⑦
目が覚めると、見慣れた天井では当然なく、やや白んだ空があった。
「んあっ!?一体どうなった!?」
飛び起きた。
どうやら生きているらしい。
体中を触ったが、傷も無い。
銀髪はどうなったのだろうか。
今俺が寝ていた場所は昨日野営をすると決めた場所と同じだ。
という事は誰かが俺をここまで連れてきたという事になる。
が、周りを見渡す限りでは銀髪の姿は何処にも見えない。
あの場所に向う事にした。
あの時、忠告を忘れ夜に用を足す事にした俺は、野営地に帰る途中
でかい犬の群れに襲われた。
辺りは暗く、2つの目だけが赤く光り、全てが俺を狙うように囲みこんでいたのだ。
悲鳴を上げた。
逃げようにも周りを取り囲まれていた、逃げられなかった。
まるでいたぶるように、徐々にとその囲む円が小さくなっていく。
限界だった。
囲む中の1匹が、俺をその鋭い牙で切り裂かんとした際に、横から
誰かに突き飛ばされた。
誰か。
決まっている。
見憶えてのある灰色のローブ。銀髪だった。
彼女は、俺が受けるはずの牙を受け・・・・・、
震えが止まらない。
得物として見られる視線や、命の危険もそうだが、
あの時、銀髪が横に倒れていく様がどうしても脳内にリプレイされる、
かけよった時、手にぬるりとした感触は確かにあった。
あれは血だった。
あの後どうなったのか銀髪は無事なのか、それだけが俺の心に揺さぶりを
かけている。
例の場所はさほど距離は離れていなかった。
が、そこに銀髪の姿はなかった。
犬の死体らしきものも見当たらない。
ただ、そこに血痕らしく後は残っていた。
やっぱり彼女は負傷したのだ。
では一体何処へ行ってしまったというのか。
犬が見当たらず、銀髪も見当たらない・・・残されたのは血痕のみ・・・。
嫌な考えが浮かぶ。
それを振り払うように、俺は奥へと突き進む事にした。
何も考えなしに進んでいる訳ではない。
銀髪はあそこに野営する際に、この近くに泉があると言っていた。
前の村で場所を聞いたそうだ。
水の確保はしたいが、そこは野生の獣の飲み場でもある為、少し離れて
野営しよう。
と、言っていたのを思い出したのだ。
5分程歩いただろうか、森が開け泉に辿りついた。
一周どれくらいあるだろうか、以外に広い。
見渡す限り青々とし、水面は穏やかだった。
銀髪は、いた。
無事に見る事ができ、ほっとする、
間も無かった。
銀髪は水面ぎりぎりで横たわっていたのだ。
急いでかけって抱き起こし、声をかけるが返事は無い。
意識がなく、ローブ越しでも酷く体温が熱く感じる。
どうして銀髪はここで倒れていたのだろうか。
『マスターを助ける為に彼女は無茶をしました。その結果がこれです』
「誰だ!?」
『お忘れですか?マスターのポケットの中です。ロックを解除した際に
ご挨拶しましたが』
ポケットからスマホを取り出す。
スマホのマイクからその声は聞こえていた。
『SAIMASS社製人工AI【ファル】です。ファルとお呼び下さい』
思い出した。
確かに俺は何日か前に、眼前に広がったロックを解除して・・・・、
「お前・・・!!夢じゃなかったのか!!!」
『はぁ・・・・あの後から散々でしたね、せっかく言語変換機能を起動させ、
言葉が通じた事で、なんらかのアクションがあると思ったら、何も無い。
マスター、アナタの頭は2MBくらいの容量しかないのでしょうか』
なんだろう散々な言い分だし、こいつ機械のクセに溜息をつかなかったか?今。
こちとら言葉が通じてどんなに嬉しかったか!
