工芸の街セシリア
王都の端、共同馬車乗り場へと向かう道、傍らを歩くのは私の護衛として母が信頼出来ると判断したウィルグであった。彼は母から全ての事情を聞いた上で私の護衛を引き受けてくれたのである。母の人を見る目には驚いたものだ。
「リィシリア様、これから、どうなさるおつもりなのですか」
「取り敢えず、工芸の街セシリアに向かって、仕事をする為の道具を集めるつもりです。家を離れた以上、家の財力に頼って暮らすつもりはありませんから。それと、どうか敬語は止めて下さい。周囲に怪しまれてしまうから。名も、リーシャと呼んで頂ければ結構です」
「了解した。だが、言葉遣いの件ならばリーシャも気をつけた方がいいだろう。その口調のままでは高貴な方のお忍びという想像を呼び起こすのは容易い」
「分かったよ。気をつける。……それと、叔父と呼んでもいい? そうでもなければ、些か不自然な組み合わせのような気がして」
「構わない」
母が用立ててくれた旅費のおかげで、普通の民として暮らすのなら十数年は食うに困らぬ手持ちがある。さすが公爵家といったところだろう。なくなればいつでも工面すると母は言ってくれたが、旅立ちにこれだけあれば、職を選り好みできる充分な元手である。ウィルグには苦労をかけてしまうかもしれないが、私は芸を売りながら、旅暮らしをするつもりだった。
共同馬車を乗り継ぎ、セシリアへと向かう。人と接する時には五歳児らしく振舞うということにも随分慣れた頃、漸く目的地に到着した。
馬車を降りた私の目に映ったのは王都とは全く違う趣の、けれど美しい街だった。
「今日は宿を取ってもう休もう。店を見に行くのは明日からでいいだろう」
「分かった、叔父様」
工芸で栄える街なだけあり、共同馬車屋からも、街の入り口からも近い位置に、街の案内所のような場所があった。そこで勧められた宿は、料亭も営んでいるという素朴ながらもこの街らしい、雰囲気の良いところだった。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん達は宿泊かい」
「うん。お姉さん、なんでご飯じゃないって分かったの?」
恐らく受付であろう場所に座っていた女性は私の言葉に可笑しそうに笑った。
「そりゃあ、飯時じゃないからね。兄さん、何泊だい」
宿に泊まる時、部屋数を聞かれたことはない。五歳児を一人で泊まらせる訳がないからである。
「取り敢えず、一週間程。後から増やすかもしれないが」
「じゃあ、一週間分の金だけ受け取っておくよ。増やすのならその時追加分を払っておくれ」
夕食は泊まった宿の営んでいる料亭で取ったが、案内所の推薦も納得の味だった。
一晩ゆっくりと身体を休め、迎えた朝。生憎の雨ではあったが、予定通り、店を見て回るために外へ出た。
雨のセシリアは、昨日抱いた印象とはまた違った趣で美しかった。
傘を叩く雨音、色とりどりに咲いた傘の花、濡れる石畳に、陽が無くとも煌めく細工達。水気を含んだ風が、冷んやりと頬を撫でていく。
思わず息を呑んで立ち尽くす。半歩前から振り向いたウィルグの手が私の頭に置かれて、僅かな重みを感じさせた。ゆっくりと息を吐く。
「美しいですね」
一言だけ、そう零した私にウィルグは苦笑して見せた。
「つくづく、齢五つの表現ではないな」
「そうですね」
私はウィルグの目に映っているちぐはぐな自分を思って少し笑った。そして頭の上のウィルグの手を握ると今にも駆け出さんばかりに引く。
「叔父様、行こうっ」
ウィルグは21、22歳くらいです。