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頭に再来するのはインペラトルの『ヴォルは人狼』……。そしてもう一つは『所詮汝に私は殺せない』……。
息を呑んだ私に向かって、柔和な瞳を投げ掛けてくる。
「要智が其れを知って付けたかは定かではないが、彼奴にこの上無い程の似合いの名だ」
そうして所長に顔を向け、問い掛ける。
「聖。ヴォルが居ない間、紅葉を少々の茶番に付き合わせても構わないだろうか?」
「紅葉に聞いて下さい」
嫌悪の瞳をインペラトルに与えた後、すっと私の表情を見る。意志の強い目をしている。『どうするかは自分で決めなさい』と声が聞こえて来そうだ。
其れに対して無言で頷くと、インペラトルの顔を見る。
「して、何が聞きたい? やはりさっきのヴォルと硝級鎌の争いか? それとも呼び出した理由か?」
まるで見抜いたように問い掛けて来た。『茶番に付き合わせる』と言っておきながら、私に主導権を委ねている。でも、こういう人……なのだろう。
相手に主導権を渡しつつ、なんだかんだで誘導されている気がする。まるで策士か、小説の黒幕だ。所長が狸呼ばわりしているのが分かる気がする……。
「ヴォルとの関係で」
ヴォルは席を外している。聞くなら今しかない。
彼は私の問いに満足したように頷くと、口を開いた。
「彼奴は昔、相当に荒れていてなぁ……。保護した時には既に剥き出しの刃のようだったよ」
「保護した……?」
「んっ? あぁ。盗まれたんだ。彼奴等にね──」
『彼奴等』と言葉を発した瞬間、日溜まりのような雰囲気が一変。一瞬にして暗く、どろどろした物へと変化する。
憎しみ、憎悪……所長がインペラトルに発する“嫌悪”なんて生易しいものでなく、徹底的な恨みつらみ。まさか彼から見ることにはなるとは思わなかった。
「私にとって、ヴォルも硝級鎌も孫のようなものだよ。だから──許さない……」
「…………」
二杯目のティーカップの持ち手に力が籠もる。粉砕を防ぐため、早々に置いたのが吉だった。なんせ置いた途端にぽろりと持ち手が取れてしまったのだから。
「おや」
それを見てもさして驚いた様子もなく、ゆったりと息を吐いた。