そりゃあんな事だって夢だったと忘れるに決まっている。
『しかしこれはまずいですね、傷口からなんらかの菌が入り増殖したのでしょう。
消毒がてらここまで洗浄しに来たみたいですが、どうやら遅かったようですね』
「遅かったってどういう事だよ!?助からないって言うのか!?」
『いいですか、今は余計な事考えなくていいです。私の言う通りにして下さい。
このままだと彼女の傷はさらに熱を持ち、それがまた彼女を蝕みます。
周囲を出来るだけ広範囲でサーチするので、私を高い位置に持ち上げてくだ
さい』
悔しいが、こいつの言うとおりだ。
ここで慌てふためき、手をこまねていては好転しないのだ。
俺は、指示通りに高く持ち上げた。
『周囲のサーチを完了しました。作図機能へのデータ送信を終了。
300m程右に、薬剤効果のある植物を確認しました。急いで取りに行きましょう
おまぬけさん!』
「クソっ。わかったよ!!!」
口調は気に食わないが、今は言うとおりにするしかない。
俺は、指示に通りの方向に走った
「ぃつっ!!・・・・あれ・・ここ・・・」
「良かった・・・目、覚めたか」
あれからというもの、毒しか吐かない機械の指示をとりあえずこなしながら
銀髪の手当てを行った。
幸い薬草?っぽいものでなんとかなる範囲だったらしく、俺がかぶっていた布を
お湯で消毒し、そこにすり潰した薬草を入れ染み込ませるたものを患部にあてて
ている。
応急処置は銀髪が自分である程度やってあったというのも、素人があれこれ言わ
れるだけで何とかできたという事をあのドS機械がぼやいていた。
「貴方がこれを・・・?」
「素人ながらで悪いな」
「いいえ、ありがとう。助けられちゃったわね」
と、目の前の銀髪は笑った。
違うだろう。
と、
そうじゃないだろう。
助けられたのは俺だ。
怪我をさせたのは俺だ。
彼女に、俺のおかれた立場に甘えていたのは俺なのだ。
「あぁ・・・良かった」
色々な感情でごっちゃになり、
銀髪の顔を直視できず、ただ俯きそう言うだけで精一杯だった。
『本当にとんだおまぬけさんですねマスターは。土下座でもなんでもすればいい
と思うんですが、しょうがないのでしょうね。あまちゃんです」
微妙な空気をぶち壊す機械音が鳴り響く。
俺のポケットの中から。
「この声は・・・何?・・・どこから声が・・・!?」
「あー・・・これはその・・・」
これをどう説明すればいいのかと、考える。
が、全く思い浮かばない。
我が世界の科学力は異世界いちぃいいいとか言っておいたら
信じてくれるだろうか。
『まずはお礼をさせて下さい。名前は存じませんが、私のマスターを犬っころから
助けてくれてありがとうございました。貴女が助けてくれなければ、今頃そこの
おまぬけさんは奴らのお腹の中です』
「姿が見えないのだけど、どこから話してるのかしら?」
『失礼をお許し下さい。私は貴女方でいう目に見えるという事がありません』
「・・・・驚いた。もしかしてあなた精霊なのね?」
少し思案した後、銀髪はそう言った。
これは好都合。精霊という存在は知らないが、とりあえずそこに
「そうそう!こいつ俺の持ち精霊でさ!名前はファルっていうんだ!
ファルが色々教えてくれたお陰でその手当もできたんだ!」
全力でのっかる。
それしかないだろう。
「やっぱりそうなのね。ファルさんありがとう。お陰で助かりました」
『敬語は不要ですし、さんもいりません。お気軽にファルとお呼び下さい』
「ふふ、わかったわ。ファル。私の事はレインと」
『はい、レイン。よろしくお願いします。マスター、しばし私はスリープに入ります。
どうやら未だシステムに異常がみられ長時間の稼働が難しいようです。
いいですか?私が眠っている間無茶をせぬようレインの言う事をしっかり聞いて
下さいね』
と、まくしたてられた後、ファルの声はそこで途絶えた。
うん。
さりげなく自己紹介を俺抜きでやるのやめてくんないかな?
