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ミントの香りと家出

五歳の誕生日を迎えて少しした頃、庭をいつもと違う道で散歩していた時、不意にスゥとした爽やかな香りを感じた。懐かしい香り、と思い掛けて首を傾げる。はて、私は一体どこでこの香りを嗅いだのだろう、と。

その瞬間、私は現代日本で生きていた一人の女性の記憶を取り戻した。その記憶は、不思議な程自然に私に馴染んだ。例えるなら、ある年の春先にさして珍しくもない野草の花を見て、一年振りにその存在を思い出す、まるでそんな風で。

私に突然かつすんなりと訪れた変化は、前世の私と同じく今世の母が育てていた、ミントによってもたらされたのである。


前世も今世も私は私であるということなのだろう。不調をきたしたりだとか記憶が混乱したりだとかいうことは全くといって無かった。

けれど、前世においての常識を前提として考えてしまうという点において、公爵令嬢であり続けることには大いに不都合が生まれた。

礼儀や作法で上辺を繕うことに問題はない。現代日本だって、似たり寄ったりである。むしろ自分で考える必要がなく、型にはめてしまえばいいという点で、此方の方が楽な程だ。

問題なのは、何もかもを人に世話されることが当たり前だということだった。ドアを開けてもらう、荷物を持ってもらう程度ならばまだいい。けれども、着替えだとか、さらには風呂までも人の手によってされるというのはどうにも耐え難かった。つまりは、羞恥心の問題である。

子供だからという理由であったならば、身体が成長するまで我慢出来なくもない。だが、違うのだ。日常のことは使用人に任せ、教養や優雅さを身に付ける。それが貴族の常識なのである。


私が前世を現代日本で過ごしていたことを知った日の夜、私は母の部屋を訪れた。悲しませるだろうか。そう思いながらも、私は母に全てを打ち明けた。そして、出来ることなら市井に降りて暮らしたいと伝えた。

使用人の手伝いを拒むとするとどうしても立ってしまうだろう変人という噂は、私を社交界で生きにくくするだろうし、公爵である父の後を継ぐのは弟であるからだ。

母は落ち着いた表情で全てを聞き終わった後に、私を信じると言った。また、市井に降りることも、母以外には前世の話をしないこと、そして、母の選んだ護衛を一人連れていくこと、という条件で許可してくれた。父や弟、その他の人々に説明する為の作り話を私に伝えた後、母は言った。

「既に一度人生を経験していようとも、貴女が私の娘であることに変わりなんてないわ。母が娘に手を貸すのは当たり前のこと。いつでも頼りに来なさい」


そうして私は家を離れた。少しだけ心残りだったのは、婚約関係にあった第二王子に、一方的な婚約破棄を直接会って謝ることが出来なかったことである。

お読み頂きありがとうございます。

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