそのまま大人しく好きにさせてくれたのだった。
***
翌日の砂巌は薄曇りで、肌を撫でる風は体の芯から凍えるものだった。
「さーむーいー!」
そうして黒羽と漓瑞に陵墓で落ち合ったグリフィスが身を震わせていた。
「確かに寒いよな。国元は暖かいのか?」
とはいえそれほど騒ぐこともないだろうと黒羽は苦笑する。
「今日はいい天気で朝からぽかぽかしてたんだよ。上に羽織るもの持ってくればよかった」
「まあ、ちょっとの間だけ我慢してくれ。それで、本当にアデルに止められたりはしてねえんだな」
グリフィスが言うにはここ最近アデルからの連絡は全くないらしい。そして今日も昨日と状況が全く変わらないまま、陵墓に踏み込むことになった。
「ない。ねえ、早く入ろうよ」
「つってもこれ入り口どこだよ。変な所だしよ」
黒羽はぐるりと周囲を見渡す。
周囲は波打つ海面がそのまま石化してしまったような光景が見渡す限り続いていた。墓碑もなければ、廟らしきものもない。
「瘴気は確かに漂ってはいますが……」
意識を研ぎ澄まして異変に警戒している漓瑞がぽつりとつぶやく。
朝、顔を合せれば夕べの奇妙な気まずい雰囲気は彼から全く感じず、お互いもう普段通りだった。
「うーんと、扉がない変な入り口があっちにあるからそのあたりじゃないかなあ」
グリフィスが指差す方向には全く何もなく、黒羽と漓瑞は顔を見合わす。
「行ってみましょうか。あちらでいいのですか?」
「うん。近くまで案内する。陵墓、古代文字いっぱいあるといいなあ」
鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気でグリフィスが歩き出すのに、黒羽は若干不安になる。
「……さすがに危険なのは分かってるよな」
「ええ。以前十分危険な目にあっているので、分かっていると思いますが」
漓瑞にもグリフィスが危険に踏み込んでいくことを理解してなさそうに見えるらしい。
ふたりは心許なく、足取りの軽いグリフィスの後をついていく。
「うわあっ! びっくりした、落ちるかと思った」
不穏な発言に黒羽達は歩調を早めて、やがてグリフィスの側までたどり着くと絶句することになった。
彼のほんの数歩先、大地がぱっくりと裂けていた。ちょど直前で地面が隆起していて良く注意して見ていなければ、そのまま落ちてしまう。
大地の裂け目の底はまるで見えず、瘴気を含む澱んだ風が下から吹き上げてくる。
「お前、本当に足下気をつけろよ! 前みたいに落っこちてもこれは助からねえぞ!」
「ごめん、気をつける。ちゃんとに気をつけるよっ!」
思わず声を荒げてしまうとグリフィスが怯えた顔で首をぶんぶんと縦に振る。
「ほら、危ないからもうちょっとこっち来い」
「うん、ごめん……」
「分かったら、ごめんは一回でいいんだよ」
黒羽はやれやれとしょげてうなだれるグリフィスの頭を、癖で子供にするように撫でかけて止める。
グリフィスの方が背が高いので、目の前にいるのが一応年上だと思い出したのだ。
「この下が、陵墓なのでしょうか」
その様子を呆れた顔で見ていた漓瑞が崖下に視線を向けて言う。
「うん。ここに扉がある。ええっと、あ、あっちに階段があるよ」
グリフィスが示す右手側には確か階段らしきものが見えた。そうして三人はそのまま降りていくことにした。
「気をつけろよ」
黒羽は先頭を歩きながら後ろに続くグリフィスに注意を呼びかける。
壁に張り付く狭い階段は一歩間違えれば裂け目へと真っ逆さまだ。高いところは苦手でない黒羽だが、さすがにこれは否応なく緊張する。
「こっからは中か……」
