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第五十六話 もう一人の私

「お久しぶり、そして、はじめまして。トゥルス兄様、そして、()


 赤いドレスの女性は、非の打ちどころのないほど丁寧な所作でお辞儀をした。

 

 その姿は私自身に、アルティリア・ウイスプとよく似ている。

 ただし向こうの方がずっと大人びていて、姉と言われれば納得してしまいそうになる。


 けれどウイスプ家はトゥルス兄様と私だけだ。

 隠し子はいないはずだし、いるなら人形たちがとっくに突き止めているだろう。


「貴方は、誰なの」


 混乱の中、私はかろうじてその言葉を紡ぎ出す。

 

「また、賢者の仕込み、かしら」


「……ひとの話を聞いていなかったみたいね」


 女性は肩をすくめる。

 そんな小さな仕草ですら、ふとすれば息をするのも忘れて見入ってしまう。

 彼女には豪奢な、ある種のオーラとしかいいようのないものが備わっていた。


「それとも私の言い方が悪かったのかしら。ごめんなさい、『k;*``r;:|~;k;w''(|:t:k:』」


 最後に聞こえた単語は、帝国公用語とは異なっていた。

 いや、この世界のものですらない。

 だから一瞬、脳の処理が追いつかなくって――けれど、"私"には分かった。

 理性じゃなく、直感で、認識していた。


 それは転生前の私、日本で生きていた頃の名前だ。


「どうして、それを知っているの」


 私はそう問わずにいられない。

 自分自身の名前。

 人形たちを含めて、誰にだって教えていないはずなのに。


「賢者にでも、教えてもらったのかしら」


「……すべてをあの男に押し付けてしまおうという思考は嫌いじゃないけれど」


 ふふ、と女性は妖然と微笑む。


「残念、これは私のもともとの知識よ。自分の名前だもの、忘れるわけがないでしょう?」


「意味が分からないわ」


 段々と私のなかで戸惑いが苛立ちに変わってくる。

 何なのだろう、この女は。

 同じ人間がふたりもいるはずがない。

 ならば相手は偽物に決まっていて――私は、いつぞや賢者に見せつけられた映像を思い出す。

 原作のアルティリア。

 彼女は賢者から人造生命(ホムンクルス)を生み出す技法を教わっていた。

 だったら賢者自身がそれを扱うことも可能なはずで、それで多分、私そっくりのコピーを作ったのだ。

 

 かつて私は賢者に精神世界を踏み荒らされた。

 きっとあの時だ。

 賢者は私の記憶を覗いたのだろう。

 それをこの人造生命(ホムンクルス)に流し込んだのだ。

 うん。

 そうに決まってる。  


「貴女の頭の中を、言い当ててあげましょうか?」


 人造生命(ホムンクルス)が、まるで私のような調子で声を発する。


「あの女は人間じゃない。きっと人造生命(ホムンクルス)か何かに決まっている。……そんなところかしら」


「ええ、正解でしょう?」


「ほんとうに(かたく)なね、貴女」

 

 女は嘆息する。


「私もきっと昔はこうだったのでしょうね、なんだかくすぐったくなってきたわ。……貴女もアスクラスアと衝突したのでしょう? マルガロイドかルケミアか、とにかく、そういう名前の国で」


 マルガロイドは分かる。つい十日ほど前まで滞在していた国なのだから。

 ルケミアは……聞いたことがない。少なくとも人族領内にそんな名前の国はなかったはずだ。


 けれど私の疑問には答えず、女は続ける。


「なら、夢の中かどこかで追体験させられたはずよ。私や貴女が関わらなかったアルティリア・ウイスプの末路を、()()()()()()()()破滅していく彼女の姿をね。違う?」


 違わない。

 ここまでに色々とありすぎて何年も昔のことに思えるけれど、実際は一ヶ月くらい前の事件だ。

 賢者は私の心へと入ってきて、終わりのない悪夢をぶつけてきた。

 アルティリア・ウイスプの絶望と没落。それを何百回、何千回と。

 

「あれはただの幻覚じゃないわ。賢者も言っていたでしょう? こことよく似た世界で起こった事実だ、って。並行世界だとかパラレルワールドとかいうのかしら。だったら『k;*``r;:|~;k;w''(|:t:k:』が転生している世界だって、他にあってもおかしくないでしょう?」


 そう言われてしまうと、反論も出しにくい。

 事実なのか世迷言かは判断しがたいけれど、ありえないとは言い切れない話だ。


「だったら、一つ訊かせてもらうけど」


 私は問いかける。

 いつの間にか手には汗を握っていた。

 知らず知らずのうち、この女に気圧されつつあったのだ。

 それに抗うようにして言葉を紡ぐ。


「いったい、何をどうやってこっちの世界にやってきたのかしら。そんな魔法、聞いたことがないわ」


「あら、おかしいわね。人形か誰かから聞いていないの?」


 女は首をかしげる。


「古い神話にあったでしょう? 暴虐の神々に抗うため、人々は異世界への扉を開いたって」


 確かにそれは知っている。

 前にワイスタールが教えてくれた。

 そうして現れたのがアスクラスアで、神々を殺し尽したあとは自分がその座を奪って好き勝手している、とも。


「帝都の腐敗貴族たちはそれと同じことをしたのよ」


「異世界の扉を開いたってこと? ……何のために?」


「言わなくてもわかるでしょう? ()()()()()()()()()()。いつでも帝都を攻め滅ぼせるだけの恐ろしい精霊人形を抱えたアルティリア・ウイスプをどうにかするため、異世界から力を求めたの。そうしたら私が現れて、ええ、老害どもも強気になったのでしょうね」


 人形魔法には人形魔法。

 いわば毒に毒をぶつけて対消滅を願うような作戦だろうか。

 それなら今回の、ウイスプ領への派兵も納得できないわけじゃない。


 ただ、ひとつ疑問として残るのは。


「別世界の私、教えてちょうだい。貴女はどうして貴族たちに従っているの? もし魔法か何かで意志を縛られてるなら、何とかできるかもしれないわ」


 さっき、カジェロを灰にされかけた時に発動させた、もうひとつの人形魔法。運命の糸というべきものへの干渉。

 あれを使えば、彼女を自由にしてあげれるかもしれない。

 けれど。


「……こうしてみると、昔の私はずいぶんとお人好しだったのね」


 なぜか、嘆息されてしまう。


「貴女にできることくらい、私にできないはずがないでしょう? 精神的な枷はとっくに消してあるし、逆に宮廷貴族は操り人形だけど?」


「だったら、どうして攻め込んできたの」


「――貴女への嫌がらせ、と言ったら怒るかしら」


「怒る怒らないじゃなく、意味不明よ。別世界の自分から恨まれる筋合いはないはずだもの」


「別に恨んでいるわけじゃないわ。……あら、また天気が崩れてきたみたい」


 ふと空を見上げる、別世界の私。

 いつの間にか雨は止んでいたものの、再び雲行きは怪しくなり始めていた。


「まあ、立ち話はこれくらいにしましょうか」


 こちらに視線を戻して、彼女は言う。

 話の続きはまた今度、次は貴女に帝都まで来てもらおうかしら。

 そういうセリフを口にしそうだな、と予感していた。


 すると。


 別世界の私は、ごく自然に私の横をすり抜けて。


「とりあえず砦に入れてもらっていい? お茶とお菓子を所望するわ」


 まるで気心知れた間柄のように、そう言い放ったのだ。


※このアルティリアは色々と経験を積んでイイ性格になっています。

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