ニー1
東部第二支局の地下水路の船着き場は、黒羽が知っている他の支局の三倍以上はありそうなほど広く人でごったがえしていた。舟の行き交いも多い。
「西十三番急げ! 民間人にも負傷者が出てるから医務部も同行しろ。東十六番増援! 北十八番担当二名、南十九番の応援に迎え!」
船着き場の上へ上がる階段の側では四十前後の男が矢継ぎ早に指示を出している。
「凄いな……」
黒羽は次々と出たり戻ったりしている人の流れに思わずそう零す。
政情が不安定だった第一支局ですらここまでの慌ただしさはなかった。
「本局からの応援ですかー!?」
指示を出している男の傍らで書類を持っている、三十前後の女性局員に声をかけられて黒羽は漓瑞と緋梛と一緒に声をかけてきた局員の元へ赴く。
「はい。自分は黒羽です。あたしとこの緋梛が妖刀持ちで、もうひとり、漓瑞はあたしが指導中の新人です」
黒羽がそう説明すると女性局員がびっくりした顔をする。
「え、嘘、女性? やだ、ごめんなさい、ここちょっと暗いから……ああ、それより自分は妖魔監理課長の秀喬です。早速で申し訳ないんですけど、もう出動していただけますか? 壬部長、本局から応援、二手に別れてもらいますけど、北二十番と東十五番でいいですね」
「どっちが強い?」
どうやら監理部長らしい男に聞かれて緋梛がこっちです、と黒羽を示す。
「新人の方は実戦経験は?」
「魔族です。実戦経験もあります」
一緒に行動するにも補佐というのは少々不自然なので、研修中の新人ということになっている漓瑞が自分の手の甲の文様を壬に見せる。
「よし、ふたりは北二十番に頼む」
そして指示されるままに黒羽達は舟の方に移動する。
「……明るくても絶対分からないわよね」
隣で舟を待つ緋梛がぼそりとつぶやき、凛々しい黒羽の横顔を見上げる。
「だろうなあ。この顔は生まれつきだからどうにもなんねえけど、これからどこ行っても驚かれたり説明したりしなきゃならねえのは面倒だな」
知らない人間と会う機会が増えてから性別の確認をされることが増えて、さすがにややこしいと思い始めている。
「そこは対処のしようがありませんからね……来ましたよ」
「よし、気をつけてな。行ってくる」
「そっちこそ無茶しないでよ」
黒羽は漓瑞と共に緋梛と別れて舟に乗る。黒い水がたまる水路の幅は広く、舟が四艘行き交うことができる。
他の局員も何人か乗っていて軽く挨拶を交わしている内に現場にだどり着き、黒羽と漓瑞だけがそこで降りる。
外は乾いた風が吹いていた。
周囲はごつごつとした岩肌が剥き出しになった乾いた土地で、まばらにうらぶれた木造の民家が立っている。いくつか破壊されている物も見られる。
干されたままの洗濯物やひっくり返った水桶。そして血痕。
ずん、と地面が揺れる。
少し離れた場所に見える岩山もゆらゆらと揺れた。
「あれか」
黒羽は冥炎を抜いて目標に向けて走り出す。
「保護頼む!」
巨大な岩山を背負った亀に似た妖魔の足下に倒れている男を見つけて、黒羽は冥炎から青い炎を繰り出す。
その炎を追い越して漓瑞の放った水が、踏みつぶされそうになっている男を包み込んだ。
炎の波に押し流されて妖魔の巨体が横倒しになると、黒羽はそのまま二撃目を放つ。
大波に呑み込まれ断末魔の声すらなく妖魔は灰燼と化した。
「大丈夫か?」
倒れ込んでいたのは民間人ではなく局員だったらしく、耳に局員章が揺れている。手に持っている刀は折れていた。
「本局からの応援か。助かった。向こうの応援も頼む」
言われて指差された方を見ると、同じ亀の形をした妖魔がひっくり返っていた。黒羽はそちらの方も一撃でとどめを刺して他二名の局員と合流する。
「いや、ほんと助かった。まさかまだ出てくると思わなくてな」
話を聞けば出動したときには一体だけで民間人を避難させ、最初の一体を倒した頃にもう一体出てきて、さらにそちらに応戦している間にもう一体現れたということだ。
さすがにその頃には霊力を消耗しすぎて、剣に霊力をのせきれずに折れてしまったらしい。
