第八話
調子がいいので同日連続投稿
「騎士団の中に明らかに動きが違うヤツがいたんだ。一度、立ち合いをさせてくれないか」
エルスタットは私をまっすぐに見つめてくる。
彼の眼は炎を宿したような紅蓮だった。そこに燃え盛っているのは純粋な少年らしい憧憬。
「同じ剣の道を志しているからかな。わかるんだ。たぶん、すごい達人だと思う」
前世で兄たちが同じような眼をしていたことがあった。
夏休み、デパートにプロ棋士がやってくるという企画が催された。
一番上の兄は見事に抽選を引き当てて挑戦権を得たのだ。
その前の晩、今のエルスみたいな眼をして「詰みどころか全滅に追い込んで有名人になってやるぜ!」などと叫んでいた。
文化祭で高校OBのアニメ監督が公演にやってきたこともあった。
二番目の兄は自分の書いた脚本を読んでもらうのだと鼻息を荒くしていた。
そんなときの私の対応はというと、兄たちによるとずいぶんロクでもないものらしい。
「あなたの言うことを信じるなら、その、騎士団には達人がいるのよね」
「ああ、間違いない。御前試合で優勝したカール・ペイネムよりも上だ。一度、剣を交えさせてほしい」
「ねえエルス、私思うんだけど……そんなすごい相手と戦っても、今のあなたじゃ一瞬で終わりじゃないかしら。
それよりも他の強い人と試合しているところを見学した方がよほどためになると思うわ。
稽古をつけてくれるように訊いてみてもいいけれど、どうかしら」
我ながらなかなかの模範解答だと思う。
けれどもエルスは首を縦に振らなかった。
「駄目だ。たしかに試合を見せてもらうのも稽古してもらうのも嬉しいけれど、まずは一度、斬り合わないといけないんだ。
俺は知りたいんだ、徹底的な敗北ってやつを」
それならカール・ペイネムなり何なりをロゼレム公爵の権力でもって呼びつければいいのではないだろうか。
8歳児に負けるなんてありえないだろうし。
……などと口にしたいのをグッと堪えた。
言ったらたぶん、大喧嘩だ。
兄たちいわく私は男の浪漫というものを理解していないらしい。
――おまえと話していると冷水というか冷麦をぶっかけられたような気分になるんだ。
一番上の兄にはそんな暴言を吐かれたことがある。
冷麦ってなんだ、冷麦って。
あんまりにもむかついたので次の日の弁当は冷奴のみにしてやった。箱一杯に詰まった白いプルプル。
話を戻そう。
要するに人形騎士と戦いたいというのはエルスタットなりの浪漫なんだろう。
"調子に乗った少年剣士が達人に挑むも返り討ちに遭って弟子入りする"――そういう物語の中に自分を位置づけようとしているのだ。
これをめんどくさいと切り捨てるのは簡単だけれど、まあ、原作のエルスにくらべればはるかにマシだ。
どんな男にも多かれ少なかれこんな面はあるわけで、そのすべてを遠ざけていたら恋愛とか結婚以前に人付き合いもままならない。
それにこの話は私にもメリットがある。人形騎士団についてももっと深く知るチャンスなのだ。
私は騎士団を御せていると思っていた。ひとりひとりの名前と特徴もそらんじることができた。なのに、エルスの言う達人とやらを見抜くことができなかった。(まあ、エルスの妄想という可能性もあるけれど)
ここはひとつ、これまでと違う角度から人形騎士団に接して今後の付き合い方を考えていくべきかもしれない。
だから。
「とりあえず、その子に話をしてみるわ。今日は疲れて寝ているみたいだから、明日でいいかしら」
そう答えることに、した。
「よっしゃあああああああああああああああっ!!!」
窓枠がガタガタと揺れるくらいの大声でエルスは喜んでいた。
近所迷惑なんじゃあと思ったけれど、ああ、よく考えたら草原のど真ん中に屋敷が建っているわけだから問題ないか。
