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第五十一話 兄妹の語らい

 人形魔法の裏面。

 誰かの意志を思いのままにすること。


 なんだかちょっと実感が沸かない。

 そもそも今の私は人形魔法を封じられているわけで、けれどレレオル陛下の件はその後に起こったことなわけで、ううむ。


「アルティ、そんなに考え込まなくても大丈夫だよ。何事もいずれ落ち着くべきところに落ち着くんだからさ」


「……お兄様はずいぶんと楽天家ですね」


「不測に備えるのは重要だけれど、悲観主義者に未来はないからね。悪いことが起こるかも知れないと怯えて、同じところをグルグルグル。そうなるくらいなら明後日の方向だろうが適当に歩み出した方がずっといい。今の状況だってそうさ。なんだかきな臭いことになっているけど、ま、ボクに任せておきなよ」

 

 トゥルス兄様はやけに頼もしげな笑みを浮かべていた。

 やがてゆっくりと椅子から離れると、流れるような足取りで私の側に立った。

 その背は、記憶の中の兄様よりもずっと高い。

 慈しむような視線を、私に向けている。


「マルガロイドでも色々とあったんだろう、アルティ。今まで何もしてあげれなかったボクにはこんなことを言う資格はないかもしれないけれど……お疲れ様。大変だったね」


 ぽん、ぽん、と。

 お兄様は、私の頭をそっと撫でる。

 

 ふと、記憶が蘇る。

 まだ私が前世のことを思い出す以前、何も知らない子供だったころ。

 トゥルス兄様はこんな風に私を可愛がってくれたような、気がする。


「ここから先は主役交代、バトンタッチの第二幕だ。アルティ、キミはもう矢面に立たなくていい。……賢者のことも、お父様のことも、目の前の官軍も、ぜんぶぜんぶボクが引き受けよう」


「……賢者のことを、ご存じなのですか」


「もちろんだよ。情報戦で出し抜かれちゃ、可愛い妹を守れないからね。――ああ、情報源については突っ込まないでくれると助かるな。色々と複雑なのさ。ただ、ボクは誓ってキミの敵に回ることはないよ、アルティ」


「……ありがとうございます」


「おやおや、半信半疑ってところかな。ま、そりゃそうか。キミにしてみれば全体像が見えないまま状況に振り回されている感じなんだろう?」


「ええ、まあ」


「話はシンプルだよ。宮廷貴族どもはウイスプ家を何とかしたい。なにせ強力な人形をごまんと抱えてるからね。迂闊に触って暴発されたら困りものだ。今までは仕方なく放置してきた。

 けれど、あいつらは人形を()()()()()()()を手に入れた。

 それで強気になって、出兵に至ったわけだ。父上に濡れ衣を着せてね。どうだい、分かりやい構図だろう?」


「そうですね。……でも、人形への対抗策というと、どんなものがあるのでしょうか」


「少なくとも一つはキミが知ってるものだよ。もしかしたら今、手元にあるんじゃないかな?」


「賢者の石、ですか」


「イエス、大正解。ご褒美に今日の夕食、ボクのぶんのケーキも分けてあげよう。

 他にもまあ、探せば幾らでも対策はあるものさ。特に今は、人形たちも魔力不足だしね」


「この話が終わったらお見舞いに行ってこようと思います」


「それがいい。ただ、あまり無理はしないようにね。キミは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」


 あれ?

 私は今の言葉に違和感を覚える。

 他人に相談することに抵抗を覚える性格なのは、まあ、自覚している。

 けれどそれをトゥルス兄様の前で見せたことはあっただろうか?


「さて、もうちょっと帝都の状況とかについても語りたいところだけれど――」


 トゥルス兄様は窓の外へと目を向けた。

 雨はいまだ降り続いている。雷鳴が遠くで鳴り響き、強い風まで吹き始めていた。

 

「そろそろ、かな」


 お兄様がそう呟いたのと、同時に。

 コンコン、と。


 会議室のドアがノックされた。


「失礼いたします、ご報告、よろしいでしょうか」


 姿を現したのは、騎士団長のフロモスさん。


「かねてからトゥルス様が仰っていた通り、山の……その、内側から奇妙な音が近づいておりますが……」


 山の内側。

 なんだか妙な単語だ。奇妙な音というのもイマイチ分かりにくい。


 けれどそれでトゥルス兄様には通じたらしく。


「オーケー、オーケー、ちょうどいい。アルティ、そこの窓から眺めているといい。

 今からちょっと兄さんが格好いいところを披露してくるからさ。そいつを見ればボクがどれだけ頼りがいのある存在か分かると思うよ。ただ、うっかり恋に落ちないようにしてくれよ? トゥルス・ウイスプはマザコンだけど、けっしてシスコンじゃないからね」


 そんな、ドン引きもののセリフを残して会議室を出ていく。

 えーと。

 私は、どうしたらいいんだろう。


「トゥルス様の仰った通り、そちらの窓からご覧になればよろしいかと……」


 フロモスさんも少し気まずげだった。そりゃそうだ。

 仕えてる人間が唐突にマザコン宣言なんかしたら、どんな顔をしていいか分からなくなるに決まってる。


「ああ、うん、ありがとう……。フロモスさんは?」


「自分は、下でやることがありますので」


 一礼して、トゥルス兄様を追いかけていくフロモスさん。


 はてさて。

 トゥルス兄様はいったい何をするつもりなんだろう?


補足しておくと、トゥルスの記憶操作は「自分自身に関すること」に限定されます。(ただその線引きは非常にあいまいで、本人もまだ把握しきれていない部分もあったりしますが)

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