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女神の玉座  作者: 天海りく
廃園の牢獄
17/67

五ー1


 翌日、雲は多いものの雨は止んでいて気温も急に下がり少し肌寒く感じるほどだった。

 冷えた風が時折通り過ぎる聖地の奥まった場所、石畳が敷かれた円形広場の中央にイジュと昨日彼女を襲撃したふたりが固い面持ちで佇んでいる。

 それを黒羽は広場の隅にある鳥籠の形をした四阿の柱の陰に身を潜め、冥炎を抜いた状態で様子を窺う。漓瑞も対になっている向かい側の四阿で同じようにしている。

 経理部のふたりによれば一日に一度、この時間に被疑者の魔族が様子を見に来ると言っていたらしい。

 しばらく待っていると広場の奥にある木々の中からひとりの男が出てくる。

 年は三十前後ほどの黒髪と浅く焼けた肌。この辺りの人間の特色を備えていて、肩の少し下に傷跡も確かにある。

 被疑者の魔族、ハティムンで間違いないだろう。

 そして次にがらがらと音がして、ハティムンの背後に現れたものに黒羽はぎょっとする。

 昨日襲ってきた白い蜥蜴に似た妖魔が二匹、人質四人を乗せた荷馬車を長い尾を使って器用に引いてきたのだ。

 一瞬飛び出そうかと考えたが妖魔は大人しく、まだ人質が背後にいるのでこらえた。

「よお。裏切り者はいたのか。でも悪かったなあ、ありゃあ俺の勘違いだったみてえだ。仲間は俺のところに居る。だからこいつらは返してやるよ。おい」

 ハティムンに声をかけられると妖魔が止まって荷車から尾を離し、元来た道を引き返し始める。

 信じられない光景だった。妖魔が人や魔族に従うなど聞いたことがない。

 腰を抜かしていた経理部のふたりは妖魔が離れ、ハティムンも荷車の後ろへと下がると家族の元へと転がるようにして駆け寄った。

 人質達はふらついているがどうにか自力で歩けている。大きい方の男が娘をしかと抱きしめるのを見て黒羽は息をひとつ吐く。

 イジュは中央でじっと立っていた。黒羽の位置から見えるのは背中だけで、彼女の表情は見えない。

「……死ぬなら、家族一緒がいいよなあ。来いっ!」

 人質たちがイジュの近くまでたどり着いたところでハティムンが声を上げる。

 それと同時に背後の木々の向こうから、今度は十数匹はいるだろう蜥蜴型の妖魔がぞろぞろと出てくる。

 黒羽と漓瑞が四阿から出たのは同時だった。

 漓瑞が広場中央に向けて放った水が七人の前で防壁になって揺れる。

 以前より格段に距離も範囲も広がっている彼の力を心強く思いながらm黒羽はイジュ達に合流する。

「後はあたしらに任せて逃げろ。イジュ、そいつらのこと頼んだぞ」

 強張った顔で水の壁の向こうのハティムンを見ていたイジュが拳を強く握る。

「……お願いします」

 強い想いを秘めた言葉に黒羽はああ、とうなずいた。

 水の壁はイジュ達の背を庇うために移動し、視界が明瞭になる。

「はっ! やっぱり罠仕掛けてやがったか。ちょうどいい嬲り殺しにするのはつまんねえからな。そこの色男の相手、してやれよ」

 愉悦の表情を浮かべたハティムンの指示に従って妖魔達が舌を伸ばしてくる。

(女なんだけど、まあいいか)

