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青い鳥暮らし

作者: 鍵掛扉間

それは突然の出来事だった。

高級住宅地にひときわ大きな屋敷を構える風見家。

そこの末っ子である僕、風見大輔は台風の日に自分の部屋の窓に何かがぶつかった音を聞いた。

衝撃音はなかなか大きく、呑気にベッドで漫画を読んでいた僕の心臓が止まったと思うほどだった。

「飛んできた看板でも当たった?全く面倒な...。ガラスは割れてないよね?」

ベッドから降りた僕は窓に当たった物体を確かめるべく閉めていたカーテンに手をかけた。

案の定、窓のガラスは割れていない。それどころか罅すらも入っていなかった。

結果的に良かったことだが不審に思った。

僕の家の窓は特別頑丈なものではない。

台風で飛ばされてきたものなら普通に窓が割れてもおかしくないのである。

もっとも窓が割れていないのは外観から直接見なくても分かったが。

しかし、罅すらも入っていないのは少し不気味だ。

よくニュースでは傘や看板といった台風が起こった時に外で使われているものが飛んでくる、と報道されている。

傘はささなければならないから例外としても他のものは強く固定されているものだ。

かつ、重いものである。

僕は窓の下にある落下防止カゴに何かないか探すために窓を開けた。

ブワッァァア。

「うわっっ!」

窓を開けた途端に吹き込む雨と風。

そばにあったカーテンは投網のように広がり、部屋に掛けてあった時計は壁に打った杭を命綱にして踊る。

思わず僕も驚いて声を出してしまった。

前髪が忙しく揺れる中一刻も早く窓を閉めようと思い、窓の下を見た。

すると、そこには小さな生物がいた。

排水口となっている網の部分に羽毛に覆われた可愛らしい小鳥が鎮座していた。

「なんだろう、この毛玉」

...。


「ピィ」

僕の目の前にはバスケット籠の中に敷き詰められたタオルから抜け出そうと苦心している小鳥がいる。

「はぁ、部屋に入れたけどこれからどうしようか?飼うには母さんと父さんの許可がいるし...。」

そう、僕はとりあえず小鳥を助けた。

理由は可愛かったから。

籠の中で鳴きながら一生懸命に出ようとする姿は本っ当に可愛い。

...。

いやいや、可愛いことは今はどうでもいい。

問題はこれからのことだ。なぜ台風の中でうちの窓にぶつかったかはわからないが今は外にはなしてあげることはできない。

台風が通過するのを待つ必要がある。

そして、憂鬱なことに小鳥には大きな問題が二つある。

一つ目、どこか怪我しているのか飛べない。

羽か足か、はたまた別の部位か飛ぼうと羽ばたいてもバランスを崩して飛べないことがわかった。

言わずもがな窓に体当たりしたからだろうが一定期間の間はうちにいることが決定した。

雛鳥なら拾った場所に置いてくるらしいけど元々飛べないってわけではないから正しい判断ではないんだろう。

一定期間飼うことについても親の許可が必要だし本当に困った。

何よりこれを超える問題があることに困った。

二つ目、誰かが飼っている鳥の可能性がある。

外で最初に見たときは野生の鳥と言えるような地味な外見をしていたが体を洗ったら化けた。

なんと羽毛の色が青い鳥だったのだ。

僕は鳥のことはよく知らないが青い鳥なんてカワセミ以外知らない。

しかし、小鳥はカワセミではない。

ぱっと見でわかるほど違う外見をしていた。

表すならば青いスズメだろうか?

ネットで軽く検索したら日本にいる青い鳥には似てない。

全身青い鳥は日本にはいないようだ。

明日、近くの動物病院に行って経緯を説明すれば保護してもらえるのだろうか?

