第5話 クレジットカード紛失!?
この空間は、出国手続き後にしか入れないので、ロシア国内ではない。コの字型の空間には、免税店やレストランなどが所狭しと並ぶ。値段はEURやUSDで表示されている。おそらくカードも使えるのだろうけれども、荷物が多いこともあって店には入りにくい。かといって、一ヶ所に留まるのも何となく嫌だったので、フラフラと歩いていた。
そのとき突然、日本人のおじさんに声をかけられる。キエフに行くらしいのだが、搭乗券にゲートが書かれていないため、どこに行ったら良いのか分からないらしい。自分の搭乗券をポシェットから出して見比べてみる。こちらには、ゲートと座席がきちんと記してある。どうすればよいか聞かれるが、そんなこと、海外旅行初体験の僕が分かるわけも無い。少し話をして、窓口に相談に行ってもらうことにする。心配ではあるが、人のことにかまっていられるほどの余裕も無い。
疲れたので、少し立ち止まって休憩。心配性なので、もう一度チケットとパスポートを確認しようとして、一気に青ざめる。ウエストポーチのチャックが開いていて、チケットやパスポートを入れていたカード入れが無いのだ。幸いパスポートとチケットは、先ほどのコントロールで出したままになっていたのでウエストポーチのの中にあるが、カード入れの中にはAMEXのカードが入っている。大ピンチである。このカードは携帯電話の支払いにも使用しているものだから、これを止めてしまうと電話の使用も不可能になる。何のために購入したか分からない。しかし、止めなければ、カードの不正使用で膨大な請求が来るかもしれない。
だが、一体いつ無くなったのだろう。パスポートを出したときにはあったし、他の場所にしまうはずも無い。そう思いつつも、他のカバンを開けて見るが、やはり無い。コントロールの時に落としたのか。落し物に届いていないか聞いてみるべきか。でも、どこのセキュリティーを通ったか正直な話覚えていないし、英語力にも不安がある。そうか、さっきのおじさんにすられたのか。馬鹿な。こんな場所ですっても逃げ場はないし、何のメリットがあると言うのだ。人のせいにして自分の責任から逃げようとするのは悪い癖だ。自分で落としたに違いない。でも、どこで。
旅の序盤で起きた予想外のトラブルに、パニックになる。一気に血の気が引く。顔からは汗がポタポタと落ちてくる。外は雪が降っているというのに。
落ち着け、落ち着け。必死に自分に言い聞かせる。今、原因を追究しても何にもならない。重要なのは、どうすれば被害を最小限に食い止められるかだ。幸い、カードは他にもある。1つなくしたからといって、旅にそれ程支障が出るとも思えない。今やらなければならないのは、何よりカードを失効させる事だ。
しかし、携帯電話の電源を入れてもネットワークに接続しない。これは使えない。仕方なく、先ほど彷徨っていたときに見つけた公衆電話を使用することにする。これはクレジットカードが使えるので、非常に便利だ。カードを差し込み、番号を押す。何度かの試行錯誤の末、カード会社につながった。しかし、回線が混んでいるのか、なかなかつながらない。だんだんと次の飛行機の時間も近づいてくる。
あきらめよう、ここで電話するのは。イギリスでも電話はできる。時間がかかるのは致命的だが、これ以上ここで何かをするのは、正直、面倒くさい。どうせ限度額以上には使われないから、最大でも被害はそこに留まるはずだ。弱気な心が鎌首をもたげる。僕は、受話器を置き、休める場所へと向かうことにした。
体を休める場所があったとしても、今の状態で心が休まることなど無い。それならば、体を休める必要も無いだろう。これは罰だ。油断をした自分に対する罰だ。そう思う。
することも無いのでもう一度ウエストポーチの中を探ってみることにした。また何かなくなっていたら目も当てられない。デジカメを取り出し電子辞書を抜く。後に残るのは何も無い空間だけ。そう思って探ると、一番大きなポケットの中にあるもう一つのポケットの後ろ側の手触りが、何かおかしい。少し硬いような気がする。あわてて覗き込むと、そこには無くしたはずのカード入れがある。ぴったりとはまり込んでいて気づかなかったらしい。
体の力が一気に抜けると同時に、すさまじいまでの安心感が心を覆う。良かった、本当に。こうなってくると、先ほど電話がつながらなかったのは僥倖と呼ぶしかない。もしつながっていたら、カードは失効していたし、携帯電話も使えなくなっていた。そうなれば、旅に何がしかの支障をもたらしていただろう。まさに不幸中の幸いといった感じだ。いや、現実には何も被害が無かったのだから、ただの幸いだろうか。とにかく助かった。
安心すると余裕が出てくる。脱力している自分の写真を1枚とっておいた。