白木の竪琴
朝特有のひんやりと心地いい空気が肌を包む。朝露に濡れるセシリアの街。幾度目かのその景色から目を逸らして、私は振り向いた。
「竪琴はきっと、もう出来上がっているよね」
「恐らくは」
思わず口元が緩んだ。熱を持っている様に感じる頬は紅潮しているのだろう。私は日数を明言しなかった店主の言葉に焦れていたのだった。そうして前日よりも少し早い時間に宿を出た。
店に入るなり、私は奥の机へ小走りで駆け寄った。店主はまたも珈琲を飲んでいた様だった。
「遅かったじゃねえか嬢ちゃん。待ちくたびれたぞ」
私はその言葉に頬を膨らませて見せた。
「竪琴作るのにどのくらい掛かるかなんて知らないもん」
店主は笑い、手を伸ばして私の髪を掻き回した。乱れる髪に構わず私はせついた。
「ね、早く見せてっ」
「分かったよ」
店主はそう言うと立ち上がって扉の向こう、店の更に奥からそれを持って来た。それは、私が想像していたよりも遥かに芸術品と呼ぶのに相応しい物だった。
白木の枠に、煌びやかでは無いが柔らかに光を弾く飾り石をあしらった竪琴。
「持ってみ」
そう言って手渡されると、ほどほどの重みを腕に与えてきた。もう少し私が成長したら、更にしっくり来る重みに感じるのだろう。滑らかな曲線が手に馴染み、丁寧に磨き込まれた表面は木の柔らかな質感を伝えてくる。
私はそっと竪琴を抱きしめ、額をつけた。何だか、たまらなかった。ずっとこうして抱きしめて居たいと思いながらも、早く弾いてみたいと思う気持ちに急き立てられていた。
金属が擦れ合う様な音が聞こえて顔を上げると、ウィルグが店主に袋を渡していた。恐らく、竪琴の対価が入れてあるのだろう。
「行こうか、リーシャ」
私は頷いた。
「楽器屋のお兄さん、ありがとうっ」
「おうよ」
店主はそう返した後、苦笑いした。
「お兄さんって歳じゃねえがな。ヤートとでも呼んでくれ」
「じゃあ、ヤートさんありがとう。それとね、私この街でも歌うから、きっと見に来てね」
「そりゃあ、楽しみだな」
ヤートは笑って言った。
私とウィルグは店を出ると、街外れにある小さな広場へと向かった。人の気配が無く静かなその広場は木々に囲まれていた。私は傍にあった段に腰掛けて、竪琴に指を置いた。そうして、ゆっくりと弦を弾いた。柔らかな音が一つ。まるでその場を包み込む様に響く。私は暫く目を閉じて音の余韻を味わっていた。そして小さく息を吐き、心の中で流れ出した旋律に促され口を開いた。
楽器の知識はありませんので、実際にはあり得ない部分があっても目を瞑って頂けます様お願いいたします。
次はようやく歌います。