しばらく降りていくと階段が途切れ壁に四角く穴が穿たれていた。中に入ってみると辺りは真っ暗で見えず、仕方なしに黒羽は冥炎に炎を纏わせる。
階段と違って三人ぐらいは並んで歩けるぐらいの広さはありそうだった。
「あ、思ったより広い。でもこれは廊下ってかんじだね」
「それより早く灯を。黒羽さんに無駄な霊力を使わせないであげてください」
漓瑞が言うと、グリフィスは背中に背負っている荷物の中から角灯を取り出す。黒羽は火を分けてから冥炎をしまった。
「壁に文字とかはないなあ……ああ、でもここにも扉がある。へえ、あっちからは道が繋がってるんだ」
グリフィスが奥の方を照らしてふむふむとうなずく。
「繋がってるってなんだ?」
意味がよく分からずに黒羽が首を傾げると、グリフィスがひとりで奥へと進んでいく。
「はい。ここからが『旧世界の通路』。で、その黒羽と漓瑞が立ってる所が普通の通路」
そしてグリフィスがくるりと黒羽達に向き直ってにこりと笑う。
「いや、全然わからねえぞ。そっちとこっちに違いなんてねえだろ」
灯で照らされる範囲を見る限りなんの境目も見えず、ただのひと続きの空間である。黒羽は恐る恐る『旧世界の通路』に入ってみるが、なんの変化もない。
「……第二支局と王宮のようなものでしょうか。元はひとつであっても、王宮は旧世界側、監理局は現行世界のものですね。ただ監理局側も局員の大半が旧世界に属しているので境界がとても曖昧なのでしょうけれど」
「そうだね。この国は旧世界と現行世界の狭間なんだ。面白いなあ」
ふたりが納得していても黒羽は今ひとつぴんとこずに頭を悩ます。
「なんかよくわかんねえけど、目に見えない部分が旧いのと新しいので混ざってんのか? まあ、問題がねえならいいや」
そして理解することは放棄してしまった。
「分からなくても支障はないと思うけどね。あ、階段だ。これ帰るときめんどくさいなあ」
グリフィスがぶつくさ文句を言って、黒羽も来た道を思い返し今からげんなりする。
「……帰る体力も残しとかねえとな」
「ええ。渡し人もここには道を繋げないそうですから、危険だと思ったらすぐに引き返しましょう」
それからはひたすら階段を下っていくことになった。慎重に足を踏め外さぬようにゆっくりと。
どこまで続くかも知れない長い、長い階段が終わると両開きの重たげな扉があった。グリフィスが戸を押し開き、黒羽が先に中に入る。
ごうっと何かが燃える音がしたかと思うと、途端に周囲が仄白い明るさに満たされた。
「ここ、外なのか……」
一面に四角い水晶の塔が林立し、中で青白い炎が燃え盛っている。見上げれば灰色の雲に覆われた細長い空が見えた。どうやら亀裂の底らしい。
「この塔は墓標でしょうか……」
漓瑞が張り詰めた顔で塔のひとつに近寄ると中の炎が激しく揺らめく。
「漓瑞……」
炎を吸い込まれるように魅入る漓瑞の側に立つ。何を考えているのか、何を思っているのか少しでも感じ取りたかった。
「瘴気が出ていますね……」
「ああ。中で燃えてるのってただの火じゃねえよな」
明らかに異質な青い炎は腰にある冥炎の火を彷彿させた。
「未だ消えない神々の怨念」
漓瑞が低くつぶやいて黒羽は口を引き結ぶ。
「実際、何があったかはこれじゃ見当もつかねえな」
怨嗟の念だけがここに留まっているばかりで真実はまるで見えることはない。黒羽は漓瑞が神妙な表情で墓標を見渡すのを目で追う。
「で、グリフィスの奴は何やってんだ? おい、あんまり遠くまで行くなよ!」
グリフィスは水晶のひとつひとつに指で触れて、何かをつぶやいている。
「……倫、蝋堵、叉十、深威孥。全部、名前かな」