俺ですらずっと名前なんなんだろうと、聞くに聞けなかったのに・・!
まぁ、精霊というアドリブにのっかってくれたという点は感謝すべきなのだろうが。
「礼儀正しい精霊ね」
「そうか・・・?毒吐きまくりだったうな感じなんだけど・・」
「記憶、戻ったようね。良かった」
「え?」
「?精霊について思い出していたでしょう?記憶が戻ったのかって思ったの
だけれど」
「あ・・・あ~、いやあいつが教えてくれたんだよ!いきなりでてきて俺もびっくり
してさ!ただ、俺が忘れてるのに腹を立てたのか詳しい事は教えてくれなくて」
2秒で考えた言い訳にしてはばっちりではないだろうか。
「そうなの・・・でもこれで戻すきっかけができたのだから本当に良かった。
早く仲直りできるといいわね」
やっぱりこいつはホント、人に騙されるんじゃないかと心配になった。
目的の街までは半日程の距離らしいが、銀髪ことレインの怪我の件もあり
2日程この場でゆっくりする事にした。
あの犬っころはナイトドックというらしく夜しか活動する事はないという事なので、
昼に水や、食べられそうな物を調達した。
その場に留まる事になった2日目の夜。
ある程度レインの症状に落ち着きが見えた。
俺は、あいつを呼び出そうと思った。
いつもあいつの方から勝手に出てきて呼び出し方がわからないので、
とりあえず、
「ファル」
と、名前を呼ぶ事にしてみると、
『お呼びですかマスター。あれから2日程たったようですね、お元気そうで
なによりです』
すぐに反応がある事に驚いたが、ここは気にしてられない。
俺には聞かないといけない事がある。
「ファル。お前なら知ってるんじゃないか?俺がここに来た理由を。
あの日、変な番号からかかってきたと思ったら俺はここにいたんだ。
そしてこれの機能だ。まるでこうなる事を想定したような機能。
知らないとは言わせないぞ」
『私は使用者をバックアップする為だけに生まれたAIです。
マスターが置かれている現状がどのような理由があってこうなったかは
皆目見当もつきません。
ただ、一つ確かに言えるのはここは地球では無いという事です」
「そもそも、その人工AIというのがおかしいだろう!この機能自体がおかしい
だろう!こんなハイテク聞いた事がない!」
『現実を見てくださいマスター。私は実際に存在していますし、言語翻訳機能
も実際に効果を表しています。他の機能の動作も確認済みです。
これ以上の証拠があって、何を疑うというのですか?』
「俺はなんの説明もなく、ここにいるんだぞ!何を信じろと?目の前に、
元凶としか思えないのがあって、それを信じれと言う方がおかしいだろう?」
『なるほど、では私を捨てて貰ってもかまいません。私は所有者であるマスター、
あなたのバックアップを全力で行うAIです。私があなたの妨げとなるのでした
らどうぞ、この場で私を破壊して下さい』
たかだが200gくらいの重量しかない物体から発せられるような言葉ではない。
言い切るその姿に俺は圧倒され、口をつぐむ事しかできない。
『・・・・言い過ぎました。どうやら私の方にも不具合が出ているようです。
今はとりあえず、私の呼び出し方やそれぞれの機能の使用方法をご説明します。
それからまた再度お考えになって下さい』
機械相手に気を使われ、その後のレクチャーも機械相手だというのに気まずい
思いをする事になった。
「大分良くなったわ。問題なく動けそうよ」
と、言う事なので目的地の街へ向けて出発する事となった。
ここから半日程度で着くという事なので、そう遠くないという話であり、
街が近い分、獣相手に襲われる事もないという。
予定通りの速度でつくだろうと、話し合いで聞いた。
レイン・・・いや、お互いに名乗り合ってないのだ、銀髪と呼ぼう。
銀髪は道中、良く喋った。