「普段からあんな巨大な妖魔が複数同時に出現するんですか?」
漓瑞の問いかけに局員達が首を横に振る。
「ここは瘴気の溜まり場に近いからでかいのが多いけど、さすがに出て二体ぐらいまでだ。でもここ最近は異常だ。妖刀と魔剣併せて五本あっても足りなくて本局に応援呼ぶくらいだからな」
「五本全部出払ってるのか」
黒羽は驚きの声を上げる。
妖刀や魔剣は瘴気で出来た物でありある程度瘴気を振りまいてしまう。それに暴発する危険性もあって、ひとつの支局に大量に配置されることはない。
政情不安定な玉陽にある第一支局ですら三本だった。さらに出動となるとほとんどが黒羽だけという状況で、全員出動したのは内乱の時が初めてだ。
「瘴気の溜まり場は今歩いていける場所にありますか? 私達はその調査もするように言われているのですが……」
局員によると歩いて行くには少し遠いということだった。少し考えた末、黒羽と漓瑞は渡し人に運んでいってもらうことにした。とはいえ溜まり場の直前へ続く道はなく峠を登ることになった。
道は急勾配で肌寒い中でもしだいにうっすらと汗ばんでくる。
延々と続きそうな道のりと辺りに漂う瘴気に体力を削られ息切れし始めた頃に、やっとひらけた場所にたどりつく。
登り口とは反対側には道を阻むんで切り立っている岩山が遙か頭上までそびえていた。
そして瘴気はいっそう濃くわだかまっていてひどい不快感を覚える。
「こりゃ、長居するのはきついな」
「そうですね。しかし、何もありませんね」
漓瑞が瘴気に眉を潜めて言うとおり、辺りは岩が転がっているばかりで何もなさそうだった。
「タナトムみたいに地下にあるとかじゃねえか?」
黒羽は地面を踏みならして歩いてみるが特に何もなさそうだった。さらにあたりを見回しても特に変わったところは見られない。
「黒羽さん……」
反対側を調べていた漓瑞がなにか気付いたらしく、地面にしゃがみ込んで手招く場所に行ってみる。
「なんかおかしいか?」
しかしそこにあるのは普通の岩肌で黒羽は首を傾げた。
「他の場所に比べて平です。あそこからここまでの範囲でたぶん半円状になっているはずです」
そんな漓瑞の予測通り歩いて地面を見てみると、確かに岩山を背にして半円状に平らな部分がある。漓瑞は岩山にもたれかかれる位置に移動して、全体を俯瞰しながら考え込んでいた。
何を見ているのか分からない黒羽は、彼が口を開くのを待ってなんとなしに近くの大きめの岩にもたれかかる。
その時ぼろ、とその岩の表面が崩れた。
「っと、なんだ、脆いな……」
体を離してみるとまるで干からびてしまった泥団子のように岩肌が崩れ落ちていく。
そしてその中には石で出来た亀の頭が見えて、さっきの妖獣かとぎょっとした。しかしそれは間違いなく作り物だ。
とりあえず崩せる物を全部壊してみると亀の石像が出てきた。
「黒羽さん、向こうの岩も……」
漓瑞が指し示すこれより大きめの岩に触れてみるとこれも崩れていき、最初のと全く同じ大きさの亀の石像が出てきた。ちょうど半円の弧の真ん中を挟んで向かい合う形で像は立っている。
そして漓瑞が周囲のいくつかの岩を水に変えて消してしまう。
「穴だな」
その下には明らかに人工的だと分かる綺麗な円形の穴が空いていた。
「柱の跡でしょう。ここになんらかの建築物があったはずです。石像はタナトムの蜥蜴の石像と同じく門番の意味があるのかもしれませんね」
「ということこの岩全部、誰かが建物があったのを隠すために置いたって事か。他にこの像以外に隠れてる物ってありそうか?」
漓瑞が顎に手をあてて無造作に置かれている岩を眺める。
「あとは全部、石の置かれ方を自然に見せるための物だと思いますが、一応確認してみますか」
黒羽はまだ二十以上はありそうな大小様々な岩を見て悩む。
「時間かかりそうだし今日はこの辺にしとくか。あんまり遅くなるとなんだしな。まだ状況もよくわかんねえし」
緋梛の事も気にかかるし、これ以上ここにいても瘴気が濃すぎて体力も辛く妖魔が出てくると困る。
そう判断してふたりは一度第二支局に戻ることにする。