よくよく水晶の上部を見れば、確かに文字に似た文様が刻まれている。それそれ赤黒い何かでなぞられている。
きっと、血だ。
グリフィスが名を読み上げられたの墓標の炎が呼応するように大きく揺れる。今にも内から水晶を破りそうなほど。
「みだりに神の名を口にしてはいけません!」
漓瑞の鋭い忠告に、グリフィスが瞳を丸くして立ち止まる。
「うん、分かった。そうだね。名前はとても大事なものだってアデルも言ってた……っと。また血だ。でもこれそんなに古くないかも」
グリフィスが足を止めてそんなことをつぶやくのに、黒羽と漓瑞もその場に駆け寄る。
地面には大きな血溜まりの痕があって、近くの水晶にも飛び散っている。変色はしているが、数百年も経ってるものには見えない。
「誰か落ちたのかよこれ」
「ええ。ですが、遺体がありません。遺骨が風化するほど古い物にも見えませんし……もしかしたら白春公主のものでは」
漓瑞の口にした予測に黒羽はぞくりとする。得体の知れない恐ろしさが背に走った。
「落ちて白春公主は死んだのか。……おい、ここ」
黒羽は少し異動して声を上擦らせる。
血溜まりの側にある水晶の裏側にべったりと血の手形がついていた。
それほど大きくもなく、かといって小さすぎもしない。少女のものと言われれば、そうとしか見えない。
位置は黒羽の腰の辺りに近かった。けして地面から手を伸ばしてついただとか、たまたま手が当たっただとかいうものではない。
「上からから落ちたなら即死だよ。動けるなんてありえな……」
グリフィスが否定しながら絶句して、黒羽と漓瑞も息を呑む。
手形は他にもついていた。墓標に手をついて体を支えながらよろよろと歩く、血塗れの少女の姿が見えるようだった。
「足跡がありませんね」
漓瑞が血痕は墓標にだけにしかないことに気付いた。
「なんなんだよ。だいたい、どうしてこんなとこで死んだんだ」
何もかもが不可解で不気味だった。それでも白春の最後の軌跡らしきものを追うより他にすることはない。
三人は墓標の中を少女の手形を追っていく。
黒羽の脳裏に本局で見た白春の後ろ姿と、紅春の後ろ姿が混じり合ってよぎっていた。
その内どちらがどちらなのか分からなくなってくる。
もとは同じだから、見かけの違いなどあるはずもないのだろうが。
「これは一体何があったのでしょう……」
手形の途切れた場所は開けていたが、あちこちに水晶の破片が飛散していた。そして地面に血と思しきもので書かれた文字や記号が絡み合う呪陣が描かれていた。
「これアデルの字だよ。ここにくるなんて話、全然してなかったのに……」
グリフィスが不安げに眉根を寄せる。
「アデルは、そういう奴なんだろ。グリフィス、きついだろうけどあいつとの付き合いは慎重にしとけ。友達ならあたしがいるし、これから他にもできる。兄貴とも仲良くなれただろ」
黒羽はグリフィスとしっかり目を合わせて言う。
わざわざ危険なアデルに拘らなくとも彼ならば大丈夫なはずだ。むしろアデルと距離を置いた方が友人もできやすいだろう。
「うん。そうだね。蒼壱とも仲良くなれてるし……真ん中に何かあるよ」
グリフィスが黒羽に応えて笑顔を取り戻し、呪陣の中央を指差す。
「剣の柄ですね」
ふたりのやりとりに表情を曇らせていた漓瑞が言う通り、大地に剣が突き刺さっているらしかった。
「みたいだなあ。この変な呪陣の中って踏んで大丈夫なのか?」
近づきたいのだが踏み込んで何かが発動するとまずいので、黒羽は遠目に眺めて悩む。
「それが困りものですね。この呪陣が何を意味しているかも分かりませんし……ここも元々墓標があったはずですが、それを壊してしまったのでしょうか」