ファルの事からまず話題に上がり、喋る事しかできないと言うと少し残念そうだった
。
中でも一番に気になる話題としては、彼女がエレメンターだという話だった。
なんでも光を扱えるエレメンターらしく、ナイトドックに襲われた際に、
俺が目にした”爆発のような閃光”は、彼女の力らしい。
”驚かないの?”と聞かれ、いやいや驚いたと答えておいた。
よもや、彼女の口から聞いていた不思議能力者が目の前にいるのだ。
是非もう一度見せてくれないか、と懇願すると、しょうがないわねといった形で
見せてくれた。目がおかしくなりそうだった。
街には、日が頭上よりやや傾いた位置にある時についた。
遠目から見てもデカかったが、近くで目にするとさらにでかく感じる。
街までの道筋はぽつぽつと生える木や茂みはあるが、今まで通ってきたどの道より
も整備されていた。
街は大きい壁に囲まれ、その壁よりも高い建物が多く見えた。
元々大きな泉があったというこの街は、街の中にいくつもの水路が張り巡らされ、
水路にはいくつかの水車がくるくると回る光景が目を引く。
街の中央へと続く道では、人々が盛んに声を上げ、物の売り買いが行われていた。
「すげぇ・・・」
としか言えない俺の語彙力の無さが残念でしかたない。
「基本的な紹介をするわね」
と、色々説明された。
宿をは多少高くても、ご飯と防犯を重視した方がいい事、普通に物が盗まれるらしい。
買い物する際は最低でも同じ物を売っている店2~3件を回るべきだと言う事、
新顔にふっかけるのは当たり前らしい。
ミッフィー教の教会には入信する必要はないが、一度訪れた方がいいと言う事、
もしかしたら何か導きがあるかもしれないという事だった。
中でも、特に強く細かく説明があったのは、斡旋所と言われるギルドの話だ。
雑業や荒事、なんでもござれで仕事を斡旋しているらしく、手に職をつけていない
者達や、危険を省みないエレメンターやアドミッターがてっとり早く多くの金を得る為、そこに所属し日夜足を運んでいるのだという。
当然危険度や重要度に応じて払われる賃金に違いがある。
お金に困ったらここを訪れるのも手らしい。
そこまで話した所で、銀髪は店に入って行ってしまった。
この辺で待っておいて。と言われたので、さほど離れなければ問題ないだろう。
というわけで俺も適当に店を見てまわる事にした。
色々まわった中で、一つの商品に目がいった。
これはあの銀色の髪に似合いそうだ。
今までのお礼になにかしたいと思っていた。
俺では、これくらいの事しかできないだろう。
「お客さんお目が高いね!それはここらでは見られない氷の結晶をモチーフ
にした髪留めさ!これが最後の一つなんだよ、だから銀貨7枚!これ以上は
まけられないね!!当然珍しいから他の店では売って無いと思うよ!」
「わかりました。ちょっと待って下さいね」
と、店員を待たせておき、
「ファル。確かお金をここのと変えられる機能あったよな?あれ使ったら今いくら
持ってる事になるんだ?」
『貨幣変換機能を通します。・・・・・・・金貨2枚と銀貨30枚相当です。
財布に2300円とは今時の高校生にしていささか少ないようですがマスター?』
「・・・・・うるさいな。よし、一応足りるな」
『レインの話だと、新顔にはふっかけるという話でしたが、交渉しないのですか?』
「これでこの店では新顔ではなくなったかし、いいだろ?」
ぶつぶつと一人ごとのように喋っている俺に不信感を抱いている店員をよそに
俺は、髪留めを購入した。
いくつかの買い物を銀髪が行うのを見届けた後、宿を一部屋を借りた。
当然ベットは2つである。
久しぶりに、体を洗うのをお湯が仕様できた事にテンションが上がった。
水資源が豊富って素晴らしい!!お湯って・・・素晴らしい!!!