 黒羽は冥炎から青白い炎を放ちそれらを焼き尽くす。蜥蜴たちは声もなくのたうち、ずるずると後退していく。

「分が悪いのはそっちだぜ。大人しく投降すりゃ痛い目見なくてすむぞ」

 刀身に炎を纏わせたまま黒羽が言うと、ハティムンはなぜか笑みを見せた。

「妖刀か。ああ、そうだな分が悪いな。だが、いまは、だ」

 この余裕ぶった態度はなんだろうかと黒羽は警戒心を抱くも、逃げられないために足を狙って炎を放つ。

 彼は動かない。

 黒羽はハティムンに向かって駆けるが、不意に地面が揺れる。また崩れるのかと足を止めるが違った。

 ハティムンを護るように石畳の隙間から木々が生えて、防波堤になり炎の波を押しとどめた。

「女神様は俺の味方なんだよ」

 いつの間にか木の上に移動したハティムンが、黒羽を見下ろして高らかに宣言する。

「あとちょっとすりゃ俺たちの旧い故郷は元に戻る。監理局になんか従う意味なんざなかったんだよ。ほら、てめえがそんなもん振り回すから女神様がお怒りだ」

 ハティムンがそう言うと同時に背後で悲鳴が上がる。

 振り返れば妖魔がイジュ達を襲っているところだった。

 漓瑞が全員を護っていてもさすがに大人数で動きづらい上に、出口に向かう道が覆い茂った蔓草で阻まれてしまっていて立ち往生している。

 魔族の能力なら力の使い手自身を昏倒させればいいのだが。

「これ全部てめえの能力か?」

 しかしハティムンの言いぐさでは、聖地自身が意思を持って蠢いているかに思えた。魔族が複数の能力を持っていることもないはずだ。

「いいや、言っただろ、女神様のお力さ。さすがに俺は妖刀相手に戦えねえから引かせてもらうぜ。女神様がお目覚めになったらまた相手してやるよ。……生きて出られたら、な」