目の前に不審な物があるにも関わらず迂闊に近寄れないとなると、どうにもならない。
「……壕龍っていう神様の墓標だったみたいだね」
呪陣の周りをぐるぐると回り始めていたグリフィスが、水晶の欠片を拾い上げてそこに書かれている文字をふたりに見せる。
「それって、この国の王だった神だろ」
「ええ。その墓標の跡にこれですか」
「まあ、ろくなもんじゃなさそうなのは間違いねえなって、おい、グリフィス!」
グリフィスが呪陣の中に入り込んで黒羽はぎょっとするが、何かが起こる気配はなかった。
「霊力って、一方通行じゃ駄目って前にアデルが言ってたよ。ほら、監理局の霊術治療って、霊力を持ってる相手しか治療はできないよね。だから民間人には普通の医者とおんなじ処置しかできない。ということは、霊力なしの俺がここに入ってもまず、なんの反応も起こらないよ」
その理屈はどうなのだろうと、黒羽は漓瑞に視線をやる。
「彼の言う通り大丈夫でしょう。ただ、むやみに触らない方がいいのですが……」
柄に手をかけて抜こうとしているグリフィスに漓瑞が疲れたため息をこぼす。
「抜けないよ! そこまで俺、力がないこともないと思うんだけどなあ。数字は月と太陽の周期かな。だから、あれが月の象徴で、あっちが太陽の象徴。白道と黄道があれ。で、この剣があるところが世界。そうか。日蝕……じゃなくて月蝕だ! 文字の意味は分からないけれど、月蝕を模してるのは間違いないや。さっすがだなあ。ねえ、黒羽! これ全部書き写してていい?」
勝手にひとりで盛り上がって、頬を紅潮させながら瞳を輝かせるグリフィスに黒羽はうなずいて遠い目になる。
「あいつの頭の中身ってどうなってんだろうな」
喋っている意味はさっぱり分からないが、楽しそうなのはまあいいことかもしれない。
「そこが、アデルに目をつけられたところでしょうが。……原初の神が産まれたのが日蝕とアデルが以前言っていました。月蝕はその逆でしょうか。王たる神の墓標と、月蝕を模した呪陣。そうして、神の怨嗟を鎮める公主の半身がここで死亡したと考えると、不吉ですね」
どこまで死がつきまとっている場所である。
「墓はアデルの奴が壊したのか?」
「あるいは、玉陽の要の変質よるものかもしれません。いずれにせよ、この呪陣と剣が一体何であるかが分からないままでは、どうにもなりませんね」
漓瑞が改めて周囲の墓標に目をやる。
彼が本当に知りたいことはかつてこの国で何があったかだろうに、けしてそれを口にすることはない。
(漓瑞らしいっていえばそうか)
ほんの少しでも漓瑞の心の奥を覗き見ることができたせいか、黒羽は以前より余裕を持てていた。
「もう少し、この辺り見て回るか? このまま収穫なしもなんだしよ」
「ええ。そうですね。それから支局に戻りましょう」
漓瑞がそう言う頃にはグリフィスも呪陣を映し終わったらしく陣から出てくる。
「陣にある文字は全部で三言語あったよ。この国で使う綜語が炎と土に、水、風。これは妖刀と魔剣の属性かな。それから後は神様の名前の一部っぽいの。西側の公用語に使うメヌイッツ語は子音と母音がばらばらに撒かれてる。繋いだら言葉になるんだろうけど……うーん、何かとっかかりがないと予測がつかないや。それから、南大陸の大半で使われるバゼッダ語は火に関する単語だな。漓瑞、なんか分かる?」
グリフィスが漓瑞に書き写した呪陣を見せる。
「妖刀と魔剣の属性なら、雷と氷が足りませんね。それと、この国で使われる綜語、アデルが使う主言語のメヌイッツ語はともかくとして、バゼッダ語を用いているのはなぜでしょう」
