第五十八話 アルティリアvsアルティリアⅡ
「ふうん……」
すっ、とアルティリアの眼が細められる。
「貴女も、他の時間軸の子たちと同じなのね。みんな前世は『k;*``r;:|~;k;w''(|:t:k:』なのに、どうしてこんなに頭の出来が違うのかしら」
皮肉げに呟いたのは、日本での名前。
「……逆に訊きたいのだけど」
私は真正面からアルティリアを見据えて、言う。
「貴女が私の立場だったら、どうなの。こんな高圧的な提案、受け入れられる?」
「そんなの知ったことじゃないわ」
アルティリアの口調は、まるでアニメかマンガに出てくる悪役貴族みたいに傲慢なものだった。
「損得を冷静に考えれば、私に従うのが一番いい選択に決まってるもの」
「それ、想像力の欠如って言うんじゃない?」
あえて煽るように私は続けた。
「貴女も前世は『k;*``r;:|~;k;w''(|:t:k:』なのに、どうしてこんなに思考力が退化しているのかしら」
「……ッ」
ギリ、と歯噛みするアルティリア。
その前髪から紅茶が粒になってポタリポタリと落ちた。
「人が下手に出ていればいい気になって……!」
「下手どころか大上段と思うけれど、それに気付いてないなら手遅れね」
他にも手遅れなことがある。
私は、もうとっくに、敵対の意思を固めていた。
実のところ、途中からこっそり念話を飛ばし、奇襲の準備を進めていたのだ。
あとはもうひと押し。
アルティリアの注意をこちらに引き付けたい。
だから、
「要するに貴女は誰かに構ってほしいだけでしょう? そのくせ思い通りの反応がこないからって人形魔法で意思を奪う。最低最悪のダダっ子だわ」
見下すような口調でそう告げて、
――パアン。
彼女の頬を、平手で打った。
* *
「このガキが、調子に乗ってッ……! だったらお望み通り始末してあげるわ! 意思のない奴隷人形になってしまいなさい! 《人形魔法・箱庭の女王》!」
アルティリアはこちらを睨みつけると、怒気も露わに捲し立てた。
最後のフレーズはまったく聞き覚えのないものだったけれど、不思議と意味は理解できた。人形魔法の一種。つい先日、私がレレオル陛下を言いなりにしたときの力だろう。
それが完全に発動したなら、私はもう、何も考えることも感じることもなくなっていたのかもしれない。
でも。
「いやいやちょっと待った。『同じ人間が2人もいるなんておかしい』よね。『普通に考えるなら、キミはアルティリアを名乗っているだけのニセモノだ』よ」
私とアルティリアが話している間、その存在感の薄さを利用して会議室のすみっこで魔力を練り上げていたトゥルス兄様が《否定魔法》を発動させる。
それは真実を強引に上書きする力。
逆に言えば《否定魔法》が効果を発揮する以上、このアルティリアは偽物ではなく、本当に、未来の私なのだろう。
「『ホンモノはこっちの小さなアルティリア』だ。『だから』――『キミはどんな形であれ、《人形魔法を使えるわけがな|い』」
その言葉とともに、アルティリアの魔力が霧散する。
どうやら《人形魔法》の発動は止まったらしい。
されに、そこへ。
『貴女がお嬢様でないのなら、手加減は不要ですね』
会議室のドアの向こうに控えていたカジェロが飛び込んでくる。
いや、彼だけじゃない。
「アルティを脅かすなら……容赦はしない!」
フェリアさんが弾丸のような速度でアルティリアへと向かった。
剣を抜き、一閃。
同時に、カジェロが周囲の影を凝縮させ、漆黒の矢を放っていた。
爆発。
煙が会議室の中に充満した。
やがて視界が晴れると、そこには、
「ありえないわ。こんなの。私が、傷を負う、なんて」
致命傷には程遠いけれど、少なからずダメージを受けた姿のアルティリアが立っていた。
「そう、嘘よ、嘘よ、こんなの……帰って寝るわ、寝て起きたら、きっと、全部、うまく行ってるはず、だわ」
彼女の足元に魔法陣が浮かぶ。
逃げるつもりだろうか。
「そうはさせませんよ」
けれど、カジェロのほうがずっと早かった。
魔法による追撃。闇色の矢がアルティリアに向かう。
ほぼ同じタイミングで、魔法陣がまばゆい光を放ちーー
糸の切れた人形みたいに、がくりと、彼女は床に倒れていた。
瞼は落ち、息もしていない。
そのまま、二度と動くことはなかった。
終わった、のだろうか。
あまりに幕切れが呆気なかったせいか、どうにも現実味が薄い。
まさかトゥルス兄さんの『否定魔法』がここまで効くなんて……。
正直、予想外だ。
「いちおう僕にとっては必然なんだけどね」
こちらの考えを読んだように呟くトゥルス兄さん。
「妹を止めるために『否定魔法』なんてものを編み出したり、別の時間軸の自分に記憶や技術を伝える秘術を使ってみたり――そういう兄も、どこかの世界にはいるかもしれないだろう? ……ま、あくまで想像の中の話だけどね」
いや、それはむしろ思いっきり核心を説明しているんじゃないんだろうか。
なんだか少し、頭がこんがらがってきた。
「とりあえず今は無事を喜んでおけばいいと思うよ。態勢を整えたら、準備万端で帝都に行こうじゃないか。ニセのアルティのせいで意思を奪われた人たちを、元に戻してあげないといけないしね」
それからトゥルス兄様は「ちょっと一人の時間が欲しいから失礼するよ」とい残して会議室を出た。その横顔はどこか悼ましげで――きっと今から、あのアルティリアの冥福を祈るのだろう。兄として。
そして翌日、私たちは帝都へ向けて出発した。