飼い主が探しているかもしれないし。

はぁ、それもこれも親の意見を聞いてからじゃないと判断できない。

「ピィ?」

首を傾げてこちらを見つめる小鳥。

その様子はまるで大丈夫?と言っているようにも見える。

まったく...。

「はは、大丈夫じゃないよ...」

僕は苦笑した。

...。


夕方になりそろそろ仕事が終わるであろう両親を待つためにリビングへ出ると歓喜の悲鳴が聞こえた。

「あ、あ、兄貴!そ、その子どこで拾ってきたの?!」

「あれ、美香?いたんだ」

風見美香。

僕の一つ年下の妹だ。

彼女の視線は僕の手元に集中している。

正しくは手に持っているバスケットの中で蠢く小鳥に、だが。

「か、可愛い〜!」

美香は僕の手からバスケットを強奪するとリビング用の机に乗せて間近で小鳥を観察し始めた。

「ピィピィ」

相変わらず小鳥は鳴いている。

目の前でいきなりはしゃぐ巨大生物がいると考えたら恐ろしくてうごけなくなるだろうがこの小鳥に人間の考えは通用しないようだ。

「この子どうしたの?」

「窓ガラスに当たって怪我してたから保護した」

怪我したのがわかったのは助けた後だったが嘘はついていない。

「ふーん...。ねぇ、この子どうするの?」

どう、とはやっぱり飼うかどうかか?

「なんとも言えないんだよな。母さんと父さんの許可が取れたら飼ってもいいんだけど、ダメだったら明日動物病院に言った時に相談する」

すると妹は頬を膨らませて目線は小鳥に向けたまま拗ねたように言った。

「私には聞かないのね」

「何を?」

「小鳥を飼うときの許可!」

「許可って言ってもなぁ。この家はお前のものじゃないだろ?ついでにお金も」

全部が全部両親のものでもないが大部分は彼らのものだ。

「そういうことじゃなくて、私が言いたいのは!...私にも飼うかどうかは聞くものじゃないの?」

「うん?まぁ、そうだな。飼ってもいいか?」

「ふん!」

美香は僕の言い方に起こったのかムキになった。

「悪かったって」

結局美香はバスケットを抱えると自分の部屋に走り去ってしまった。

美香は昔からずっと機嫌が悪くなると部屋へ逃げ込む。

しばらくしたら気にしなくなるけど今回は小鳥が原因な分小鳥がいなくなるまで僕に対して不機嫌であり続けるだろう。

我ながら悪いことをしたものだ。

ため息をつきながらふと窓に目を向けると9月を過ぎたにしては早いと思えるほどに外は暗かった。

...。


「はぁ、またやっちゃった...」

私は兄の大輔から逃げて部屋のドアを閉めた直後一人きりになれたからか頭が冷静になっていくのが感じられた(正しくは一人と一羽だが)。

バスケットを勉強机に置き、ベッドに寝転んでさっきのやりとりを思い出す。

なんで逃げてきちゃったんだろう。

私の頭には今更になって激しい後悔が渦巻いていた。

『許可って言ってもなぁ。この家はお前のものじゃないだろ?ついでにお金も』

大輔の言葉が反芻される。

大輔は常に物事の最低限は守る人だが言って仕舞えば最低限以外のことはあまりしない。

勉強のような結果が如実にその後の人生を左右するようなものだったら大輔は努力を惜しまない。

しかし、今回のような「どうでもいいこと」については疎いのだ。

見た感じでは小鳥に感情移入しているようだったが大輔が今までそんなことをしていた記憶はない。

兄妹だからわかることだ。

確かに小鳥を飼うのであったらまず両親の許可が必要だろう。

だがそこから私にも飼ってもいいかを聞くぐらい考えられないのだろうか?

おそらく大輔自身慣れないことをしている感じはするのだろう。

だからいつもとはらしからぬ空回りをしている。

普段の大輔は心配りができるやつなのだ。

「はぁ」

私はため息を吐いた。

私も私で幼稚なままだ。

大輔の空回りに巻き込まれて随分とらしからぬ行動を取ってしまった。

不機嫌になった程度で自分の部屋にこもるとか子供すぎる。

もう華の女子高生だというのに...。

「ピィーピィ...」

私の落ち込みが伝染したのか小鳥までもがどよんとしていた。

体調が悪化したかと心配したがその後すぐに寝てしまった。

眠気に襲われていただけのようだ。

寝顔もまたこの子は可愛い。

擬音語ですぴー、とそのままあらわせると思うほどの熟睡ぶりだ。

私もまた眠気に襲われて意識を放した。

...。


美香が部屋にこもって数時間、僕はリビングでテレビを見ていた。

最近は知らない芸人が多すぎてネタのどこが面白いかについていけない。

今漫才をしている人が鉄板ネタとして受け入られているネタを披露しようが僕はただ沈黙した。

「それにしても遅い...」

現在の時刻は21:08。

朝帰ってくると言っていた時刻よりとてつもなく遅い。

開業医の親は帰ってくるのが早いはずなのだがどうしたのだろうか?

