調査
「で、いきなりの告白だったわけだが、どういう理由か教えてもらおうか、麻乃」
二人は椅子に座り直し、仕切り直しの言葉により話が再開する。
告白を受けて再びフリーズ状態へと陥ってしまった黒羽が復活するために数十秒を要し、その間暇を持て余したソーマはそそくさと下の階へ行く、いやこっそり逃走したのだ。なぜなのかは言うまでもないだろう。
「いや、どういうわけも何も言葉の通りなんだけど………」
黒羽は自身の椅子に座る。合わせて明涙にも着席を促す。長方形の机を東西南北にきっちり正しく置き、加えて南北が長くなるよう設置している。ソーマが北、明涙が南に座り、残りのふたりは西側に並んでいる。
再び場は厳かな雰囲気に包まれ、口を開くのも億劫になる重さとなった。ただ緊張しているのは明涙一人なので、黒羽に至って自然体だ。
「どうした? 黙っていては何も進まない」
黒羽は机に足を乗せ、微妙なバランスをとりながら冷静に努める。口に運ぶは、淹れたての紅茶、インスタントの特売品であった。
「………さ、さっきも言ったじゃないですか。依頼ですよ依頼。私のボディーガードをお願いしたいんです」
「………、そんな話は初耳だが」
一体いつそのような単語が出てきたのだろうか。黒羽には先ほどの唐突な告白のみしか記憶に無かった。
「だから言ったじゃない。私には君しか頼れる人を知らない。私には君の力が必要なんです。どうかずっと私を守るために一緒にいてください。って」
「あれは告白じゃなかったのか!」
まさか、あの言葉にそのような意味があったとは。流石にぼかし過ぎでは無いのか。それに加えあの焦らし様では、それが一世一代、勇気を振り絞ってきたと勘違いしてしまうのも当然ではないだろうか。
「? いや確かに告白だったよ。だってあんなにキツい目つきで問いただしてくるんだもん。そりゃ罪の告白みたいな感じになっちゃいますよ。いやー、恥ずかしかった。人生でも一、二を争うほどの羞恥でしたわー」
と笑い混じりに語る麻乃。こっちとしてはどう返事するべきか気を失っている間、必死に思案していたというのに。だが、
「けど、なぜボディーガードなぞ付ける必要がある? 一介の高校生がそこまでしなくちゃならない理由でもあるのか?」
「…………」
また黙り込む麻乃。俯き唇を噛むその様子は言いにくさよりもその時の状況を思い返し、湧き上がる怒りと悲しみを噛み殺し、不明瞭であるが故にくる迷いをどう言葉にするか考えているものだった。
最近の話です、と鉛をぶら下げたような重い口調で語り始める麻乃。ポツリポツリともらす様子は忘却の記憶を糸に縋りながら読み解いていくようであった。
「前日まで特に何事もなく過ごしていたのに。その日もいつもと変わらず部活を終えて学校を出ようとしたんだけど。その日の帰り道は少し違って、視線というか………、いつも通りの帰り道がその日は少し異質だったの」
「ストーカー的なもんか? 一応尋ねるが、エルには話に行ったのか?」
首を横に振る。実被害さえあればラグーナ自主防衛団体(L-SDF)、通称『L隊』または『エル』に届を出して身辺警護でもして貰えるのだが、近頃彼らはこの手の話に耳を傾けようとしない。このような小さな個人間の関係のもつれと判断できてしまう案件に手が回らないのだ。
人は一度怠ける癖が身に付くとなかなか拭うことができない。このラグーナが制作されてから人が犯した事件など数えるほどにしか発生していない。最も新しいものでも十年近く前にまで遡る必要がある。それ以上に科学が発達したこの世界では、人災ではなく工場などで起きる機械の誤作動や労災が主なのだ。またこの頃、不審な被害が多く、このままではラグーナ全体の機能がダウンしかねないため組織全体がこれの解明に人力を注いでいる。そのため末端の派出所でも例外なく忙しい状況なのだ。こういう理由で彼らは動こうとはしない、動けない。
その現状を知っているため、一般市民は彼らになかなか相談できない始末なのである。
