④
髪の毛がチリチリと焦げる匂いがする。
制服は所々砂で汚れ、布下はすり傷ができている感触がある。
あまりのテンションの高さに、油断していた。
『勝利を確信した瞬間こそ、危険である』
そういう風に昔習った事がある。
まさにその通りの状況だった。
涙をポロポロ流し、ごめんなさいごめんなさいと謝るその姿。
被害者の俺をまるで加害者の気分にさせてくれるこの少女。
「あ、ありがとアルマ。助かったわ・・・」
火のエレメンターである。アルマ=ブリトー。
いつも涙目なとこしか見た事がない赤髪ボブカット少女だ。
「いえ・・・でも・・・シュエリさんが・・・シュエリさんが・・・」
君がやったんだよ?
「大丈夫よ、髪がコゲただけ。いきましょう、授業終わっちゃう」
そうレイチェルになだめられながら、アルマは訓練場の方に行ってしまった。
散々な結果の止めをさすように、1現目の終業ベルが鳴り響いたのだった。
「って事があったんだけど、酷くない?酷くない?緑ポニー酷くない?
ねぇ、聞いてるかデコハゲ、お前だよお前」
「飯くらいゆっくり食わせろよ・・・どうりでお前3限目で見た時ボロボロだった
のか、なんていうかそのドンマイだな」
2限を華麗にスルーした後、3・4の座学では真面目に聞き流して事無き終え、
現在は昼食の時間である。
4人用の席に、俺とロワインの2人で取っていた。
ほぼ毎日のように同席しているアグモンはというと、
「すまん、今日は2人で食べてくれ・・・アルマが・・・・泣くんだ・・・」
はいはい爆発しろ爆発しろ、と見送っておいてやった。
あいつもあいつで大変そうである。
しかし、今日は変だ。
いつもなら、空いてる席にクラスの奴らが適当に入ってるくるんだが・・・、
しかも気のせいだろうか、比較的仲の良い奴らが、談笑しようと近づくと
さっと一歩程度離れていくのだ。
なんかしたんだっけ?
なんて、ロワインに聞いてみた。
朝の顛末を事細かく聞いた。
血の涙を流し、血の雨を降らすような激闘が食堂で行われたのも
しょうがないと俺は思うのだ。
所変わって、放課後である。
右から左へと華麗にスルーした座学で、とてつもない量の宿題が出ていたのだ。
面倒なので写させてくれと2人に頼みこんだのだが、死ねと一蹴された。
酷い奴らである。
しかたなく図書室へと赴き、大人しく黙々と資料を漁りながら課題をこなしていた。
同じような宿題が出ているので、当然ロワインとアグモンは一緒である。
クラスの数名もちらほらと見える。
顔なじみである何名かは、こちらを見る度にご愁傷さまと、口パクで伝えてきた。
何故か、
「こうなるじゃない?だからね・・・」
「おお、なるほど!ありがとな」
・・・・・・・・・・。
「この時は、火ではなく・・・水・・・です」
「ふむ、流石だな。やはり頼りになるよ」
・・・・・・・・・。
口から砂糖が吐ける。そんな空気が漂っている。
この図書館には6人用もしくは、4人用の席しか存在しない。
3人で来たので、4人用の席を選択したのは当然の事だった。
そこに襲来する緑ポニーと赤ボブ。
なんだ、エレメントに関しての課題じゃない私達が教えるわ
そんな呪文を唱えたと思うと、彼女等は当たり前の用に陣取り、
俺は席を追いやられ、誕生日席みたいな感じの場所にいた。
そしてコレである。
なんだコレ。
目の前でイチャイチャしている2組がいる。
その横で誰にも話かけられず、同じ宿題を行っている俺がいる。
なんだコレ。
「あーここわかんないなー誰か教えてくれないかなー」
「これはどうすんだ?」
「ん~っと、ここはね・・・あっ、ごめん」
「い・・いや、こっちこそ」
「火のエレメンターは・・・火を起こす石を常に形態してて・・・その・・・」
「ふむ、という事はアルマも持っているのか。見せてくれないか?」
「えっ・・・その・・・ここ・・・です・・・うぅ」
「 」
そして図書館の出入り口前である。
野郎3人で突っ立っていた。
「ったく、シュエリのせいで酷い目にあったぜ。司書の先生めちゃくちゃ怖いな。
つかなんで俺らまで一緒に怒られるんだよ・・・・」
「え?あの状況でさらに1時間耐えた俺の忍耐力を絶賛するべきだと思うの」
「だからと言っていきなり奇声を上げながら机をひっくり返さなくても
良いだろう。 だから君は常々人に敵視されるのだよ。少しは学習したまえ!」
追い出されていた。
あの後1時間程、目の前でこれでもかという程のいちゃつきぶりを
見せられ続けた結果、
爆発した。
違う意味で爆発するべきはこいつらだというのに、だ。
レイチェルとアルマは今だに司書の人に謝り続けている。
なんでもアルマの方は良く図書室を利用するらしく、出入り禁止を宣告された
その瞬間に、彼女の涙腺が決壊していた。
流石に申し訳なさを感じた俺がDOGEZAを試みようとした瞬間に、
野郎2人に連れられ今にいたるのである。
しばらく待った後、中から出てくる人影。
「はぁーーー、なんとか1週間出入り禁止だけで免れたわ。
ちょっとアンタ!!!少しは常識ってものを考えなさい!酷い目にあったわよ」
レイチェルとアルマだった。
隣をとぼとぼ歩くアルマの方はもう喋れないらしい。
今だグスグス言っていた。