「少し話があるから体を洗ったらそのまま起きてて頂戴ね」
と、言われた時には少しくらいは勘違いしてもいいかな?とか思ったが、
こいつに限ってそれはないだろう。話しがあるというのだから、それ以上でもそれ
以下でもない事は一緒にいた時間でわかっている。
大人しくベッドで待っていたら、俺よりも大分お湯を堪能したであろう銀髪が
ほくほく顔でやってきた。
「素晴らしかったわ!!」
だそうだ。俺が知る限りで一番テンションがあがったように思えた。
「ここまで大変お疲れ様でした」
と、向かいのベッドに腰かけた銀髪は、真面目な顔でそう始めた。
「お疲れ様でした」
「急で申し訳ないけど、私は明日の朝ここを旅立つわ」
そんな気がしていたよ、とは口に出さずそのまま続きの言葉を待つ。
「最初に話した通り、私はとある事情があって旅をしているの、急ぎの旅よ。
正直な話、この街でゆっくりしたいという気持ちもあるけども・・・・・、
この街は住み心地が良すぎるわ。私も人よ、だらだらしてしまう」
だから明日発つ。と、銀髪ははっきりと言葉にした。
「色々と、説明不足な点もあるし、記憶の事ももう少し手助けしたのだけれど・・・」
「大丈夫!とても良くしてもらったよ。ここから先は自分の力でなんとかしようと
思う。だから、気にせず自分を優先してくれ」
「ありがとう。せめての物で悪いのだけれど、これを」
そう言って渡された物は、人一人分を覆う程のローブと、剣を差し込める腰帯。
そしてあの剣だった。
「ローブは以外と着心地がいいのよ?私のお勧めね」
俺もあの時買っておいて良かった・・・・と、心底思った。
渡すなら今だろう。
「これは俺から。センスが悪いかもしれないけど、とても目に付いたんだよ」
「綺麗。氷の結晶かしら?・・・・ちなみに、一人で買ったのよね?」
「そうだね、お金は偶々持ってたのを使ったよ」
と、お金に関して突っ込まれると思いそう発言したが、
「下世話だけど、これいくらだったのかしら?」
どうやら違ったようだ。
銀髪は笑っている、恐らくもうわかっているのだろうが、
「銀貨7枚かな?」
「ふっかけられたわね、髪留めでそれって結構高いのよ?ちゃんと注意したじゃ
ない・・・・・でも、ありがとう。大事にするわ」
と、目の前で髪に刺す姿にとりあえず、俺は満足してしまった。
その後、いつもの夜のように色々と話をした。
街での生き方や、エレメンターやアドミッターには極力関わらない方が良い
と言う事、なんでもこの街の彼らは、普通であれば専用の学校に行き、国に仕え
る道あったのにも関わらず、あえてそれを踏み外し、斡旋所にいる為、変わり物が多いらしい。
ミッフィー教の事は正直勘弁して欲しかったが、まぁ最後だろうし我慢した。
例の事情については話てはくれなかったが、ここから西の方へと向かうと言う。
まだまだ長い旅になるそうだ。
途中ファルも呼び出して、3人で話をした。
碌でもない話だったが、楽しかった。
いつの間にか眠ってしまったのだろう。
気づけば朝だった。
隣を覗くとそこには銀髪はおらず、宿の亭主に聞くと、本当についさっき宿代を
1週間分置いて出て行ったという事だった。
最後の最後まで人に気を使う奴だなと、思う。あいつらしいとも思う。
西門へ今急いで向かえば、会えるかもしれない、が。
あえてそうしたであろう銀髪の意思を、俺は受け取る事にした。
とりあえず、斡旋所に向かう事にした。
いくら銀髪が1週間分の宿代を出してくれたと言っても、自分で稼がなければ
すぐにあそこ出る事になる。
この世界の情報や、元に戻る方法を探す為にも、お金は必要になってくるだろう。
ここに所属し、暫く情報とお金を得た後、ファルと一緒に元の世界に戻る術を探そ
う。
斡旋所の扉を開け、中に入ると何名かの人間が中にいた。
雰囲気で、帰りたい気持ちになったが、今決めた事だ。と、心を鬼にしてカウンターまで歩く。恐らくあれが受付かなんかだろう。
カウンターの前では、屈強でいかにも荒事重視です。といった体をお持ちのお兄さんが2人で話をしている所だった。
「なぁ、今朝”西門”の方で、姐さん達に会ったんだが、挨拶を返す暇もすらないっ
て感じで急いで出て行ったんだけども、なんかあったんかなぁ」
