ひまわりみたいなひまわり
「見て、ほら!空が高い」
日向子は、そう言って笑う。
彼女は夏生まれの癖に、ひどく白くて、線が細い。水色のワンピースから覗く二の腕なんて、掴んだだけで折れてしまいそうだ。そこがまた僕が好きなところなんだけど、きっと彼女に言うと膨れるだろう。
「なかなかの田舎だけど、いいとこでしょ?」
「そうだね。確かに、このヒマワリ畑はすごいね」
僕がそう言うと、日向子はふふっと微笑んだ。色素の薄い瞳を、少し細めて。それとお揃いの茶色の髪が、ふわっと風に揺れた。
儚い雪の妖精みたいだ。青い空の下に、雪の妖精。咲き乱れるヒマワリ畑に埋もれる、雪の妖精。
「……わっ。びっくりした」
僕が抱き締める。動揺しながらも笑う、彼女の声。涼しげな見た目に反して、高い体温。陽だまりみたいだ。風に靡く彼女の髪を片手で押さえながら、思う。
「このまま一緒に戻れたらいいのに、って思ってる?」
「うーん、そうだね、ほんの少し」
「駄目よ?約束したでしょ」
僕の顔を覗き込んで、彼女は言う。キスをしてくれるのかと期待したけれど、つれなく腕から出て行った。自由に、くるりと回る。彼女の匂いを振り撒いて。
「日向子の方こそ、思ってるんじゃない?」
「そうね。今日で最後だと思うと、ちょっとグッてきちゃう」
そうは見えないけどな、と僕は彼女の後ろを歩いた。いつも通り明るくて、自由奔放で、ちょっと悪戯好き。華奢な腰を見ていると抱きしめたくなる。けれど、我慢。
「もう、新幹線の時間ね」
振り向いた彼女は、僕の手を取った。僕は今日時計を外してきたけれど、彼女の細い腕には、あった。誕生日にあげた、小さな腕時計。
「かなり寂しいな、正直。覚悟はしてたんだけど」
「もう。そういう事は言わないで?」
子供をあやすんじゃないんだから、そんなにポンポンしないでほしい。言い方まで、何だかいつもより大人びている。
「……ごめんね。絶対に治して、戻るからね」
小さな唇から漏れる言葉。何度も聞いた謝罪の言葉。もう謝らせたくないって思ってたのに、うまくいかないもんだな。
「いや。僕の方から迎えに行くよ、日向子のこと」
「本当?」
「本当。もう一度見たいしね、このヒマワリ畑」
やっぱり泣きそうになる。気丈に振る舞う日向子を、見ていると。
「じゃあ、私は待ってる。ここで」
「僕も仕事がんばるから、日向子も」
それっきり。
日向子がいなくなったというのは、おじさんからの電話で知った。僕が会社の支度をしている時だった。
その時に思い出したのが、彼女の寝顔。この部屋に一緒に住んでいた時、このベッドで見た日向子の寝顔。
ああ、もう見れないんだなあ。
僕の全ては僕じゃなくて、日向子だった。言葉にすると変だけど、本当だった。真っ白な肌も、細い髪の毛も、あと、僕を見つめる柔い瞳も。まだリアルに残っていて、いつでも思い出せてしまうから。たぶん、ずっと思い出せてしまうから。
それっきり。
なんてことはなくて、僕は何度も日向子を思い出すよ。