いや待て。
「エルス。たぶんあなたの護衛をしてきた人たちは今頃ウトウトしてると思うのだけど……」
「あ、うん、ごめん……」
しゅん、と目の中の炎が消沈してしまう。冷水をぶっかけてしまったらしい。
* *
これまでに作った人形は100体をとっくに超えてしまっていて、もう私の部屋にはおさまりきらない数になってしまっている。
そこでウイスプ邸の隣にある古い小さな洋館を使わせてもらっていた。
通称、人形館……そのまんまだけれど笑わないでほしい。何事もシンプルな方がいい。人形たち自身の手でリフォームされたその館は、本邸と遜色ないくらいに居心地のいい場所に変わっている。ときどきメイドたちがサボりに来ているらしい。
翌日の朝、私は人形騎士団の部屋を訪ねようとして――ストップをかけられた。
水精霊の医師人形いわく。
(傷が塞がるまでは睡眠魔法をかけることにしました。その、昨晩は大変でしたので……)
医師人形の頬はどこかこけているようにも見えた。どうやら"戦ごっこ"の興奮が忘れられず、夜通し大暴れしていたらしい。
どおりで館のみんなが疲れた顔をしていたわけだ。
(どうしてもとおっしゃるのでしたら起こして参りますが)
(ううん、いいわ。また出直すから。ありがとう)
ロゼレム公爵はしばらく滞在するらしく、今日は一緒に街へお忍びで繰り出すことになっていた。帰ってきたらまた様子を見にこよう。
むしろ街で暮らしている人形たちに会ってからの方がいいかもしれない。私から離れて暮らすようになって半年、彼らの気づいたことが何らかのヒントになる可能性だってある。
――それからしばらくの後。
私はソリュートお父様、ロゼレム公爵、そしてエルスの3人とともに馬車に揺られていた。
「ほほう、アルティリア君。これも君が編んだ人形かね」
やけに芝居じみた丁寧な口調でロゼレム公爵が話しかけてくる。前にお父様に聞いたけれど、ほんとうは「がはは!」と豪快に笑うようなタイプらしい。体の割にシャイなんだろうか。
「ええ。街にいる兄弟に会わせてあげようと思いまして」
私の隣では眠そうな眼をした二匹の猫のぬいぐるみがごろごろと転がっている。
「なるほど、兄弟か。それで顔がそっくり、と。
どっちがどっちなのかわからなくなったりはしないのかね」
「大丈夫です。ちょっとずつ顔つきが違いますから」
その差は曖昧だからちょっと伝えにくい。
左の子がねむーな感じで右の子がねむねむな感じ。
このあたりから表情を想像してほしい。
……流石にこれを言うのはやめておこう。
ぶりっこ不思議ちゃん路線は私に似合わない。
と。
大きな石でもあったのかしてガタンッと馬車が揺れた。
猫2匹はころりと床に落ちて、そしてそのままごろごろを続けた。土精霊が入ってるだけあってさすがの安定ぶりである。
「いてっ!」
一方でエルスは頭を抱えていた。自分の剣の柄に頭をぶつけたのだ。
って、なんでそんな物騒なものが。
「いつ襲われてもいいように備えてるんだ。
昨日みたいなことがあるかもしれないだろ」
うっ。
それを言われると痛い。
けど、8歳の子供が刃物を持って街を練り歩くとかちょっと危険すぎる。それに人目についてしまうだろう。今日はお忍びなのに、だ。
置いてきなさい。
「えー」
いいから、わがままいわないの。
「わかったよ。まあ、魔法もちょっとは使えるしな。なにかあったら守ってやるよ」
後に私はこの判断を後悔することに……いや、剣があったところで相手はあまりにも圧倒的すぎた。結果はきっと同じだった。
ともあれ最近の私はついていないらしくて、この日は昨日以上の事件に見舞われることになるのだった。
ジャンル:恋愛ですのでラブ分をそろそろ補充する予定です