ガチャ。

「「ただいま〜!」」

噂をすれば影がさすというがちょうど父さんと母さんが帰ってきた。

ドタドタという音とともに二人はリビングへ上がってきた。

「いや〜、ごめんな大輔。今日みんなと飲み会に行くこと伝え忘れてたわ」

赤ら顔でそういうのは僕の父である。

なんともだらしない格好で威厳のかけらも感じられないがこれでも医学部の成績はトップだったらしい。

「伝え忘れるって...メールで打てばいいのにそれも忘れてた?」

「え!あ、確かに、すまん...」

父さんは簡単なことすら忘れていたことにショックを受けたようでしょぼんとしてしまった。

「本当にごめんね、大輔。もしかしてまだご飯食べてない?なんか作ろうか?」

僕の母がそう提案してくるがあいにく僕は自分であまりもの食材を料理して夕飯は終わらせている。

その時、美香を一応呼びに行ったけど返事がなかった。

美香は機嫌が悪くても返事をしないやつじゃないから寝てしまったんだろう。

久しぶりに食べた一人でのご飯は寂しかったな。

「いや、大丈夫だよ。あ、二人とも眠いかもしれないけど大事な話があるんだ。少しいいかな?」

「ん?ああ、いいぞ」

父さんは酔い覚ましの水を飲みながら答える。

僕は返事を聞くとリビングから出て美香の部屋へ向かった。

もちろん話とは小鳥のことだ。

飼うかどうかの話しをする上で一旦小鳥を見せなければならない。

未だに美香が寝ていた場合は起こす必要があるが仕方のないことだろう。

コンコン。

「美香起きてるかい?入ってもいいかな?」

「?!、うん...」

一瞬ガタンという物音がしたが気のせいだろう。

入ってみると美香はリビングにいた時のようにバスケットの小鳥を見つめていた。

部屋に入ってきた僕に対して一瞥もしない。

美香の性格からして意地を張っているのだろうか?

「さっきはごめんな」

「...うん」

ただ頷くだけでやはり美香が僕の方を向くことはなかった。

美香の部屋を出てリビングへ向かうと父さんと母さんは既に「大事な話」を聞く準備を終えていた。

食卓の上のものは片付けられ、奥側の椅子には2人が並んで座っている。

僕は手前側の席に着いた。

部屋から出て来た美香がバスケットを持ったまま席に着く。

「美香、その子をテーブルの上に」

美香は手に持っていたバスケットを机の上に置く。

「ピィ」

ちょうどそのタイミングで敷き詰められたタオルの中から青い毛玉が出てきた。

「おお〜、可愛いな」

「本当にそうね!」

「実はこの小鳥についてなんだ」

僕は台風で青い小鳥が窓ガラスにぶつかったこと、保護したこと、怪我していること、飼い主がいるかもしれないことを言った。

「飼えないかな?」

「うーん、人様の鳥だった場合は返却しないといけないのだし別れが辛くなるなら最初から保護してもらうとかがいいと思うがな」

「それにちゃんとお世話できるの?鳥って結構繊細な動物だって聞くけど環境の変化に着いていけないなんてことも考えないといけないのよ?」

「世話はするから!」

美香は既に涙目で訴えている。

部屋で過ごした時間が小鳥と離れたくないと思ってしまったのかな?

まぁ、確かにこの小鳥は可愛いけど。

「ピィ」

今度はタオルの中に顔を突っ込んでバタバタしている。

なんとも愛嬌のある体勢だろうか。

「美香、そんなに飼いたいのならペットショップで買ってきてあげようか?」

「この子じゃないと嫌」

おっと、僕がボーとしているうちに話が進んでしまったようだ。

父さんが何故ペットショップで買うことを薦めているのかは美香を悲しませないためにだろう。

相変わらず父さんは美香に優しいなぁ。

さて、このままじゃずっと膠着しそうだし僕が提案して終わりにするかな。

「美香はもし、この小鳥の飼い主が見つかった場合潔くわかれてくれるのかい?」

「...うん」

「父さん、美香もこう言っていることだし別にいいんじゃないかな?

