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閉ざされた世界に僕は一人  作者: 安康平
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灯火の下で

階段を伝い、下のフロアへと降る。控えめに設定された灯火の下、妖艶な色香が空間に満ちている。グリズが営む店だ。そこを支配するのは、美しい夜の蝶ではなく醜い沼の怪物なのがこの店のキモだ、これ目当てに足を運ぶ客が居るのだから人は不思議な生き物である。

「待たせたな、それじゃ、行こうか」

 扉を開け、室内に入るとまずつんと鼻孔をくすぐる香りを受け取る。この店の香りは日ごとに取り換えているが本日は柑橘系のフレグランスミストであるようだ。 そこには三人。明涙とソーマ、グリズが仲良さげに談笑していた。こちらの言葉に気付き、明涙は彼らとの話を切り上げとてとてとこちらに寄ってきてくれた。

「うん、行こうか」

 明涙は笑っていた。屈託のない笑みだった。どうやったらそのような笑みを浮かべることが出来るのだろう。そしてどうしてここまで心が揺れるのだろうか。十河は今一理解が出来ないでいる。

 お邪魔しましたー、と大きく手を振りながらグリズたちに手を振る明涙。それにグリズは慎ましく(実際は全く慎ましくなく)手首だけ振り、ソーマは未だぎこちない様子で手を振っていた。

 並んで店を出る。目の前にはいくつもの建造物が暗闇に姿を隠して、ただ黒い塊として居を構えていた。

 そのまま二人、少ない灯りの下、グリズのことであったり学校の事であったり取り留めない小話を交わしながら並び歩く。頭上に星が流れる瞬間が見て取れた。一瞬の姿であったが、その一時に二人は足を止め、同じ一点を共に見つめた。時間は一筋のほうき星によって切り取られた。

 その時だった。不意に明涙が十河の行く道を遮り、振り返ってきた。一瞬何事かと身を構えたが、麻乃はただ今までと同様の口調で告げた。

「そういえば私、まだ黒羽君の自己紹介聞いてないです。私はしたのに、それって不公平じゃないかな?」

 なんだそれはと、とんだ拍子抜けだった。相変わらず彼女の行動や考えていることは読めなくて困る。

「別にいいじゃないか、そんなことしなくても麻乃は俺のことを知っているだろう。それも本人以上じゃないかってぐらいに」

「それはそうかもしれないけど、私は直に、黒羽君の口から聞きたいんです」

「はあ、そういうものか? 全く。………、じ、慈生学園二年一組黒羽十河だ。好きなものは和菓子店巡り、学校ではボッチ上等の陰気根暗野郎だ」

「………、っぷ、あはははははは!」

 盛大に吹き出してくれた明涙。とんでもなく恥ずかしいことをした気がして柄にもなく顔を背けてしまっていることに気付いた。その顔を見られたくないと思い、足を大きく踏み出して先を急ごうとする。がしかし、「ま、待ってよ」と笑いが抜けきらず腹を抱え続ける明涙が黒羽の裾を握っているのだった。

「ごめんごめん、あまりに初々しくてね、思わず笑っちゃった」

 どう見てもすまなく見えない様子で謝ってくる明涙。目じりには涙まで溜めている始末だ。薄々感じていたことだが、彼女の相手はほんっとうに面倒事が多いようだ。黒羽は貧乏くじだなとため息をついてみる。

「もういいだろう、早くいくぞ」

「あ、待って待って。ちゃんとした契約はしたけどあくまで形式ばった奴だったでしょ。私は人同士が信頼しあうための第一歩ってこれだと思うんだ」

 と、彼女は右手を差し出してきた。

「はい、握手」

 

いつも通り満面の笑みである。本当、彼女の相手は面倒なことが多いし、とんだ貧乏くじだと思う。けれど、こんな面倒事も悪くないかな、貧乏くじでも外れくじじゃないかもな、と考えている自分がいることに気付いた。

麻乃は自分が見たことのない景色を見せてくれる、今まで、これから見れるか分からない景色をと直感的に思っていた。

一拍間をあけてしまったが、しっかりと差し出された右手を握り返す。とても小さな手だった。だけど添えるのではなく、握り合った手の平からはまた別の感情が沸き上がった。この感情は何なのだろう、すぐには理解できないけれども、悪くない感情だなと思えた。

そのことを喜ぶ自分がいた。


 薄闇の中、ただそこだけスポットライトのように灯りで照らされた一角で、世界から切り取られたかのように見えた。

 二人が共有する確かな時間。

 取り残された時間。

 二人の間で交わされた二度目の契約は二人を繋ぎ、ゆらりふわりと飛んでいきそうになる互いの気持ちを確かに繋ぎ止めた。

 邂逅。出会いは何時でも偶然だ。だが運命づけられた必然でもある。小さな島で二つの大きなえんが重なった。物語は紡がれていく。


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