 ハティムンが木の壁の後ろへと飛び降りて姿が見えなくなる。

「くそ、ややこしいことしやがって」

 黒羽はそう吐き捨てて踵を返す。

 向こうは漓瑞ひとりではさすがに手に余る。もっと近くに渡し人に道を繋いでもらえればよかったのだが、この聖地内は道を繋げられる場所が極端に少ないらしくずいぶん先だ。

「悪い、逃げられた。でもこっから動く気はなさそうだから局に全員送ってから追おう」

 水の膜で全員を包んでいる漓瑞に告げて、黒羽は妖魔めがけて冥炎の炎を放つ。その一撃で全て消え去る。

 視界が開けていればこの妖魔達はさして手強いものではないが、ここから森に入るとなればいささか手こずる。

「黒羽さん、すみません。もう保ちそうにないので気をつけてください。他の方達も出来るだけ固まってください」

 額にうっすらと汗をかいている漓瑞が力を収めて息を吐く。

 経理部のふたりとその家族達は水の護りが消えて少し不安そうに身を寄せ合い、イジュが手に持っている符を持つ力を強める。

「大丈夫か?」

 目の前を塞ぐ蔦を斬って道を広げながら黒羽が心配そうに漓瑞に声をかける。

「ええ。早く抜けましょう」

 漓瑞の言うように急ぎたいのは皆同じだが、疲労で歩くのが精一杯な女子供が四人に昨日の雨でぬかるんだ地面とで、はやる気持ちに足取りがついていかない。

「右上から来ます」

 感覚が過敏である漓瑞が誰よりも早く気配を察知して、黒羽がそれを防ぐ。

「左上とイジュさん、後ろ」

 右斜め上から伸びてきた舌を防ぎながら漓瑞が言うのに、イジュがもたつきながらも応える。

「ああっ」

 そうしてどうにかひらけた場所に出られるという所で、樹の根に足を取られて初老の女性が転ぶ。

 その息子である細い方の経理部の男と妻が助け起こそうとするが、その間に妖魔が道を塞ぐ。

「本当に何匹いやがるんだよ」

 ぞろぞろと出てくる白い巨大な蜥蜴の妖魔達は、赤い目を輝かせ挑発するように紫の舌をちろちろと揺らす。

「漓瑞、まだやれるか?」

「はい。幕は張れませんが一体ずつならなんとか」

 妖魔が一斉にではなく微妙に間隔を開けながら、飛びかかってきたり舌を伸ばしてきたりする。

 黒羽と漓瑞が応戦していても、数が多くあと少しだというのに前に進めない。

「くそ、まどろっこしいな」

 冥炎を思いっきり振るいたいが、さすがにこの大人数で周りは木々となると一体一体に確実にあてるしかない。

「黒羽さん、両脇に壁を作るので前に向けて放ってください。一瞬ですから道が空いたらすぐに炎は収めてください」

 漓瑞がそう言って木々を追い越すほどの高さの水柱を左右に走らせる。黒羽はそれと炎の波を並走させた。

 倒れる間もなく立ったまま木々が炭化し灰と化す。

 その灰は降り注ぐことなく、砕けた水柱の欠片に呑まれて薄雲の隙間からこぼれ落ちる日の光に煌めきながら消え去った。

 後にはわずかな熱が立ちこめる道が出来て、すぐ先に瓦礫の散らばる場所が見える

「先に行け!」

 黒羽の声に従ってイジュを先頭によろよろと人質達が歩き始める。

 さすがにさっきの攻撃で妖魔達は怯んだかと思ったが、ぞろぞろと追い駆けてくる。その中の一匹が高く跳んだ。

 他の相手をしていた黒羽と漓瑞の頭上を越えて、子供を抱えて立ち竦んでしまっている男へと。

 黒羽が動く。

 対峙していた一体を消し去りその炎をそちらへ流す。

 ただそれよりも先に妖魔が氷結して砕ける。

 イジュの放った符だ。

「助かった。さあ、あとちょっとだ」

 自分の行動に驚いたのかぼんやりとしているイジュに笑いかけると、彼女は大きく首を一回縦に振って歩き出す。

 それから十数歩行ったところでようやく渡し人と待ち合わせしている場所にたどり着く。場所が不利と見たのかこれ以上妖魔は追ってこずに森の中に消えていった。

「人質全員無事保護した! 開けてくれ」

 一本だけ残っている四角い柱のわずかな亀裂に向かって声をかけると、割れ目が大きく避けて水路と舟がその向こうに現れる。

 先に彼ら人質らを乗せて黒羽は漓瑞を見て目を丸くする。

 かなり消耗したのか汗をぐっしょりかいて白い頬を上気させ彼は肩で息をしていた。

「ちょ、大丈夫かよ。無茶すんなよ」

「無茶した、つもりはないんですけどね……黒羽さんもあれだけの力を放出して大丈夫ですか?」

「あれだけって、いつもよりちょっと威力高めに撃ったけど、そんな消耗するほどでもねえぞ」

 話が噛み合わずにお互い顔を見合わせ、黒羽は体の内の霊力の流れを確認する。

 前より感覚的に自分でその流れを確実に捉えられているので、どれだけ使えば自分が消耗するかも大体は分かっている。

 他に違うことは冥炎との繋がりが以前より強いということか。

 ほんのふたつきぐらい前は炎の動きを制御することが出来なかったが、いまは刀身から放出した後も炎がまるで自分の指先と変わらず思うとおりになる。

 黒羽がそんなことを言うと、少し呼吸が落ち着いてきた漓瑞が神妙な顔をした。

「あなた自身の力が増しているのかもしれませんね」

「まあ、だったら悪いことはねえと思うけど……お前に余計な負担かけちまわないようには気をつける」

 強くなることはいいのだが、彼に迷惑かけては元も子もない。

「それは大丈夫です。今回は私が予測しきれなかっただけですから。……一度戻りましょうか」

 渡し人に呼ばれて漓瑞がそう言ってふたりは舟に乗り込む。

 舟に揺られる間に黒羽はああ、あれからかもしれないと思い出す。

 ひとつき前、玉陽の聖地に呑み込まれたとき。

 手を伸ばせば届く場所に半死半生の漓瑞がいるのに、指一本まともに動かすことが出来なくなった。

 それでも諦めたくなくてただがむしゃらに立ち上がって冥炎を振るった。

 あのとき一瞬、冥炎と自分のどちらの個もなく炎の奔流となった感覚があった。

 この体は人に似ていて少し違うものだからだろうか。

 黒羽の脳裏にどこまでも傲慢で残酷な青い瞳が閃く。

 早くアデルを見つけて訳の分からないことははっきりさせたい。しかしそう簡単にはいかないのだろう。

 そう思いながら視線を落とした先には、先行きを肯定するように底の見えない漆黒の水面があった。

  

