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事務椅子をくるりと回し、烏に目をやるのは所長だった。脚と腕を組む。あからさまに機嫌が悪い……。余程嫌いなんだな……。
烏はその提案に同意するように、体全体を上下に動かして頷いた。
「そうねぇ……。でもノエルさんは平気?」
床を這いずり回っていた閏日さんが立ち上がり、身形を整えると所長を一瞥した。其処に虐げられて喜ぶマゾの姿は微塵もない。
“ノエルさん”と言うのは閏日さんが読んでいる所長の呼び名である。何故ノエルさんと呼ばれているかは……不明……。まぁ、徒名と思っていれば良いだろう。
「遅かれ早かれ行くことになる。だったら早く行った方がいい」
所長は苦々しい顔つきで所員を見回すと、深い溜息をついた。その様を見届けてから烏は羽を広げて此方に飛んで来る。止まる所も無いので、床に着地。
「で、何処にいるの? その“インペラトル”とやらは」
──残念ながら“この世界”にはいらっしゃいません。
「だろうね」
──驚かれないのですね。
烏が頸を傾けて問い掛けてくる。
驚いていない訳ではない。只耐性が着いているだけだ。
常日頃から死体と対峙し、狩っている。其処から更に御伽噺のようなファンタジー要素が追加されても、『二の舞か……』程度にしか思わなくなってしまうのだ。
そして恐ろしくなって来るのが、日常が既に“痛々しい”ということ。こりゃ第三者に“厨房”扱いされても文句は言えないな……。いっそ開き直ってしまおうか。
そう思って背凭れに突っ伏すと、ばさばさっとはためく音が聞こえてきたを
──ですので、術を掛けたいと思います。
「は?」
唖然とする私を見て、烏は右翼を広げて上下に振った。触れられてこそいないが、肩を叩かれているような感じがする……。
いや……確かに“この世界”ではないところに行くのだから、と納得させれば良い話なのかも知れないが、やはり気になるではないか。
──インペラトルが居る場所は、死んでいる魂が多く集っている為に老化が進むのです。まぁ、分かりやすく言えば“時間が速く進む”のです。
「なる程」
その為の術と言う訳か。
私が黙って顔を上げると、烏は『宜しいですかな?』という風に首を傾けた。勿論同意を示す為に頷く。
──では失礼致します。
一瞬、強風に吹かれたような衝撃を受けた。だが周りは何とも無く、被害を受けたのは私だけのようだった。