峠を下る途中、来る時は気付かなかった景色が見えて黒羽は足を止めた。
「防壁だ……あの向こうが玉陽なんだな」
遙か彼方に見える高い壁は玉陽と砂巌の国境沿いに伸びる防壁だ。あの向こう側で防壁を見ていた頃には、まさか反対側でこんな景色を見ていることは想像していなかった。
目を細めて永遠に帰ることを許されない故国を見つめている漓瑞が、自分の隣にいることだけは変わらない。
(やっぱり、こいつがいてくれないとな)
駄目だと言われてもあの向こうに帰るなら彼も一緒でなければ嫌だ。
帰りたい場所で、大好きな人もたくさんいるはずなのに、たったひとり足りないだけでどうしてこんなにも気が塞ぐのだろう。
「壁一枚隔てただけでずいぶん違いますね」
漓瑞のつぶやきに黒羽は答を見つけられないままうん、とうなずく。
ここから見える景色は黒に近い灰色の岩が多く、そこに松がまばらにあるぐらいで色に乏しい。
しかしあの壁の向こうは豊かな緑と水に溢れていることをよく知っている。
「戻りましょうか」
自嘲ともとれる笑みを浮かべて漓瑞が峠を下り始めて、黒羽は一呼吸遅れてその背を追い隣に並んだ。
***
支局に帰り着くと人の流れはずいぶん少なくなっていた。
どうやらあらかた片付いたらしく、妖魔監理課長の秀喬と監理部長の壬の姿はなかった。代わりに緋梛がいてそのまま支局長の執務室へと向かうことになった。
地下から上に出て目にした局内の様相は第一支局と大差なく、黒羽は懐かしさを覚えた。
「水の上なのか……変わったところに建ってるんだな」
朱塗りの欄干がついた回廊に出て下を見ると、乳白色の水の上に局舎が建っているのが分かる。別の棟もここからはよく見えた。
建物の黒い瓦屋根は四隅がそり上がっていて、黒羽には馴染みの造りだ。平屋や二階建ての他に七階建ての楼閣もある。
「なんだか王宮みたいね」
緋梛が物珍しそうに景色を見て言うと、漓瑞もそうですね、と同意する。
懐かしくも風変わりな局舎を眺めながらまた屋内に入り、言われたとおりの道順に進んで三人は執務室にたどり着く。
支局長との挨拶がすんでそのまま同席していた監理部長とも話し、三人は妖魔監理部長の執務室へと案内された。
「お疲れ様です。ご協力感謝いたします」
部屋に入るとすぐに秀喬がそう言って一礼した。そして地図の置かれた長卓の側へと黒羽達を案内した。
地図の中央には監理局と王宮が並んであり、その周囲は地域名ではなく方角と番号で区切られている。東西南北各二十四番まであり、数字は中央から離れるほど大きくなっている。
「瘴気の溜まり場の様子を見てきたということだが、何か異常は?」
壬が言うのに黒羽は小さく頭を振る。
「正常な状態がどうなのかはよく分かんないですけど、瘴気の普段は溜まり場ってこっちでは調査しないんですか?」
石像の事はまだ伏せることにして問うと、壬が地図の北側の東西南北の黒い点を指し示す。
「この四つの瘴気の溜まり場はひとつきに一度見回っている。普段は一カ所か二カ所から濃い瘴気が吹き出して妖魔が大量発生する。その前兆として子鬼の出現率が高くなるのでそれを元に警戒を強める区域を見定めているのだが、今回は予兆もなく巨大な妖獣が現れた」
そして秀喬がその後を継いで、番号の大きい地区から少ない地区へと指を滑らし二十番のあたりで指を止める。
「力の強い妖獣が多発するのはより瘴気の溜まり場に近い場所です。そこから中央に近付くにつれて出現率も強さも低下していきます。普段は二十番までしか巨大なものは滅多に出現しませんが今回は十七番まで出ています。そして一月もすれば濃い瘴気の流れはおさまっていくはずなのに、今回はその様子がまるでありません。先の玉陽での内乱で兵を出した影響と思って見ていたのですが、それにしても異常としか言いようがない状態です」
秀喬の声には明らかな戸惑いがあった。
「住民の不安から瘴気が産まれて、番号の小さい場所でも小型の妖魔や子鬼が増えている。こちらも手を尽くしているが、一向に変わらない状況に局員達の疲労も激しく負傷する者も増えている」