「違うのか。『炎』の周りにバゼッダ語、『風』の周りにメヌイッツ語、『水』の周りに綜語。で、『土』の周りはあー、これただの線かと思ったけど、北側の主言語のフィロット語で『無』か。これで東西南北が揃った」
「東に水、ですか」
漓瑞が自分の手に刻まれている刻印を見る。とりあえず二人の会話を聞くだけ聞いていた黒羽が、ああ、とうなずく。
「お前の力って水だよな。砂巌の王宮も水の上に立ってるし、そういやタナトムも雨がすごかったな。東って水と縁があるのか?」
「そうですね。神剣九龍の『龍』もかつて女神が眠る前に存在した、水に関わる神獣だそうですから」
でも、と漓瑞は周りの墓標の内で燃える火を見る。
「水と炎は真逆だというのに、呪陣は炎に関する言葉が多いのが気になります」
「相克するものが互いに打ち勝とうとする力は強いって、アデルが前に言ってたよ」
「それじゃあ、炎と水を戦わせてなんかやろうとしてるってことか?」
ますます意味不明だと黒羽は頭を悩ませる。
「そうだね。ここでは沢山の瘴気が産み出されてる。さらにアデルは瘴気力を大きくしようとしたんじゃないかな」
「巨大な瘴気の力と、剣……あれは妖刀か魔剣かもしれませんね」
膨大な瘴気は凝り、刀剣と化す。それが妖刀、あるいは魔剣と呼ばれるものだ。
妖刀と魔剣の呼び名の違いは剣の形状によるもので、大抵は片刃が妖刀、両刃が魔剣と呼ばれる。抜いてみなければ分からないが、どちらにせよ同じものである。
「それって創れるもんなのか? でも、アデルの奴のやることだからな……」
黒羽は自分自身の手を思わず見る。
自分とて、アデルによって創り出された存在だ。どんなありえないことでも、不可能だとはけして言いきれない。
「で、どうするよ。これ放っておいたらアデルの奴が回収にくるだろ。ずっと見張ってるか、今、抜くかのどっちかしかねえだろ」
「抜くのは危険ですね。本局の担当局員でないと封がされていない妖刀や魔剣に触るのはまずいですよ」
瘴気の塊である刀剣は強大な力を有している。監理局はその力をある程度抑制する『封』を施した上で、さらに剣の持つ力を抑え込めるだけの高い霊力を持った局員を使い手にするのだ。
『封』がされていない妖刀と魔剣はうかつに触れれば、持った人間の霊力を根こそぎ吸い取って暴発し、辺り一体に瘴気を撒き散らしかねない。
そのため担当局員は瘴気を浄化する神剣の使い手でないといけない。
「じゃあ、ここで見張ってるしかねえか」
「ええ。申し訳ありませんが、藍李さんに連絡を……」
漓瑞がグリフィスにそう言いかけて目を見張る。
「どうした?」
「一瞬でしたが、墓標に人影が映っているのが見えました」
「アデルが来やがったか?」
黒羽は冥炎の柄に手を置いて神経を尖らせる。そうして、彼女も墓標に人影がちらつくのを見つけて目で追う。
左右、前後、一瞬で影は通り過ぎるが、その後の墓標の炎が激しく燃え盛る。
青白い炎は膨張し、墓標が軋んで罅が入る。
その後は一瞬だった。
水晶が砕ける高く澄んだ音が鳴り響き、墓標を突き破った炎達は交わり渦となる。
黒羽がグリフィスの腕を掴んで自分の側に引き寄せ、漓瑞が水の膜で炎を防ぐ。
炎と水がぶつかり合って水の壁がたわむ。
そして再び起こる破裂。
宙で炎は丸く凝り、青白い月色をした太陽になる。
水飛沫と砕けた水晶の欠片はきらきらと輝きながら降り注いぐ。
そのひとつ、ひとつには景色が映っていた。
やがて全ての景色がひとつに交わって、気がつけば三人は王宮と思しき建物の中に佇んでいたのだった。