「今ラグーナが陥っている状況は大変なのは分かるけど、それ以前にあの組織自体に問題があるんだよね。平和ボケが過ぎるからいざってなった時に動けない、慌てふためいてそれにしか焦点が絞られて周りに目が回らなくなったら本末転倒だと思うの」
明涙はかなりの勢いでまくし立てていた。個人的にエルに思うところがあるのだろうか。
「それで、どうして俺のところに来たんだ? こんなところに来ても―――」
「もうごまかす必要なんて無いんじゃない? 黒羽君。私だって何も知らなかったらこんなところには来ないよ」
訪れた静寂。深く沈み込んでくる重みに、縛り上げられる身体。向かい合う両者が一文字に口を紡ぎ合うこと二秒。
「どこまで知っている?」
口を開いた黒羽は目前の彼女を見据えただ一言、沈黙を破った。
「大まかなことだけ、だけどね。黒羽君は私のことも少しは知っているでしょ? わたしは調べ物が得意でね、コネも使って調べさせてもらっちゃった」
口調はつとめて軽口、しかし目はズッという座り様であることを黒羽は見逃していなかった。そこに漢書の覚悟が見て取れたのだ。
「ふぅ、そうか、そういや麻乃は新聞部だっけか。調べ事は慣れてるってことだ。………、分かった、なら君が調べたっていう情報を聞かせてもらってもいいかな?」
分かったと、頷いてどこからか分厚い手帳が現れた。
「黒羽十河、一七歳。身長一七六cm、体重六七kg、性別男性。慈生学園二年生一組に在籍中、交友関係はゼロ、休み時間は常に一人、ボッチ飯上等、昼休み屋上当たり前、学校生活ではいつも隣に影を添えた人間。授業中にも拘らず、ひたすら窓の外を眺め、何を考えているのか判断できない横顔である。唯一興味を示すものといえば、帰宅途中に訪れる和菓子店の商品を眺めること。特に買うわけでもないのにひたすら商品を物色しては、冷かしだけして帰るという陰険な行為を行っている。店のお姉さんが無視し続けることを良いことに毎日のように繰り返している、それだけするなら買えよと思えば、申し訳程度に饅一個だけ購入というチンケな性格の持ち主。学校ではひたすら独りを望むような素振りをとりながら、髪色は真っ白で奇抜この上なし。生徒指導の先生は彼を認知していないかのようなガチスルーでそれをいいことに全く直す様子なし。皆は見慣れたのか彼に全く興味を示さないため、彼は今日も孤独を楽しんでいる。また云々云々………」
「おっけい、ストップだ。これ以上言われると、自分の状況を客観的に押し付けられて耐えきれないぞ、主に俺の心が」
どこかでうるさい奴らが俺を指差して笑っている姿が容易に想像できる。そういえば夕食はまだだったな、何と何の食材を組み合わせたら最悪だったか、などと細やかな仕返しを考え込む黒羽。
「それに彼は、我が学園始まって以来初の転入試験合格者である」
別のことに思考を移して何とか心の無事を図っていた黒羽はだが微かに筋肉が硬直したことを感じた。原因はおそらく麻乃のトーン変化と、告げられた一文だろう。チラッと麻乃は黒羽に目をくべる。
「ラグーナ全体で慈生学園の学力偏差値はトップクラスであり、加えてどういう理由か本学園が設ける転入試験はまさしく最難関とされている。過去これまで何十人の人々が挑戦し、合格基準の二割にも届かず、蹴落とされることが普通であった。しかし黒羽十河はこの試験で満点というバカみたいな結果で通過してきたのだ。今は落ち着いているが四月当初は大変な話題となった。………、その時の噂に誘われて、黒羽君に興味を持ったんですよ。それが調査の発端です。あ、ついでに『黒い白』と名付けさせてもらったのは私ですよ」
「なるほどな。けど、お前が言いたいことはその後だろう」
「そうです。私はこの約六か月間、黒羽君のことを調べてました。勿論、今のことだけじゃなく過去のことについても。だけど」
「過去については一切分からなかった、てか」
「はい、あなたは転入してくるまでの記録が一切残っていないんです。家族関係や出生についてまで全く。両親についても残ってません。これはジャーナリストとしての血が騒ぎましたね。おかげで俄然調査が捗りました。消えたものを微かな軌跡を辿って、行き着くなんてロマンが溢れてるよねぇ」