壬が腕を組んでうつむく。
責任者であるふたりも同じく疲労困憊といった様子だった。
「しばらくはあたしらが出られるだけでますけど、足らないですよね」
状況を聞くだにたったこれだけの増援では手に余りそうだ。
「いえ、集中して発生することは数日に一度なので局の妖刀、魔剣の使い手が十分に休息をとれる時間を作っていただければ今はまだ大丈夫です」
「もう少し様子を見て手が回らないのなら本局にさらに増援を頼む」
秀喬に重ねて壬がそう言う。そんなふたりの物言いや表情にどこか間に壁を立てたようなよそよそしさを感じた。
黒羽は居心地の悪い思いをしながら、今後の待機場所などを聞いてそちらに移動する。
「あのさ、ここの局員って変じゃない?」
声を潜めて緋梛が聞いてくる。
どうやら向かった先では民間人がいたらしいが、それを避難させるときにやたら彼らからに緋梛を見せないようにしていたというのだ。
「あたしらが会った局員は普通だったよな」
「ええ。ですがあの部長と課長は少し様子がおかしかったですね……」
黒羽が感じていた違和感を漓瑞も感じ取っていたらしかった。
「やだ、やだ。早く原因突き止めて帰りたいわ」
緋梛が自分の腕をさすって顔をしかめる。
「そうだな。さっさと調査して終わらせようぜ。そのためにはグリフィスに協力してもらうしかないのか」
「仕方ないですね。それにしても、静かですね……」
漓瑞が小首を傾げる。
言われてみれば誰ともすれ違わないし、人の気配も近くに感じない。地下水路にはもうほとんど人はいなかったので局舎内にはいるのだろうと思うが。
回廊を歩いているとふわりと風が流れて頬や手の甲を撫でていく。
その冷たい風はどこか肌にまとわりつく湿り気を帯びていた。
***
「おかしいよな」
翌日の朝、朝食をすませた黒羽達三人は与えられた二部屋のうち、黒羽と緋梛が過ごす一部屋に集まって額を付き合わせていた。
昨日は到着してすぐに出動する以外はここで待機していた。その間に食事は部屋に運ばれ入浴も来客用の浴室がありそこに案内された。これまでこの支局の局員には本当に限られた数しか接触していない。
「客人扱いとして丁重にもてなさるとしても、私達はそういう立場じゃないですよね」
「あたし、何回かこういう応援に出動したけど、こんなにお客様扱いされたのは初めてよ」
扱いはけして悪くない。それこそ賓客としてもてなされていると思えるほどだ。
しかし自分たちの立場を考えるとどうにも腑に落ちない。
「……なんだかなあ。いい扱いしてもらってるから文句も言えねえし、収まり悪いな」
黒羽は椅子の背もたれに深くもたれかかって顎を上げる。
「その辺りを含めて藍李さんに報告しておきましょうか。ひとまずは瘴気の溜まり場の調査に専念しましょう。グリフィスは今日には来るんですよね」
昨日夕刻に報告して夜には藍李から返信が来た。ちょうどグリフィスが地図の解読をし終えて、現地調査がしたいと言い出していたところなので今日にも来るらしい。
ということで一応支局のどの辺りに自分たちがいるかは知らせたのだが。
「でも、あの皇帝陛下、こっそりってどうするのよ。ここじゃ目立ち過ぎるわよ」
「人来ないし、大丈夫じゃねえか?」
言いながら黒羽は部屋を見渡す。二人部屋、ということで広く衝立などもあり部屋の入り口からの死角に持ってこればどうにか隠せるだろう。
局員からの接触が少ないのも幸いだ。
「あ、やっぱりこっちだ!」
黒羽が視線を入り口から移動させかけた時、不意に扉が開いてグリフィスが入ってくる。
「ちょ、なんで普通に入ってきてんだ。すぐ閉めろ」
慌てて言うとグリフィスがむくれた顔をして扉を閉めて黒羽の隣に座る。
「ちゃんと誰もいないの確認してきたもん。部屋がどっちかまではよくわかんなかったし」
「ああ、悪い。だいたいこっちにいるから……というかお前の使ってる道って行きたいところに行けるでいいのか?」
