序
長方形の石を敷き詰めて作られた暗く湿った壁が松明の灯に照らされ、ぬめった光沢を放つ。そこに長く伸びる人影が揺らめいた。
息を詰めながら粗末な布の袋を背負うふたりの男が裸足で苔むし、ぬるつく石畳の床をひたひたと音をたてながら奥へと進んでいく。
「おい、おかしくないか」
ぴちゃんと天井から落ちた水滴が撥ねて、ひとりが声を強張らせる。
「いつもより水が多いな。ああ、くそ」
天井から滴り落ちてくる水滴に灯が消えて辺りは闇に包まれた。
「見えるか」
「……いつもの道だ。間違えることはねえだろ」
男達は右手側の壁に手を当て、深い闇の中を記憶だけを頼りに進んでいく。奥へ、奥へとただひたすらに。
しかしいつまで経っても記憶にある曲がり角にさしかかることがなく、彼らは足を止めた。おかしい、と思って引き返そうとした男の素足にひんやりとした細長い何かが触れる。
「ひい、蛇だ!」
ひとりの男が悲鳴を上げて駈け出そうとするが足をもつれさせて転んだ。そして投げ出された荷物がじゃらりと音を立てる。
「馬鹿野郎! 落とすんじゃねえ! だいたいこんなところに蛇なんかいやしねえよ」
怒鳴りつけた男は言いながらひゅっと息を呑む。
「おい、どうしたんだよ」
よろよろと立ち上がったもうひとりの男が、急に黙りこくった相棒に不安になり声を震わせた。
「……女の声がする」
息を潜めていた男がつぶやく。
「なに、馬鹿なこと……」
言ってるんだと続けようとしたもうひとりの男が耳に届いた声にがたがたと歯を鳴らす。
―寂しかったわ
女の声は艶めいていながら男達の心臓を恐怖に凍り付かせる。それは本能的な恐怖だった。畏怖、というべきかもしれない。
「くそ、出るぞ」
竦む足をどうにか動かして男達は駈け出す。
だが何かにぶつかった。くしゃっとした湿った青臭いそれは何かの蔦のらしかった。なんなんだと焦燥の声を男達は上げようとする。
だが、闇の中響き渡ったのは彼らの救いを求める悲鳴だった。