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第五十二話 失踪と爆発

 これから何が起こるのだろうと思いつつ窓の外を眺めていると。


『お嬢様、少々よろしいですか』


 念話とともにカジェロが現れた。

 キィ、と黒塗りの扉を開いて、会議室に入ってくる。


『城内の人形たちから話を伺ってきたのですが、少しばかり奇妙なことが起きているようです』


「……お兄様が何かやらかしたの?」


『そういうわけではありませんが……関わっていると言えば関わっているかもしれません。

 人形のうち何名かが行方不明になっています』


「チョウチョを追いかけて迷子、ってわけじゃないわよね」


『でしたら笑い話で済むのですがね』


 シニカルに肩をすくめるカジェロ。

 それから、やおら真剣な顔つきになって。


『一部の人形がこの城を抜け出し、そのまま姿を消している、と』


「……私が人形魔法を失ったせいかしら」


『断定はできません。ただ、消えた人形たちは揃ってこう口にしていたそうです』



 曰く。




 ――アルティリア様が山の向こうで呼んでいる。




 と。




「まるで怪談ね」


 今はまだ夏だし、シーズンと言えばシーズンだ。

 ただの怖い話で終わればいいのだが、残念ながらそうはいかない。

 なにせすでに人形が行方不明になっている。

 実害がある怖い話は、ただの災害だ。


「そういえば、帝都にいる忍者人形とも連絡が取れなくなっていたわよね。

 もしかしてこの件に関係しているのかしら」


『可能性はあります。ただ、どうにも情報が少なすぎますね』


「賢者の石みたいなマジックアイテムの可能性はないかしら?

 官軍がそれを使って、精霊たちをおびき寄せているとか」


 つまりは精霊ホイホイ。

 これで人形を集めておいて、賢者の石で一網打尽とか。

 ……ちょっと無茶な推理、いや、空想だろうか。


『考慮には入れておくべきでしょう。あるいは、別の誰かが人形魔法を使っているのかもしれません。

 賢者がお嬢様から人形魔法を引きはがし、第三者に与えた――十分にありうる話かと』


「……ぞっとしない話ね」


 怪談じみたエピソードだけに尚更そう感じる。


 人形の脱走、か。

 

 うん。

 

 改めて考えると、気持ち的にキツいものがある。


 今まで「ひめさまー」「おじょーさまー」と懐いてくれていた子たちが、別の誰かを慕っている。

 その姿を想像すると寂しいような、胸が苦しいような――。


 大切なおもちゃを我が物顔で持っていかれたような。

 ううん。

 親友や家族を奪われたような心地だった。


 数年間離れていたとはいえ、ウイスプ領の人形たちも大事な“うちの子”なのだ。

 もっと早くにこちらへ戻っていれば、奪われずに済んだだろうか。


 そんなことを考えるうち……右のこめかみに手を当てて、ため息をついていた。


『お嬢様、頭痛ですか?』


「ううん、大丈夫よ。……私、そんなに頭痛が多いかしら」


『ソリュート様の一件以来、明らかに回数が増えております。今日はもうお休みになってはいかがでしょう』


「でも、人形が失踪している原因について調べないと」


『それはわたしにお任せください』


「人形たちの魔力補給だって必要だわ。みんなグッタリしてるんでしょう?」


『仰る通りですが、まずはご自愛ください。

 ……お嬢様を不安にさせるような報告をしたのはわたしですが、どうか、お願いいたします』


 カジェロはいつになく強情だった。

 口を真一文字に引き絞り、決して譲歩を見せようとしない。

 普段の従順さはなりを潜めていたが――裏を返せば、彼は単なる人形ではないということだろう。


 カジェロは私の意を汲んで動くばかりじゃない。

 彼には彼なりの感情があって、私のことを気遣ってくれている。

 それが痛いほどよく伝わってきた。

 だから。

 

「……旅の疲れもあるし、今日くらいは早く寝た方がよさそうね」


 私は、カジェロの提案を受け入れることにした。


「ただ、トゥルス兄様が外で何かするそうだから、それを見届けてからでもいいかしら」


『トゥルス様がですか?』


「ええ、詳しいことはよく分からないのだけれど――」


 と言いつつ、私は再び窓の外へと視線を投げた。


 雨が降り続けていた。空は黒雲に閉ざされ、雷鳴の呻きを漏らしている。

 やがて。

 

 ――轟音が炸裂した。


 大地が、城塞が激しく揺れた。

 烈風が吹き荒れ、雨粒ともに会議室に転がり込んでくる。


「きゃっ!?」


 私は思わず両腕で顔を庇っていた。


 稲妻が近くに落ちたのだろうか?


 けれど、それにしては不自然だ。

 雷で地震が起きたり、突風が生まれたりはしない。

 

 一体何が起ったのやらと思いつつ、改めて外を眺めると――。


「嘘、でしょ。どういうこと……?」


 目を疑った。

 信じがたい光景だった。


 ちょうど城塞の正面、デルイル山に大きな穴が開いていた。

 火薬か火炎魔法でも使ったのだろうか、その辺縁からはモクモクと黒煙が立ち上っている。


 トンネル、だろうか。

 まさか官軍はたった一週間かそこらで、デルイル山脈を貫く坑道を掘ってみせたというのだろうか。


 しかも。


 その大穴から飛び出してきたのは――帝国の兵士などではなかった。


 人形。

 そう、人形だ。



 連絡の取れなくなった忍者人形……だけじゃない。

 騎士、メイド、悪魔、天使、シロクマ、カメ、カタツムリ、消防車、戦車、怪獣――。

 その顔触れは、あまりに雑多だった。

 わらわらわら、と。

 足並みもバラバラにトンネルから姿を現す、


 中には見覚えのある子もチラホラ混じっていた。

 カジェロの言う行方不明の人形に違いない。


 けれどそれを除けば9割以上、私にとっては見覚えのない人形ばかり。

 いずれも精霊の気配を感じる。

 

 人形魔法の使い手は、私だけのはずだ。

 人形魔法で動く人形は、すべて、私が作ったものに決まっている。



 なのに。


 私の知らない人形が、まるで生きているように、動いていた。


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