「それ、アレかもしれねぇな。お前知らなかったけか?例の仕事。
とある人物の身柄拘束で金貨500枚、死んでた場合金貨100枚。
怪しすぎるよなー、俺なら飛びつく前に調べるぜ。やばいやつにしか思えねぇ」
「やべぇじゃねぇかそれ!とんでもねぇ金額だな!?まぁ、姐さん達金に困ってる
って話聞いたし、その金額だしな。飛びつくのも無理もねぇ気もするわ」
「いやそれにしたってよー、額が額だからな。やっぱり疑っちまって誰も手ェつけ
なかったし、そんなもんもあるんだな程度にしか思わなかったのによ。
ま、姐さん達ならいけるかもしれねぇがな!」
「ちげぇねぇや!天下のエレメンター様と、その御供のライレス兄妹だからな。
大抵の事はなんかとかなっちまうだろ。しかし、金貨500枚ってどんな化物だ?」
「いやいや全然違ったぜ?女って話だったしな。えっと確か・・・”灰色のローブに
長い銀髪で、女の一人旅”・・・・だったようなあまりにも胡散臭くて覚えてねぇ
けどよぉ・・・・」
「すいません!!その話、詳しく聞かせてはくれないでしょうか!!」
わけもなく、俺は話に飛びついた。
---------Another side----------
これで良かったのだろうか。
と、後ろ髪を引かれるような思いをしている程度に、彼の事が気がかりだった。
記憶を無くしたという少年。
年は同じか上か下、とにかく近いであろう。
まるでこの世界を初めて知るかのような反応する彼。
見た事もない服に身を包み、古い伝承記でしか読んだ事の無い精霊を
引きつれている。
私が”光のエレメンター”という話をしても何も驚かなかった辺り、どこまでも彼は
記憶がなく、もしくはこの国の者ではない。
とても遠い異国の地から旅をしてきていたのかもしれない。
「もっと色々と教えてあげたかったわね」
と声に出してしまう程に、気がかりだった。
無意識に貰った髪留めに手をあてていた。
それに対して驚いてしまう。
「灰色のフードに、珍しい銀髪の髪。そして女の一人旅・・・・ふむふむ。
アンタで間違いなさそうだねぇ・・・・ちょっとそこのお姉ちゃん。
お話したい事があるんだけどいいかねぇ?」
後ろを振り返ると、妙齢の女性が立っていた。
ドレス姿が映え、そこから色っぽさを出す大人の女性だ。
しかしそれがまた、どことなく不穏な空気を漂わせている。
フードを深くかぶった。
「なにかご用でしょうか、お会いした事はないと思うのですが」
「あってるよぉ~、初対面も初対面さね。アタシもアンタの事なんて知らない。
けど、お話があってね・・・悪いけどアンタ捕まってくれないかい?」
瞬間、女の背後から地面が、塔の用に突き出した。
それを足場にして、一人の男が飛びこんできた。
手には光り物が見える。
警戒していたのが功をそうした。
ナイフを数本取りだし投擲する。
が、男は空中で器用にそれを叩きおとし、そのまま切り込んできた。
「っつっ!!」
腰から剣をどうにか引き抜き応戦する。
とてもじゃないが、力量が違う。
剣で受け止めるたび、こちらが押し込まれていく。
なんとか数合撃ち合った後、男は後方へと退いた。
「へぇ・・・やるじゃないか。アタシじゃコイツに懐なんて潜り込まれたりでもしたら
すぐにやられちゃうってのにさ」
「どうして私を狙うのかしら?貴方方とは初対面のはずなのだけれど?」
恐らくこの女性・・・さきほどの地面から突き出た岩を見る限り、地のエレメンター
だろう。
そしてあの連携・・・斡旋所に所属している者達か・・・。
女の口元が吊りあがるのが見えた。
嫌な予感がした。
後ろを振り返る。
目の前に大きな男が、棍棒を振り上げていた。
振り下される棍棒の一撃の前に、男の方向へと転がり込み、難を脱した。
すぐに立ちあがり、離脱する。
先ほどまでいた場所には少しばかりの穴が開いていた。
あんなものを喰らったらひとたまりもないだろう。
「あらら・・・今ので終わっとけば楽だったかもしれないってのにねぇ・・・、
感の鋭い子はこれだから嫌いだよ」
不敵に微笑む女と、短剣を携えた男、そして棍棒を持った大男。
一人はエレメンター、恐らく短剣の方はアドミッターだろう。
簡単には、逃がしてくれはしなさそう・・・・。
せめて時間さえあれば。
と、眼前にいる敵をにらみ・・・・・・ん?