「ちょっと違うなあ。扉はどこにでもあるけど、道が崩れてたり扉に鍵がかかってたり取っ手がなかったりで出られないことの方が多いよ。監理局の本局とか特にそう。道は少ないないし見つけた扉も全部開かない。でもここはいっぱい道も通ってて、扉もいろんな所にあるから出入りしやすい。この建物なんか各部屋に一個はちゃんと開く扉があると思うよ」
なんというか便利なものだと黒羽が感心する向かいの席で、漓瑞が神妙な顔をしてそれは、と口を開く。
「ここが旧世界の理とまだ縁が深いということでしょうか」
グリフィスの往き来する『道』は監理局創設以前、神が女神ひとりではなかった頃の理の内にあるものだ。それが現行世界において女神の恩恵を受けている場所に、多数存在するというのも言われてみれば変な話だ。
「たぶんそういうことじゃないかな。えっとね、この旧い地図だとこの監理局の建物は元々王宮だったんだよ」
グリフィスが旧い地図と新しい地図を並べて示す。
旧い地図の方の文字は読めないが表記されいる言葉はひとつで、新しい地図のように王宮と監理局というふたつの表記はない。見比べてみれば実に王宮全体の三分の二が監理局に変わってしまっている。
「……藍李さんにもう少し詳しく聞いておくべきでしたね。監理局と王宮の関係は後で局員に聞けば何か分かるでしょう。……ここには何があるんですか?」
漓瑞が地図の北側、昨日訪れた瘴気の溜まり場を指し示す。
「天望祭壇。天望っていうから高層の建物かな。見てみたいなあ」
声を弾ませるグリフィスに建物はなく痕跡すら隠されていたと伝えると彼はつまらなそうにそうなんだとつぶやいた。
それから漓瑞が他の瘴気の溜まり場も指差していく。後はそれぞれ西と東に離宮があり、南に陵墓があるということだった。
「りょうぼってなんだ?」
「王族のお墓、だよ。これは地下に隠れてると考えて、あとふたつの離宮が今の地図だと山になっちゃってるのが気になるな」
黒羽はふと岩に隠れていた石像を思い出す。
「漓瑞、山が崩れたら離宮が出てくるってことはあるとおもうか?」
「十分にあり得るとは思いますよ。離宮か陵墓、瘴気の噴出が少ない場所から行きましょう。昨日の今日ならある程度はどこも収まっているでしょうし……それと緋梛さんは申し訳ないのですが」
「ここで待機、ね。全員調査に出て行っちゃったら応援の意味がないもの。たぶん今日はそんなに忙しくないだろうからそれとなく局内の様子も探っておくわ」
漓瑞が全部言う前に全てくみ取った緋梛に黒羽はおお、と感心する。
「お前、頭いいんだな」
「姉さんが悪すぎるだけよ」
黒羽は照れくさそうに頬を染めて顔を背ける緋梛の頭を撫でようとしたのだが、払いのけられそうなのでこらえた。
そうすると緋梛の方は物足りなさそうにこちらを見上げてきて、またふいと視線をそらして現状を聞いてくると部屋を出て行ってしまった。
撫でてやったほうがよかったかと黒羽が考えていると、楽しげにグリフィスがねえ、と声をかけてくる。
「黒羽は離宮も陵墓のどっちを先に見たい?」
「墓に入るのはなんだかなあ。嫌な方からすませちまう方がいいか」
また地下に潜らねばならないというのも気がひける要因のひとつだ。
そんなやりとりをしていると漓瑞がどちらでもいいのですが、とグリフィスに視線を向ける。
「これから行く場所は以前の聖地よりも危険な瘴気の溜まり場です。勝手な行動で黒羽さんまで危険にさらすことは絶対にしないように。協力していただいている身でこういうことを言うのは失礼だと重々承知していますが、それだけは約束して下さい」
慇懃な態度にグリフィスが姿勢を正してはい、とうなずく。
「危険な目にこっちが合わせちまうことあるだろうけどな。巻き込んで悪いな」
その可能性の方が断然高いだろうと黒羽が言うと、グリフィスは首を勢いよく横に振った。
「大丈夫。俺はすぐに逃げられるし、こういうの調べられるのは楽しいから。それに黒羽と一緒ならもっと楽しいし……こういうのをお互い様っていうんだよね」
無邪気な笑顔につられて黒羽も笑みをこぼす。
その向かいにいる漓瑞は何かを思案するかのように半眼をふせていた。