楽器屋にて
涼やかなベルの音。ウィルグの開けた扉から身を滑り込ませると店の中は外から切り離されたような空気感をまとっていた。楽器屋、特に弦楽器を専門に扱う楽器屋だった。
小ぢんまりとした店内の奥へと向かうと珈琲を片手に頬杖をついた店主と目が合った。店主は目が合うなり、ひょいと片眉を上げ口元に愉快げな笑みを浮かべた。
「こりゃあ随分可愛らしいお客さんだな」
そして私の後ろから現れたウィルグに気づくと、短く口笛を吹いて付け足す。
「兄さんの婚約者かい?」
「姪だ」
不意打ちに対する切り返しの素早さにウィルグの護衛らしい反射神経の良さを垣間見たように感じて、思わず笑い声が漏れる。些か子供らしくない振る舞いだったことが気に懸かったが、店主は気にした様子もなくウィルグに話しかけた。
「そんで兄さん、あまり楽師には見えないんだが、どう言う用だ?」
「いや、用が有るのは俺じゃない」
私は言葉の真意を測りかねるように軽くしかめられた店主の顔を覗き込むように身を乗り出した。そして瞳に顔が映る程の距離に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている店主に向かって無邪気さを前面に押し出した笑顔を浮かべた。
「竪琴を作って下さいっ」
店主は何度か瞬きをした後、口を開いた。
「……竪琴? 嬢ちゃんが使うのか?」
私は頷いた。
「歌って、旅するの。だからね、私が抱っこできるくらいの大きさがいいな。大きいと重いんだもん」
店主は困惑した顔でウィルグへ目をやった。ウィルグは店主と目が合うと小さく頷いて言った。
「言う通り作ってくれ。報酬を支払う金はある」
「兄さんがそう言うなら構わねえが、歌って旅、って楽団を渡り歩きでもするつもりか。しかもこんな小ちゃな嬢ちゃんが」
店主の疑問は最もだ。幼い子供が旅をするにはこの世界は些か物騒である。また、この世界にそこらで気ままに歌う様な流浪の楽師は存在しない。楽団に短期で所属しながら渡り歩く者は居るが、相当に腕の良い者でなければ、楽団に受け入れて貰えない。
そもそもの前提として、この世界においての音楽は貴族等の上流階級と中流階級の中でも一部の裕福な商人達の娯楽である。歌と言えば、様々な楽器による壮麗な音楽と共に、高らかに歌い上げるものなのだ。客を満足させられないお粗末なものでは困るのである。
「私一人で歌えるもん。楽団に入らなくったって街の皆に聞いて貰うからいいの」
私は如何にも子供らしく、両手を腰に当てて胸を張った。この発想に大人の計算を感じさせないため、子供の突飛な思い付きと思わせるためである。店主は目を見開いて固まった後、どこか腑に落ちない様な表情になった。
「旅は危険も多いぞ」
「叔父様はとびきり強いから、大丈夫だよ」
店主は若干の沈黙の後、諦めた様に息を吐いた。
「ま、そう言うなら構わねえよ。客に何かあっちゃ後味悪いから言っただけだ」
その後、簡単に予算や形状の話を済ませると店主はにやっと笑って言った。
「暫くセシリアに居るんだろう。適当に何日か経ったら取りに来い。間違いなく満足するもん作ってやるよ」
そして私とウィルグは、雨の降り続くセシリアの街中を少し遠回りして宿へと帰ったのだった。
人前なので子供らしく振る舞うリーシャでした。