明日動物病院で詳しい話を聞くけどそれで飼ってもいいって選択肢があったらその時は飼うってことで」

「...わかった。だが、飼ってもいいと言われたらだからな?」

渋々承諾する父さん。

内心、未だに反対なんだろう。

だけど、娘と息子が揃って反対してたらいいづらいよね。

ちなみに空気になっている母さんはと言うと始終ニコニコしていた。

...。


「どんなカゴがいいのかな?」

「鳥籠だったらなんでもいいと思うよ?」

今僕と美香はペットショップにきている。

あの家族会議の翌日、動物病院に行って事情を説明し、小鳥を飼うことになった。

喜び勇んでいる美香はカートを押す仕事を僕に押し付け、スキップをしながらペット用品を見て回っている。

積み上げられていく物品、重くなっていくカート、仕事を押し付けられた僕。

「楽しそうだね...」

「はぁ?何言ってんの?楽しいに決まってるじゃない」

僕は楽しくないよ...。

...。


「ただいま、アオちゃん!」

「ピィピィ」

タオルにくるまっているのがデフォルトの姿となった小鳥はアオちゃんと言う名前になった。

青い小鳥だからアオちゃん。

安直である。

当然美香が名前をつけた。

美香は買ったばかりの鳥籠を取り出すとアオちゃんをタオルから抜き取って鳥籠の中に入れた。

病院では翼を怪我していると診断され、落っこちる心配のない止まり木のようなタイプでないものだ。

アオちゃんはちょんちょんと歩き、鳥籠の中に入れておいたタオルに居座った。

どうやらアオちゃんはタオルが好きなようだ。

「他に何か必要なものあるかな?」

「どうだろう?エサも買ったし掃除用具も買った、動物用の洗面用具も買ったし、わからないな」

「そ、ならいいわ」

美香は再びアオちゃんへ視線を向けるとほおを緩めた。



2016年10月1日

今日からアオちゃんの観察日記をつけようと思う。

ただの観察日記というよりは1日の振り返りに近いものだが細かいことは気にしないでいいだろう。

今日のアオちゃんは鳥籠の中ではしゃいでいた。

トテトテと可愛い歩き方で鳥籠の鉄柵に体当たりしたり、タオルの上で飛び跳ねていた。

美香もその光景を見るたびに笑っていて実に平和な1日だったと思う。


2016年10月2日

アオちゃんは今日も元気だ。

今日は飛べないはずの翼を広げ歩いている。

いったいどんな原理でそんな行動を起こしているのかとても気になる。

興味深げに観察していたら美香が引いていた。


2016年10月3日

アオちゃんは今日昼寝していた。

休日ということもあり一日中家にいた僕はアオちゃんがうとうとし始めて寝入るところを見ることができた。

寝顔はとても可愛い。

普段の元気な姿もいいが無防備な感じもいい。

食べちゃいたいくらい可愛かった。

なぜだろう。美香がまた引いていた。


2016年10月4日

美香の友達が家に来た。

アオちゃんを友達に見せたかったようだ。

その友達もアオちゃんを見てはしゃいでいる。

手に乗せていると時々アオちゃんは首をかしげて鳴くのだ。

まるで人の言葉を理解しているようだ。

美香は今日も僕を見て引いていた。



2016年10月13日

今日はアオちゃんを拾ってから2週間だ。

美香の友達や僕の友達からアオちゃんは大人気だ。

人と接しすぎていて負担をかけているような気がしないでもないが相変わらず元気である。

今日病院にいったがやはり翼の骨は治っていないらしい。

悪いことではあるのだがなぜか僕はホッとしていた。

なぜだろうか?



2016年10月19日

今日アオちゃんが飛ぼうとして惜しくのところで飛べなかった。

動物病院に行ったら骨は既に治っているらしい。長時間の生活で飛び方を忘れてしまった、もしくは体重が増えて飛べなくなった、らしい。

言われてみれば出会った時に比べて丸々としている気がする。

ちょこんと立っていれば妖怪毛玉のようだ。

これからはご飯の量を少しずつ減らしていこう。

美香は

「ダイエット計画スタートよ!」

とノリノリだったが減ったご飯を見て心なしかアオちゃんはがっかりしていたように見えた。


2016年10月26日

アオちゃんの飼い主が見つかった。

美香の友達や僕の友達の話を聞いてもしかしたらと思って尋ねて来たようだ。

美香はその話を聞いたとき泣いていた。

だが、愚図ることはなかった。

昔はわがまま放題の妹がここまで成長したかと思うと兄として嬉しい。

自然に涙まで出て来た。

なんでだろう?

