1 寂しい
「やっほぃ紅葉ちゃん。心配したんだぞー?」
遠くに二つの人影が見えるなぁ。と思ったら案の定、塊と氷室だった。そして只今絶賛腕を回され、うざったい程に頬擦りを余儀無くされている。
ヴォルと氷室は少し困ったように頬を掻き、へにゃりと苦笑いを浮かべた。ごめん、許して欲しい。
「二人はどうして此処に?」
頭頂に顎を乗せる塊を押し退けるようにして、氷室に目を向ける。だがしかし、離れまいと腰に回された腕が、全力で其れを阻止していた。
話を振られた氷室は、穏やかに微笑んでゆっくりと首を傾けた。
「先輩のお迎えに」
「ごめん、心配かけて。でも迷子になるかもしれないから、こういう時は放って置いてくれて全然構わないから」
文字通り、心配してくれたのだろう。でもそのせいで執務室に戻れなくなっては大変だ。見切ってくれて大いに構わない。
「あぁそうだ、ヴォル。紅茶が冷めてしまうでしょう? 氷室を連れて帰って良いから」
「でも、帰りはお分かりですか?」
「道なりでしょう? 大丈夫」
気丈に深く頷けば、ヴォルは納得したように歩みを再開した。氷室は一度戸惑ったように此方を振り返りつつ、真紅のカーペット踏みしめて去って行った。
残された私は塊を引き剥がそうと、腕を掴んで前方に突き出すも、力量の差で適わない。これが男女の差か……。あぁ違う。此奴の握力自体、チートだった…………。
沼の底よりも深い溜息を吐くと、塊は僅かに力を緩めてくれた。
「寂しくない?」
「突然どうしたの?」
らしくも無く、目を見開いてしまった。思わず顎に向けていた掌も、力が緩まってしまう。塊はその様子を見て、無表情にも問いかける。
「寂しくないの?」
以前は…………寂しかった。ずっと前、両親を亡くした時なんて、絶望に打ちひしがれて、放心したものだったけれど。……そりゃ塊と一悶着有った時も、精神に色々と支障を来していたけれど……。
でも今は大分落ち着いていると思う。この平穏が何時までも続けば良いと思ってしまうのは、私の我が儘なのだろうか。
「そっか」
塊は静かに笑うと、漸く腕の力を緩めてくれた。彼の顔を見ると私の方は見ておらず、ずっと遠くの廊下を眺めていた。
「さぁ、戻ろうか」




