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丁寧に頭を下げ、笑顔を浮かべる。次に所長へと向き、また深々と頭を下げた。
「御無沙汰しております。ひ……」
「…………」
「申し訳御座いません。所長様」
“ひ”という言葉を発し賭けた瞬間、所長の目が鋭くなった。稀に見せる残酷な双眸ととても似ているのだが……。そう言えば案内役の死神も言い掛けて、噤んでいたな……。
私が推測するに、二人が言い掛けたのは恐らく所長の本名。初めて会った時も言い難そうにしていたが、言われる事も嫌いらしい。
「ねぇねぇ、“ひ”って何?」
空気を読まない私の兄が、あっさりと地雷を踏む。幼子がやるのなら頷けるのだが、見掛け良い年した青年がやると笑えない。取り敢えず、これ以上悪化させない為に裾を引っ張り、首を横に振る。
塊はきょとんとした顔をしたが、私の表情を見ると黙って頷いてくれた。だが、彼よりも空気を読まないインペラトルがあっさりと爆弾を投下した。
「あぁ、彼の名前。つまり“聖”と呼ぼうとした訳さ。本名は“綾吹聖”。人の上に立つ、良い名だろう?」
「ひっ……」
氷室の短い悲鳴を聞いた後、所長を見てみると、般若のような顔をして不快感を露わにしていた。
少し考えて見ると、今の今まで私達に隠し通して来た努力を、インペラトルの言葉一つで水の泡にされた事になる。其れは少し……いや、かなり不愉快かも知れない。
所長は忌々しく舌打ちをすると、鼻を鳴らす。
「本当にその名前、嫌いなんですよね。女みたいな名前で馬鹿にされているように感じる」
「そうでしょうか? 良い名だと思うのですが」
ヴォルが首を傾けて疑問に思っている。私も首を折る。
“聖”って言うと、どちらかと言えば男を連想させる名前なのだが、所長にとっては違うらしい。小学生の時に心許ない徒名を付けられたとか……?
其処まで来てふと閃いた事があった。
閏日さんが所長の事を“ノエルさん”と呼ぶのは、この“聖”から来ていたのか。ノエルとはフランス語でクリスマスを意味する。其処から派生し、聖に……。良く考えたなぁ……。
「申し遅れました。私、インペラトルの秘書の“ヴォルフガング”と申します。気軽に“ヴォル”とお呼び下さいまし」
そう言うとにっこりと微笑む。礼儀正しく、口調も丁寧。一発で好感が持てる。しかし硝級鎌の事があって、どう対応するべきか困ってしまう……。
彼は塊に右手を差し出すと、握手を求めて来た。塊の方も笑顔で握り返す。次に氷室。すこし驚いたようだが、そっと彼の手を包む。そして私の番となった。