嬉しいのに心が辛い。

なんでだろう?



2016年10月28日

手続きを済ませていよいよ明日アオちゃんを元の飼い主に返すことになった。

飼い主の人はいい人そうだ。

まだ中学生の女の子でアオちゃんと再会した時も泣きながらそばに寄っていた。

あ、これは余談だが元々の名前もアオちゃんだったらしい。

美香は泣き腫らして赤くなった目元を抑えながら今もアオちゃんの前でただアオちゃんを見つめている。

しばらくすると自分の部屋へ帰って行った。

さて、僕ももう寝るか...。



「やあ、アオちゃん。君は明日いなくなっちゃうんだね」

僕は1人と1羽以外いないリビングで目をパチパチさせる可愛い毛玉に話しかけた。

「ピィ」

「そうだね、と言っているように聞こえる僕は病気にでもかかっているのかな?

思えばアオちゃんがこの家に来てから僕は不思議な体験が多かったよ。

なぜか自分の中にある"なにか"が、自分の中に"ある"ものがわからないんだ…」

それは興味なのか人間性なのか性格なのか、いったいなんなのだろう。

「僕はいったいなにを言っているんだろう?ごめんね変なことを言ったよ…。…おやすみ」

自分の部屋へ戻る僕をアオちゃんは後ろから見ているような気がした。

…。


「じゃあ元気でね?アオちゃん」

出発の朝。

中学生の女の子が持って来た鳥籠に入ったアオちゃんは美香の挨拶に答えなかった。

鳴くこともなく首をかしげることもなく、ここで過ごした日々を忘れてしまったとばかりに鳴かないアオちゃんはまるで別の鳥だと思えてしまうほどだった。

「アオちゃん元気でね」

僕も声をかけるがやはり反応はない。

「あ、あのごめんなさい。散々お世話になったのにアオちゃんが...。」

「大丈夫だよ、多分緊張しちゃってるんでしょ。こっちこそごめんね色々食べさせちゃったせいで未だにアオちゃん飛べないの」

そう、アオちゃんは未だに飛べない。

ダイエット計画が始まった時と比べれば随分と痩せたと思うがどうしても飛ぶ時にバランスを崩してしまう。

「もう出るわよ〜」

「今行くー。すいません、じゃあ私はこれで」

「うん、あなたもアオちゃんも元気でね!」

女の子は車のトランクに鳥籠を入れようとするが突然アオちゃんが暴れ始めた。

「きゃ!」

女の子は驚いて鳥籠から手を離す。

幸いにもトランクの上に落ちたためアオちゃんに怪我はないようだ。

しかし、落ちた衝撃で鳥籠の入り口が開いてアオちゃんが飛び出した。

「「「なっ!」」」

僕、美香、女の子が揃って驚く。

アオちゃんは、飛んでいた。

その青い羽毛を風にたなびかせ、晴れた青空を引き裂くように。

久しぶりとは思えないような見事な飛び方を見せられた僕はアオちゃんに魅入った。

「すごいね…」

「うん…」

「アオちゃん、綺麗だね」

「うん…」

「お別れかぁ、残念だなぁ」

「そうだね…」

美香からかけられた言葉は上の空の僕にはうまく聞こえなかった。

まるで今までの日々を思い出しながら舞っているようなアオちゃん。

唐突に初めて会った時のことが思い出されて僕の目から涙が溢れて来た。

『なんだろう、この毛玉』

初めてアオちゃんにかけた言葉も、

『ピィ?』

首を傾げられた時のアオちゃんの鳴き声も何もかもが頭に浮かんでくる。

気がつけば僕の手にはアオちゃんが止まっていた。

「ピィピー」

一瞬の間を置いてアオちゃんは女の子の元へと戻って行く。

「綺麗だったね。って珍し!兄貴泣いてるの〜?」

美香が寄ってきて冷やかす。

慌てて僕は涙を拭き、汗だよと苦しい言い訳をする。

美香はニヤニヤしていたが黙って僕の手を握った。

目の前には鳥籠に再び入れられたアオちゃんがトランクに乗せられていた。

走り出す車。

僕と美香は車が見えなくなるまでずっとその場を動かなかった。

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