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第七話

少し視点を変えて、父親たちの夜話。

 穏やかな夜だった。


 半分のみの月がやわらかな光を落としている。


 虫たちの奏でる旋律は浸みこむような響きで耳をそっと撫でていく。


 ウイスプ邸2階、ソリュートの私室。


 開け放たれた窓からさあっと涼やかな秋風が吹き込んだ。


「前回お前さんと呑んだのも、ちょうどこんな夜だったよなあ」


 現ロゼレム公爵――ハイドレウス・ロゼレムはグラスから口を離すとそう呟いた。


「懐かしいね。まだアルティやエルス君が3歳のときだったかな」


 頷いたのは数十年来の友、ソリュート・ウイスプ。


 宮廷で顔を合わすことは何度もあったが、こうして2人きりで酒を酌み交わすのは久しぶりのことだった。


「5年ぶりだ。魔法学院の同期どもはみんなすっかり老けて腹がでちまってるが……お前さん、ずいぶん綺麗に年を取ったもんだな」


「鍛えているからだよ。あちこちの国を飛び回る以上、いつどんな危険に遭うかわからないからね」


「そいつは結構。俺も体は動かすようにしてるんだがな、どうしても怠け気味になっちまう」


「誰かと一緒にするといいかもしれないね。……さ、もう一杯」


「おお、悪いな」 


「隣のラジレス伯爵からのおすそ分けだけれど、どうだい、なかなかの味だろう」


「芳醇ってのはこういうときに使う言葉なんだろうな」


 ハイドレウスはグラスをそっと掲げ、淡い液体の向こうにソリュートの姿を透かし見た。


「お前さんが一緒だからかな。余計に旨く感じられるよ」


「僕もさ。……今日は、迷惑をかけてしまったね」


「なあに、大したことじゃねえ。アルティもまだ8歳だろ、失敗なんてつきもんだ」


「そう言ってくれると気が楽になるよ。それにしてもハイド、子供たちの前ではずいぶんと整った物言いをするんだね」


「逆だよ、逆。こんなにも砕けてられるのはお前さんの前だけだよ。あとは……レウレくらいか」


 それは8年前にエルスタットを生んで亡くなった妻の名前である。

 

 ソリュートとハイドレウスは同い年の幼馴染であり、奇しくも8年前に揃って妻に先立たれていた。同じ傷を抱えるがゆえの共感だろうか、それまで疎遠であった2人は瞬く間に親しくなっていた。


「そういやトウルスは元気にしてるのか」


「ちょうどさっき手紙が届いてね。なんでも三角関係の泥沼らしい。

 幸い、まだどっちにも手を出していないそうだけどね」


 ソリュートには2人の子供がいる。

 1人はもちろんアルティリア、もう1人は彼女の兄にあたるトウルス・ウイスプ。現在、海を隔てた西の国であるマルガロイド王国に留学中だった。


「あー、トウルスはお前さんの若いころよりも見栄えがいいからな。四角関係、五角関係じゃなくてよかったじゃねえか」


「僕としてはトウルスが鈍感なだけで、六角、七角――十二角関係あたりが真実じゃないかと思ってるんだけどね」


「だとしたら恐ろしい話だな。トウルスのやつ、生きて帰ってこれるといいな。

 アルティのほうはどうなんだ。8歳だろう、婚約者をそろそろ決めてやらないといけないんじゃないか」


「そう言われてもね、なかなか難しい事情があるんだ」


「相手がいないってんならうちのエルスでも――」


「そりゃあ素敵な話だ。けれどきっと君の家の連中は納得しないだろうね」


「同じ公爵家だ。格は釣り合っているだろう」


「違うよ。そこは問題じゃない。アルティの魔法、どう思う?」


「……なるほどな。悪い、すっかり失念しちまってた」


 どうやらハイドレウスはすぐに察したようだった。


「『異形の才を抱えた家は潰える』――くっだらねえ言い伝えがあったんだったな」


 ソリュートやハイドレウスのような比較的"若い"貴族にとっては笑い飛ばしたくなるような迷信だが、各家の実権を握る老人たちは頑迷に信じ込んでいる。


「きっとアルティは嫁いだ先で色々と言われるだろう。親としてはそんな苦労を背負わせたくない」


「じゃあ婿養子でも取るのか?」


「うちにはトウルスっていう立派な跡継ぎがいるからね。難しいよ。

 それに、こっちもこっちで老人どもが騒いでいるんだ。早く嫁に出せ早く嫁に出せ、ってね。

 極端な話、市井で人形師としての修業を積みながら恋愛結婚でもしたほうがよっぽど幸せなんじゃないかと思うよ。

 ま、最終的にはアルティ次第さ。どんな道を選ぶにせよ、可能な限り手は貸してあげるつもりだよ」



『異形の才を抱えた家は潰える』

この言い伝えに振り回されたのが原作アルティリアです。自分は普通の魔法使いだ、家を滅ぼすような存在ではないのだ。そう信じたくて信じてほしくて、一般的な魔法の習得に血眼になり……という話を幕間でやる、かも。

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