リィシリア・クラントレの歌
初のウィルグ視点です。
リーシャの口から歌声が、それに続いて竪琴の音が流れ出した。緩やかなリズムで奏でられる旋律に重ねられたのは、戦を語る言葉だった。終わらぬ戦いに狂った兵。彼らに虐殺される村人。焼き払われる村。狂気と悲嘆に満ちたその光景が、幼い少女によって丹念に写し出されていった。子供特有の甘い声が歌声の柔らかみを帯び、鋭利な言葉で鮮烈な景色を描く。
落差が胸の奥を冷たく撫でた。いつの間にか穏やかな旋律に、自らの鼓動の音が重なって聞こえていた。
やがて声は消え、竪琴の音だけが柔らかに響く。そしてゆったりと奏でられていた音が空気に溶け込んでいくと、リーシャは小さく息を吐いた。
「今の、詩は……」
思わず口を突いて出た。歌われた話に覚えがあったからだ。リーシャが公爵家を出る少し前頃に隣国で起こった出来事だった。
確かにリーシャは公爵家の令嬢として、勉学の中でこの様な情報を知り得る立場にあったし、実際学んでいたのだろう。しかしリーシャはその時、まだ普通の子供であった筈だった。齢五つにも満たない子供が、いくら後から不釣り合いな表現力を得たとしても、人にあれ程緻密な幻を抱かせる程のものを、隣国の出来事を叙事体で記しただけの書から感じ取っていたというのか。
リーシャは頷いて言った。
「少し前に隣国でこの様な出来事があったそうですね」
俺が言葉を返せずにいるとリーシャは苦笑した。
「心配なさらずとも、この歌を人前で歌う気はありません。聞かせる歌は、前世の記憶に頼るつもりですから」
俺は頷いた。リーシャは、ぼんやりと宙を見つめた。
「この歌は、私全てではない、公爵令嬢リィシリア・クラントレの物です。ただの貴族の令嬢だった私が、文字の向こうに見た景色です」
リーシャは竪琴の弦を手慰みにする様に弾いた。折り重なった音が消えていくと、リーシャは立ち上がった。
「叔父様、帰ろう。お宿のお姉さんに前の広場で歌わせて下さいってお願いしなきゃ」
「ああ、そうだな」
俺はリーシャの隣に並んで歩き出した。
やっと歌わせることが出来ました!
今回はリズムや音より歌詞の方に重みを置いてみました。
次も歌う予定です。
ご感想等頂けましたら嬉しく思います。