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きっと彼の手は温かいのだろう。とろりとした甘い熱が私の心を浸食するのだろう。此処まで来て震えたが、怖ず怖ずと手を出す。
「安心しなさい。ヴォルは人狼、其れもそう簡単には死なない世界の生まれでね」
私の表情を見て、インペラトルが助け船を出す。すると今まで感じていた不安が一気に払拭され、握る事に抵抗がなくなった。
そっとヴォルの手が私の手を包む。温くて甘い体温が指先から伝わって来た。でも恐怖は一切感じない。寧ろ心地良いとさえ感じる……。不思議だ……。
「さてさて、何時までも立っていてもなんだ。ヴォルが注いだ茶を飲むとしよう」
「冷めてしまっているようでしたら淹れ直して来ます……」
少ししゅんっ……としているように見える。さっきの事もあるし、反省しているのかもしれない。うちの硝級鎌とは天と地の差がある。見習わせようか…………。いや……無駄だな。
そう思って席に着く。インペラトルから見て右側に私、塊、氷室の順で、向かい側には所長と閏日さんが腰掛けている。
ヴォルは突っ立ったまま、盆に乗ったティーカップを眺め、悩ましげな表情を浮かべていた。それをインペラトルが一瞥すると、首を傾けて問い掛けた。
「捨てるのか?」
「えっ、はい。やはり冷めていたので……」
ヴォルはティーカップを乗せた盆を持って、部屋を退出しようとしていた所だった。しかし不意にインペラトルに声を掛けられた為に、足を止めて振り返る。
「私が飲むから全て此方に。余ったらタナトスにでも飲ませよう」
「…………責任もって私が飲みます……」
「彼奴なら大丈夫さ。私のは飲まんが、ヴォルのは喜んで飲むだろうよ」
タナトス……そう言えばさっき、『ヴォルとタナトスから貰ったんだ』と言っていたな……。話の流れ的に親しい者のだろう。
ヴォルは困った顔をしながらも、盆ごとインペラトルに渡し、去っていった。
扉を閉まるのを待ってから、インペラトルは私に顔を向けた。
「さっきはすまないな。お前の相棒を困らせるような事を言って」
「いえ……別に」
その割に茶目っ気たっぷりの目をしている。悪戯を発見された子供のような目をする。インペラトルはまたにっこりと微笑むと、私に尋ねてきた。
「だが名は体を表すとは良く言ったものだ。鳥兜の花言葉の一つなのだが──知っているかい?」
「“貴方は私に死を与えた”ですか?」
インペラトルは感心するように目を見開くと、首を前後に動かした。ティーカップをテーブルと平行になるように傾けて、冷めた紅茶を一杯丸々飲み干すと、空のカップを端に寄せる。
「それもそうだが、私が言いたいのは一つ。“狼殺し”さ。中世のヨーロッパでは“狼を殺す程の毒”として恐れられたそうだ」