***


 人外監理局の本局のある女神の島の西部に、オルフェ家の屋敷はある。

 鋭い穂先のに似た尖塔と乳白色の石造りの外壁をもつ屋敷は、常緑の木々に囲まれた小高い場所に建っている。

 屋敷より一段下がった場所には赤と白の薔薇が一年中咲く庭があり、その中央では噴水が高く水を噴き上げる。

 裏手側はすぐ海で、現在のオルフェ家宗主のランバートの部屋の窓の向こうには、瑠璃と翡翠が混ざった海原が延々と続いている。

「よかった。あった」

 本と書類に寝台の上まで浸食された部屋の中でランバートは、探していた本を引っ張り出す。

 局内の書庫から借りていて忘れていたもので、返却期限を過ぎているのでそろそろ戻して欲しいと言われて探していたのだ。

「あ……」

 そのまま立ち上がろうと体を動かすと目的の本を掘り出すために適当に積み上げていた本が崩れて降ってくる。

 とりあえずまた捜し物を見失わないようにしっかり手に持っていたが、そのせいで顔にまともに本の背表紙がぶつかった。

「眼鏡、は大丈夫か」

 赤くなった鼻をさすりながら視界が良好である事を確認していると、窓から風が吹き込んできてばらばらと書類が飛ぶ。

 その音に紛れて忍び笑いが聞こえた。

「今日はまた一段と酷いな。ああ、これは懐かしい」

 幼い少年の声が聞こえてランバートは振り返る。椅子の上には十二、三の子供が座っていて、本を膝の上に乗せてめくっていた。

 澄んだ青い瞳はランバートのものと全く一緒の彼は、緑笙という少年の体を乗っとっている実年齢は十一年上の兄のアデルだ。

「兄上、体の方は……」

「なんとかこうして出歩けるぐらいにはなったから今日は思い切って遠出してみたんだ。さすがに神剣の攻撃はまともに受けると酷いことになるな」

 ひとつき前、アデルは藍李によって肩に重傷を負った。

 痛覚もなければ傷もすぐ塞がるように作られた体ではあるが、神剣で斬られた傷は通常より塞がりにくく霊力も多量に消耗するということだ。

 そのせいでアデルとはこのひとつき手紙を二通やりとりしただけだった。

「そうですか。それならよかったです」

 ランバートが言うと、アデルが首を傾けて笑う。

「心配してくれて嬉しいよ。それで今日の用件だがグリフィスが黒羽達と接触した。黒羽とは友達になったらしい」

「友達、ですか」

 グリフィスとはほとんど会ったことがないが、無邪気すぎる性質は知っているので状況は想像できた。

「しかし今の聖地に置いておくのは危険ではありませんか? 変質しているのでしょう」

「おそらく大丈夫だろうが、僕もこの状態では彼の動きは追いきれないからね。お前が気をつけておいてくれ。下手に死なれると困るし、藍李も油断ならないからな」

 はたして兄がグリフィスを利用として何をしようとしているのかは知らされていない。

 自分は一度裏切ったのだ。信用しきってもらえていないのは当然といえば当然だ。

「兄上?」

 不意にアデルが額を押さえて苦しげに眉根を寄せる。

「馴染みが悪いな。痛覚はないはずなのに頭が割れそうだよ。まだ長時間表に出るのは難しかったか。じゃあ、帰るよ。ああ、そうだ。母上は?」

「そう、長くはないと思います」

 書棚の影にアデルが移動する。

 父が没してから倒れた母は年々やつれていき、今は足を悪くしてずっと寝台の上だ。この頃は食も細く半ば夢の中を生きている。

「会われないのですか?」

「この姿で?」

 問うと影に溶け込みながらアデルが肩をすくめて笑い、そのまま消えてしまった。

 取り残されたランバートは椅子の上に残された本を目にやる。それは学術書ではなく冒険小説だった。

 文字を読む練習代わりに兄とふたりで本を読み、この部屋の窓辺で本の中の海と外に見える海を頭の中で交わらせてちいさな冒険ごっこをした。

 実験室の残虐な光景を塗りつぶすほどにその頃の記憶は色濃い。

 本をぱらぱらとめくりながら窓の外の海に目を向ける。昔と変わらず鮮やかで美しい色を湛えている水面は穏やかだ。

「失礼します。本局長、東部総局長より取り急ぎ報告したい事があるとのことです」

 思い出に浸る時間を打ち壊すしてに扉が叩かれてそう声がかかり、ランバートは思い出を椅子の上に戻して部屋を出た。


 ***


 黒羽達が人質を保護して二日になる。

 人質は衰弱はしていたものの、他に体調にも問題のなく無事だっだ。そして人質保護の報告をした後、不正調査担当である本局総務部三課の局員達がぞろぞろとやってきた。

 今日には先に捕まえた経理部のふたりの他、首謀者とされる経理部長と他経理部の四人が本局へと連行された。

 そして明日からはタナトム国側と不正の全貌についての解明が始まるらしい。

 しかし横領事件は順調に進んでいる中、ルークンがまだ目覚めていない。

 補給されている霊力も受け付けなくなってきていて、今日明日が山だそうだ。イジュが今は病室の中で待っている。

 人質を保護してからイジュは明るく笑う元気が戻って来ていたが、ただこの一点がまだ濃い影を落としている。

「あたしらはやるべき事やるしかねえか」

 絶対に捕まえるとイジュとも約束したのだ。

 黒羽は自分自身に気合いを入れて聖地の中を漓瑞と共に探っていた。

 聖地の妖魔などの件は魔族が入り込んだ事による異常事態と、なんとも大雑把にまとめ上げられて調査は黒羽と漓瑞が引き続き行っている。

 今は人質の引き渡し場所からさらに奥に入ったところにいるわけだが、ここまで来るのに例の妖魔は数匹襲ってきていた。

「あの妖魔どっから出てきてんだろうな。今の所の瘴気の溜まり場も見当たらねえし」

「そもそも瘴気が発生する要因がほとんどありませんからね」

 妖魔を生み出す瘴気は人の負の感情から生まれ出るものだ。だから聖地以外のどこにでも多少は発生する。

 しかしあの大男ぐらいはありそうな巨体の蜥蜴が、際限なく出てくるほどの瘴気となると大きな戦乱でも起こらないと無理だ。

「女神様が起きるときには瘴気がいるんだろう。でも今回は聖地だけで異常発生しててよそから集まってるっていうかなんか聖地自体から湧いてる。でも人間いなきゃ瘴気は出来ないから? ん?」