街のある方から、全身をローブで隠した人間が歩いてきていた。
普通であれば、何かしらのトラブルだろうとわかりそうな今現在この場所に
まっすぐと向かってきている。
その人物は、3人の横を、
「おっとごめんよー」
と、普通に通りすぎ、私との間付近でそのローブを颯爽と脱ぎ捨てると、
「ああっ!!アレは!?あれはなんだぁ!?」
と、空を指差した。
とても聞き覚えのある声だった。
彼は一体何がしたいのだろう。
------side end--------
「ファル。聞こえるかファル」
『なんでしょうマスター。いよいよ新機能の出番でしょうか。
待ちに待ちましたよ、さぁやるのです、今現在は【レッド】しか扱えませんが
彼らには十分すぎる戦力でしょう。呼び出すという事でいいですか?』
まだなにも現状確認していないというのに、とんだ好戦的なAIだ。
やはりドSなのだろう。
「よくわからんが、ニュアンスで物騒な話という事はわかった。だけどそれは後だ後
、
相手は獣じゃないぞ、人間だ人間。どうすればいいと思う?」
『だから言ってるではないですか。武装換装機能を使うべきです。目の前には
可憐な女の子を襲う者が3名。不届き千万、斬り捨てましょう』
どうやら即決らしい。話し合いにすらならない。
あの後、道行く屈強で意外と優しいオッサン達の話を詳しく教えてもらった俺は、
他人の空似であってほしいと願いながら、銀髪が旅立って行った方の門から飛び
だした。
そこで目にしたのは、銀髪と話に聞いた通りのエレメンター達の交戦だった。
今ここで飛び出していっても足手まといになるだけであると考えた俺は、咄嗟に
茂みへと隠れ、ファルに相談しようとしてこれである。
『言い過ぎました。人を斬り捨てろというのは酷でしたね。
絶ちましょう。その力を私がマスターに与える事ができます』
なにがさっきと違ったのだろうか。むしろ確実に息を止めるという意味では
酷くなった気しかしない。
確かに今銀髪はピンチだ。そしてそのピンチを助けたいと思い俺はここにきた。
だけども人間相手だ。
どうする・・・・どうする・・・・・どうする!