流石に彼女を見ると、俺が悪いんじゃないかと思えてくる。
いや、俺が悪いんだろう。
もっと大人しく爆発するべきであった。
そんなやりとりの中、また誰かが図書室からこちらの方に出てくる陰が見えた。
出入り口で話し込むのも邪魔だよな。と、それとなく全員が察したんだろう。
移動しようとする、その時だった。
「図書室では静かにしなさいと、決まりにありますが、貴方は文字を読む事
もできないのですか?」
冷ややかな言葉をかけられ、俺達の空気が凍る。
人目に付く艶やかな長い黒髪に端整な顔立ち。
腰にエレメンターとしてはほぼ必要とされない得物を帯刀している。
その冷ややかな視線は完全に俺を捉えていた。
「貴方の話は聞いています。貴族を目の敵にし、入学時から度々問題行動を
起こしているそうですね。授業にはやる気も出さす、好き勝手放題。
話を聞いているだけで耳が穢れていくのを感じるわ」
・・・・・・・・・・・・。
「ほら、謝れロワイン。先輩がそう仰ってるぞ」
「いや絶対お前だから・・・・つーか馬鹿。空気読め」
顔と名だけは知っている。
ユウ=ナイトフォール。今朝の人物である。
ほぼ初対面の人間にここまで言われたのは初めてであり、衝撃だった。
こういう人物に碌なのはいないと本能が叫んでいる。
とりあえず関わらない事にこした事はない、ここは無難に、
「それはすいませんでした、ナイトフォール先輩。ではでは失礼します!!」
愛想よーく愛想よく、適当に謝罪を行いスルーするのが一番だろう。
「家名を呼ばないで頂戴。貴方みたいな方に呼ばれると地に落ちてしまう」
・・・・・・・・・。
愛想よく、愛想よく、だ。
ここで騒げばまた、司書に怒られる。
するとどうだろう。
アルマが泣く→アグモンが怒る→朝ご飯がヤバイ。
撤退だ。
撤退しよう。
そう、心に決め、移動しようと・・・・、
「あらあら」
と、
声をかけられた。
振り向けば、侮蔑の視線。
「下賤の出にわざわざ教えてあげる。私が帰ろうとしているのよ?
道を開け、こうべを下げるのが先でしょう?」
・・・・・・・・・・。
なるほど。
意図を理解した。
ようはこの女は・・・・・、
「売っていると感じていいんですよね?”ナイトフォール”先輩」
こっちには5人の人間がいるのにも関わらず、この女は”俺だけ”しか見ていない。
「やっぱり理解しづらいものね、何を言っているのかわからないわ。
一度、診て貰ったらどうかしら。この学校の校医は大変優秀よ?」
俺の事を、聞いていると、最初にこの女は言った。
貴族と色々揉事を起こしているのを知っていると。
間違いなく、俺を敵視し、確実に喧嘩を売ってきている。
「あんたこそ診て貰ったらどうだ?流石に優秀な校医でも性格までは
治せないかもしれないけどな」
「誰に向かって喋っているのかしら?目に余るわよ」
と、彼女は帯刀する得物に手をあてる。
「おー怖い怖い。これだから貴族様は怖いんだ。
すぐ実力行使をしようとなさる。下賤の者だからわかりませんねぇ、
そうやって気に食わない事をバッサリするのが当たり前なんですか?
やっぱりその高尚なお口はお飾りなんですか?」
「これ以上の狼藉許しませんよ!!」
「許さないならどうするんですかー?斬り捨てますかー?
それとも親の力を使い一族毎根絶やしでしょうかー?
どっちが野蛮だよこの阿呆が!!」
「いい加減に言葉を控えなさい愚民!私達には誇りがあるわ。
それをけなし踏みにじる行為は何者にも許されない!!」
「何の足しにもならない誇りなんてクソ喰らえだ!現実を見ろよお嬢様。
お前が手をあてているそれはなんだ?今しようとしている事はなんだ?
煩わしい事に目を瞑り、欲の為には奪うだけ奪って!邪魔者は排除する!
だからお前は、貴族は・・・・・腐っている!!!」
「理解し目にしました。貴方の考えがいかに愚劣で低俗なのかをね。
見える範囲でしか物事を考える事ができず、不平不満だけを撒き散らす。
ただ怠惰に過ごすだけの貴方に、力を持つ者の責任は、わからないでしょう。」
これだから貴族様は困るのだ。
位にこだわり、下の者の意見など取り入れず、目もくれない。
力を持つ者?責任?笑わせてくれる。
本当に力を持つ者が、はたして自分が力を持っていると謳いまわるだろうか。
気に食わない。
これだから、こいつ等は気に食わない。
「お前の傲慢さ・・・・・」
「貴方の汚らわしさ・・・・・・」
「「叩き潰す!!」」
初めて意見が合った瞬間なのかもしれない。
互いに言い終わったその瞬間、
踏み込み、放たれる抜刀
その一連の流れはアドミッターにも引けを取らない速度
一瞬にして間合いを詰め、一刀の元に斬り捨てる
迷いの無いその太刀筋は、その力量をいかんなく発揮していた
確実に俺の意識を刈り取る為の一撃
速度を落とさぬまま、首筋にとせまり――――――、
が、遅い。
既に、懐に飛び込んでいた。
右の手首を掴む、振り切らせる事なく、得物を奪い取る。
踏み込まれていた足を払い、態勢を崩すと同時に襟首を掴み押し倒す。
止めいわんばかりに、奪ったものを顔の横へと突き下ろした。
見下ろす先には、長い髪を散らし、大きく目を見開いて呆けるような
表情があった。