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女神の玉座  作者: 天海りく
翠卵の皇子
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 世界の中央に浮かぶ女神の島。

 さらにその中央には巨大な木が枝葉を伸ばして空を覆いながら立っている。

 近づいてみればそれは塔に四本の木が絡みついているがわかる。この塔こそが監理局本局だ。

 玉陽独立の日から二週間あまり、黒羽は本局の廊下を歩いていた。四角くくり抜かれた窓のひとつひとつの空の色はどれも違っていて、絵画が並べられているようにも思える。

 世界のいろんな場所の空が見えていると聞いたときはにわかには信じられなかった。

 しかし江翠に出来たあの塔と同じで、外観とはまるで違う広大な内部を見て常識など通じない場所だと思うしかなかった。

「ここは東の三階の……五番通路」

 藍李の執務室には四番通路を行かねばならないがどっちだっただろう。

 まだ三度ほどしか執務室に行ったことのない黒羽は、壁に書かれた文字を見て首をかしげる。

 廊下や扉に目印が至る所にあるが構造が複雑すぎて、二週間ではとても場所を覚えきれない。

「何か、お困りですか?」

 立ち止まっていると数人の女性局員がほんのりと頬を染めて声をかけてきた。

「ああ。東部総局長の執務室行きたいんだけどよ、どこか分かるか?」

 聞くと少女達が額をつきあわせて絶対そうよ、間違いないわとなどと騒ぎ出した。

「あの! 支局から来られた藍李様の婚約者って本当ですか!?」

 そのうちの少女が意を決して訪ねることに黒羽はまたかと頭痛を覚える。

 なぜか二週間前に本局に来てからこの手のことをよく聞かれる。どこで勘違いされたのか支局から東部総局長が婚約者を連れて戻って来たと噂になっているらしい。

「いや、あたしは一応女なんだけどな」

 もう何度この台詞を口にしたのだろう。

 少々げんなりしつつ黒羽が言うと、少女達は目を丸くしてまじまじと顔を見上げてくる。

「嘘! ごめんさい。でも、かっこいい……」

「そう、そう。藍李様とすごくお似合いで! まさに美男美女です」

 これも何回も言われた事である。

 悪意もなければむしろほめてくれているので脱力するしかない。

 そして少女達に道を聞きどうにか進んでいると、別の通路から緋梛が来るのが見えた。 傷はすっかり癒えているもののアデルからの干渉を受けやすくまたいつ操られるかも分からないのでひとりでの行動は禁じられているはずだ。

「ひとりか?」

「そうよ。今日で監視はとかれたの。なによ、不満?」

「いや、よかったな」

 警戒心の強い猫のような緋梛の頭を黒羽はぐりぐりと撫でる。

「ちょっと、だからそれやめてよ! あたし子供じゃないんだから」

「悪い、悪い。なんか可愛くてつい、な」

 小柄な体型は長身の自分から見れば本当に小さい。それにつっけんどんではあるが妙に愛嬌があって妹のようなもの、となると無性に可愛く思えて仕方ないのだ。

「もう、女ったらし。ばか!」

 顔を真っ赤にしてそう言う緋梛はやはり可愛かった。

「失礼します……師範に課長!」

 形だけの挨拶をすませて部屋に入ると、執務机とは別の来賓用の長卓に備えられた長椅子に呂氾と尚燕が腰掛けていて黒羽は顔をほころばせる。

 だが、肝心の藍李はまだいなかった。

 ひとまず黒羽と緋梛も席に着く。黒羽が支局の近況を聞いていると、ようやく扉が開いて藍李が現れた。

「遅れてごめんなさい。……ほら、あんたも入ってそこ座って」

 藍李のすぐ後ろからひとりの少年が姿を現した。

「漓瑞……」

 呆然とつぶやいて黒羽は立ち上がる。

 本局に来てから今まで漓瑞は軟禁状態で面会は許されていなかったので、二週間ぶりの再会だ。

 短く整えられた髪と男物の衣装というだけで、彼の印象はずいぶん変わっていた。

「ちゃんと男に見えるな。すげえ」

 可憐な面立ちはそのままだが立派な美少年である。

「…………そこに感心されても困るのですが」

 漓瑞が苦笑して隣に座ったので黒羽もそれに倣う。

「そこのふたりは込み入った話は後でゆっくりしてね。集まってもらったのは今後についてのことよ。アデルはいまだ行方不明でランバートはろくに話さないから今後の動向も分からない。だけど聖地を荒らされると世界の安定が崩れるからここにいる人間でどうにかするわよ」

 ずいぶんざっくりした説明だった。

「どうにかってどうすんだよ」

 黒羽の問いかけに藍李が執務机に立てかけてある巻かれた巨大な紙を長卓に広げる。

「この点が、監理局が確認している聖地よ」

 紙には世界の地図が記され無数の点が各地に散らばっている。百は確実に越えているだろう。

 まさかこれを全部しらみつぶしに調べていくのだろうかと全員が沈黙する。

「日蝕を追うのよ。天文学者から日蝕の予測を聞きだしてみたんだけど、三百年以上日蝕が起こらずこの先二、三年以内に日蝕が起こると言われている場所は三十カ所。その中で近日中に日蝕が観測される場所はここ。来月らしいわ」

 藍李が南大陸の東部を示す。東部第九支局の管轄区である。

「アデルが生きていることが知れたら神剣の血族の中で混乱が生じるから秘密裏に動くしかないの。だからひとまずは黒羽と漓瑞のふたりだけに予測日の二週間前には現地に行ってもらうわ。緋梛は私の手伝いをして。あと師範はいつもどおり必要になったら呼ぶからすぐ来て。呂氾部長にはどうしても手が足らなくなったときだけ協力お願いします」

 藍李の意見に特に反論はなかったが、黒羽にはどうしてもひとつ言っておきたいことがあった。

「……緑笙は助けるぞ。この間みたいな無茶はするな」

 まだ幼い緑笙を犠牲にするつもりはない。藍李について本局にきたのも、緑笙を救うためだった。

「方法が見つかればそうするといいわ。ないなら諦めなさい」

 突き放すように藍李が答えて他に言いたいことがある人は、と問う。だが他に声を上げる者はなく、簡単な今後の予定を話しその場は解散になった。

 緋梛は藍李の元に残り、尚燕と呂氾はふたりで何か話しているのでごく自然に黒羽は漓瑞とふたりきりになる。

 どうせだから互いの私室を覚えておこうということになり、局員の居住棟へと向かうことにした。

「……もうしばらくは一緒みたいだな」

 黒羽は隣の漓瑞に視線を向けて口元に笑みをはく。

「そうですね。本当に人生何が起こるか分かりませんね」

 しみじみとつぶやき漓瑞も微笑む。

 これから先も見えない。

 事の大きさと複雑さに頭の中はまだ整理がつかないし、不安や恐れもある。

 それでも隣に漓瑞がいるだけ不思議と前へ突き進むことへの迷いは消えてしまう。

 護るべきものが側にあればきっと強くいられる。

 黒羽は視線を前へ向け、しっかりと腰の冥炎の柄を握りしめた。

 

<了>

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