そうだ、ナイトドックで銀髪がやったあれ。
あれしか無い。
俺は銀髪に買ってもらったローブを深く着こみ・・・・作戦を実行したのだった。
「奴らが阿呆にも俺の演技力に騙されてる今だ!例の閃光を・・・!」
銀髪の方へ急いで駆け寄り、
「私も唖然としたわ。あなた何を考えているの?」
Oh・・・・・どうやら理解されなかったらしい。
そこはなんとか感じとって欲しかったぜ・・・。
「なんだい今のは、その変な坊やもアンタの仲間かい?変だねぇ・・・灰色のロー
ブに銀髪の女の”一人旅”って話だったからねぇ・・・」
け、計画通り・・・。
これは使えるのではないか、このまま人違いだったという事でやり過ごせれば
万事解決、オールオッケーではないか。
「ま、引き渡しちまえば一緒さぁねぇ・・・悪いんだけどお姉ちゃん。
アンタには懸賞金がかかってるんだよ、生かしておくってのが基本的な
条件だが、痛い目にはあいたくないだろう?大人しくついてきてくれないかねぇ」
そんな事はやっぱり無いようで。
女の隣に並ぶ2人が武器に手をかけた。
一人は短剣のような物を持ち、もう一人は大きな棍棒を持っている。
「坊やも馬鹿だねぇ、見るからに素人だろうに。助けにきたってかい?
なんだか、うちの2人だけで十分に思えてきたよ、だからねぇ・・・諦めなっ!!」
明らかな敵意。
それを目の前の女は見せていた。
やはりやりあうしかないのだろうか。
ファルを呼び出すかどうか迷っていた俺に、隣に立つ銀髪がコソコソと耳打ち
してきた。
(聞いて頂戴、あなたのおかげで一瞬だけど視線があなたに逸れた。
その間にナイトドッグの時のようなものは仕込めたわ)
(まじかやるな・・・で、いつやる?)
(合図を送るから、その瞬間目を瞑って頂戴。その後は後ろを振り返らず
全力で走って)
流石銀髪頼りになる。
「作戦会議は終わったかい?そっちの坊やがアドミッターかどうかまでは
わからないが、無駄な事だよ・・・こっちの2人だってアドミッターなんだからね!」
男2人が臨戦態勢に入った。
いつでもこちらに飛びかかってくるような勢いだ。
こちらは後ろへと、ジリジリ寄って行く。
我慢できなくなったか、小柄の短剣使いが走りだそうとした瞬間、
「今っ!!!」
銀髪の一声とに呼応するかのようにそれは起こった。
爆発したような光りの閃光
両手で目を覆う。
それでも眩しい光りは、もろに直撃を受けたあいつらはたまったものじゃないだろう。
光がおさまった瞬間、後ろを向き、なにも省みる事なく走った。
全力で走った。
「なんだいこのエレメントは!?火じゃ無い!!まさかアンタ・・・そんな・・・、
”あの”エレメンターだってのかい!!」
背中の方で、そう叫ぶ女の声が響いていた。
「ハァハァハァ・・・言われた通りに走ったけど・・・巻いたかな?ってあれ!?」
隣にいるはずの銀髪の姿は何処にもなかった。
必死に逃げ出した為全く気付かなかった。
あいつは一緒にきていたのだろうか。
『恐らく彼女はあの場に留まったと推測されます。2人で逃げるにはリスキーな
手でした。思いだして下さい、彼女は”一緒に走る”とは言っていませんでした。
マスターに”全力で走って”。と、それだけです』
「そんな訳っ・・・」
無いとは言い切れなかった。
じゃあ俺は何のためにあの間に入ったのか。
何のためにかけつけたのか、悪戯に場を乱しただけだ。
俺では、銀髪の力にはなれないのか。
『迷ってる暇ありませんよマスター。助けに戻るのですか?
彼女が作ってくれたこの機会を無駄にせず、ここから離れるのですか?』
逃げ出すなら、何しにここにきたのだ。
助ける為だろう。
俺は銀髪に命を2度も救われた。
今度は俺が助ける番だろう。
銀髪はまたも自分を省みず俺を優先した。
今度こそ、きちんと言わなければならない。
伝えなければならない。
教えてくれた
感謝を
命を救われた
感謝を!!
それが・・・・人間を相手にする事になってもだ!
「ファル!出せ!!」
『了解しました、マイマスター』
眼前に透明のウィンドウが表示される。
武装換装のアイコンまでそれをスライドし、選択。
表示先には 【スタイル・レッド】という名と、換装可能の表記。
もう迷いは無かった。