 自分で言っていて混乱してきた黒羽は首を捻る。

「そこの根底から考え直したほうがいいかもしれませんね。他に瘴気を発生するものなど」

「でも瘴気って痛いとか苦しいとか悲しいとか、そういう感情を持ってるもんから産まれるんだろ。そんなの人間か魔族。あとは動物とかもそうだけど人間が出すほどじゃねえっていうし」

 黒羽は考えながら三段ばかりの苔生した石の階段を昇る。

 その先は四角い広場になっていて向かい側にも階段が見える。中央にあいた雨水を湛える四角い穴に蓮が浮いていた。

 そして四隅に積み上げられた瓦礫を抱えて多い茂る蔦が蠢いて、足を掬おうと伸びてくるのを黒羽は冥炎で灰にする。

「よっと。まあ、あと一応生きてるもんっていったらこいつらぐらい……ねえよな」

 さすがにそれはと振り返ると漓瑞が無表情で考え込んでいた。

「さあ、あまり瘴気らしいものも感じませんが、聖地全体にある違和感はこれかもしれませんね。しかし私には近づかないのは魔族だからでしょうか」

 蔦たちが襲ってくるのは黒羽だけである。漓瑞が通るとさっと従順に道を空けるのだ。

 相手が植物とはいえひとりだけ集中してやられると微妙な気分にさせられる。

「あの凶悪犯護ってるぐらいだからなあ。魔族はみんな元はここに住んでて女神様に仕えてたって話だしよ」

 その女神というのはおそらく玉陽と同じく、この地を治めていた神なのだろう。

 最初あの凶悪犯がその神の末裔であることも考えたが、漓瑞のように元から浄化の力を持っているでもなく、自ら違うとも言っていたのでその可能性は薄いと判断した。

「やはり地下に隠されている宝というのは神自身かもしれませんね」

 黒羽から魔族達が一様に宝が地下に眠っていると言っていることを聞いていた漓瑞がぽつりとつぶやく。

「でもあっちこっちうろうろしてみても、地下に入れそうな所って意外とないよな」

 黒羽は広場から降りて周囲を見渡す。

 まずは地下を探ろうということになったが、これがなかなか見つからなかった。

 以前落ちた場所も道は瓦礫でふさがっていたりで、探ることも出来ないし下手に動き回ると出られなくなる心配もあった。

「なんだ、これ?」

 石畳で舗装された広い通路の端に、人が十数人ぐらい入りそうな扉のない四角い石組みの暖炉の様なものが無造作に置かれていた。

 側面にはグリフィスの言うところの古代文字が刻まれている。

 内部には床がなく、暗闇がどこまでも続いている。

「煙突ではなさそうですね」

 黒羽に追いついた漓瑞が瓦礫の中の小石を拾い上げて中に落とし込む。なかなか音は帰ってこず、じっと待っていると最後にかすかな水音が戻って来た。

「深いな。地下ってまさか一番下まであるんじゃねえだろうな」

「その可能性は十二分にあると思いますよ。問題はどうやって降りるかですね。もっと内部に関しての情報があればいいんですが……結局あの人を頼らないといけないようですね」

 内部に関しては自分たちより一週間ほど先に入ったグリフィスに聞くしかないだろう。

「使えるものは使えって言われてもなあ」

 本来ならこんな危険な状況に巻き込みたくはない。

 だが藍李からの手紙による指示は、本局長とも話し合ってグリフィスが聖地内をうろつくのは止めても無駄という結論に達し、この際護衛する代わりに内部を案内してもらえということだった。

「責任はそのお二方が負うでしょう。黒羽さん、また来ますよ」

 うんざりした様子で漓瑞が言うと、妖魔達が近くの瓦礫の隅から這い出てくる。

「せめてとっ捕まえて食えるもんだったらまだいいんだけどな」

 空腹感にそんなことをつぶやきながら黒羽もうだるげに冥炎を抜いた。

 

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