第五十三話 奪われたもの
それはマルガロイドで相対したような、いわゆる見掛け倒しの人形魔法じゃなかった。
「トンネルが吹っ飛んでるぞ!」
「みんなーちょっと静かにして! いまシロクマくんが面白いこと言ってたから!」
「えっ、なになに」
「メモしなきゃ」
「まさかトンネルがらみのダジャレじゃないよね」
「シロクマくんのギャグって場が白くなるんだよな」
「みんな口にチャックだ! チャックのない人形ばっかりだけどチャックだ! ほら、また別の子が面白いこと言ってたよ!」
トンネルからワラワラと現れた人形たちは、まるで生きているかのように振る舞っていた。
その気ままな姿は精霊としか言いようがなく、実際、私は肌で精霊の気配を感じていた。
つまり。
この人形たちには、人形魔法が使われている。
ニセモノではなく、ホンモノの人形魔法。
人形に精霊を降ろす、異形の才。
けれどそれはありえない話だ。
伯爵から聞いたけれど、異形の才は本人の深層心理を反映しているらしい。
だからその効果は千差万別、唯一無二。
私のほかに人形魔法を使える人間などいない……はず、なのだ。
けれど眼前の光景はそれを否定する。
「おらーやろうどもー、くっちゃべってんじゃねえぞー、このねこ軍曹のいうことを聞きやがれー」
「いやいや、ワシことイヌ将軍の指示に従ってもらおうかな」
「おっと、このわたくしを、メイド社長を忘れてもらっては困りますわ」
「はいはい三人とも議論はあっちでやってなー。とりあえず魔法部隊、砦のあのへんとかそのへんに攻撃準備。なんかいい感じにボコして、それっぽい感じで制圧するんやで!」
「りょうかーい」「あいあいさー」「よろこんでー」
なんだかメルヘンチックなふわふわ感を漂わせつつ、人形たちは魔力を膨らませていく。
私は。
「……冗談じゃないわ」
会議室を飛び出していた。
トゥルス兄様からは「見ているだけでいい」と言われたし、何か考えがあるのだろうう。
私にとってこの事態はまったくの想定外だけれど、トゥルス兄様にとっては予想の範疇かもしれない。
でも、そういう問題じゃないのだ。
人形魔法。
アルティリア・ウイスプのもつ異形の才。
没落の未来を変えるための、切り札。
前世の記憶を取り戻した時から、私はその力と共にあった。
賢者との戦いの後は使えなくなったけれど、平気だった。
平気なつもり、だった。
思い込みだ。
強がりだ。
自己欺瞞だ。
今日までの頭痛は、もしかすると深層心理からのシグナルだったのかもしれない。
だって。
いま、私は――走らずにいられなくなっている。
そうしないと自分が自分でなくなってしまいそうで。
主役でも悪役令嬢でもモブでもない、無力な何かに成り下がってしまうような気がして。
「お、お嬢様ァ!?」
山側の扉に立っていたフロモスさんの横を駆け抜けて。
私は、今まさに戦端を切ろうとする人形たちの前に、立ちはだかった。
雨が振っている。
濡れた髪が私の額に張り付く。
それを右手でかきあげて――いつのまにかぶり返してきた脳の奥の痛みを感じつつ――口を、開いた。
「ねえ、そこの貴方。……何をやっているの?」
声をかけた相手は、一番すぐ近くにいた騎士の人形。
首にはヴァルフと色違いの、青いマフラー。
人形騎士団の副団長、フリードだ。
「んん? これは美しいお嬢さん、はじめましてはじめまして。
自分はフリード、誇り高き女王陛下の騎士でございます」
「つまらないジョークはやめてちょうだい。しばらく会わないうちに私の顔も忘れたの?」
「ふうむ、これは異なことを申される。このフリード、記憶力には自信がありますぞ。
特に淑女の顔は決して忘れず、相手が首なしの幽霊になったとしても見間違えることはないはずですな」
「……首なしなら意味がないでしょ」
この会話の迷走っぷりは、間違いなくフリードだ。喋り方も変わっていない。
けれど他人のフリをしているようでもなさそうだった。
ただ。
とても気になる点があった。
フリードは、ううん、この人形たちは喋っている。
声を出している。
念話じゃない。
原理はよくわからないけれど、空気を震わせ、鼓膜で拾える音を出している。
それが――なぜか、とても、悔しかった。
『お嬢様、ここはトゥルス様に任せて城内へお戻りください』
カジェロが私を守るように降り立つ。
その周囲には風が渦巻いていた。彼にしては珍しく本気を露わにしていた。横顔にもどこか余裕がない。
『彼らの霊格はかなり底上げされています、わたしでもお嬢様を守りきれるかどうかも分かりません、早く!』
そんな風にカジェロが声なき声で叫んだのと。
「発射ぁー」
どこか間の抜けた号令とともに、戦車や大砲のぬいぐるみたちが火炎魔法を放ったのは、同時だった。
視界が一面、赤と白に染まり。
『グッ……!』
カジェロが展開したはずの魔力障壁は瞬く間に砕け、布の身体が燃え上がる。
私は。
自分自身の心の問題に捉われるあまり、あまりにも安易に危険地帯に足を踏み入れてしまった私は。
けれど。
心のどこかで、「この程度のことはどうとでもなる」と。
根拠も、理屈も、由縁もなく確信していて。
「っ……あァ……――!」
これまでで最悪の頭痛が、一瞬のうちに脳髄で弾けた。
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……「ちょっとしたSS」って同語反復になるのでしょうか。