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第五十話 トゥルス・ウイスプ

お兄様がウザかったらごめんなさい

 黒塗りのドアを開いた先では、「くかぁ……すぴぃ……」と男の人が寝息を立てていた。


 コの字に配された長机の一角に突っ伏して、深く深く眠っている。

 トゥルス・ウイスプ。 

 私のお兄様だ。


「ねえフロモスさん、叩き起こしていいかしら」

「優しくお願いします。この数日、ほとんど徹夜で指揮を執っておりましたので」

「……本当に?」


 今だに私としてはちょっと信じられない。

 吹けば飛ぶような存在感のお兄様が、人形や騎士たちを動かして官軍と事をを構えているだなんて。


「ん、ん……んんん?」


 イマイチ理性の感じられない寝惚け声とともに、ゆっくりと目を覚ますお兄様。「むあー」と大きなアクビをして、背伸び。両手で目をこする。

 まるでネコ科の動物みたいな動きだった。


「おはようございます、お兄様」


「その声はアルティかな? うんうん、待ちわびたよ。

 隣にいるのはフロモスじゃないか。悪いね、出迎えを任せちゃった感じかな」


「トゥルス様はお疲れの様子でしたので……」


「ありがとう、それじゃあこっからはボクが引き継ぐし、フロモスは自分の仕事に戻ってくれ」


「承知いたしました。失礼します」


 スッ、と深く頭を下げて立ち去るフロモスさん。

 会議室には私とお兄様だけが残された。


「アルティ、とりあえず座りなよ。長旅で疲れてるだろう?

 ああ、もし考え事をする時に立ったり歩いたりするタイプだったら言ってくれ。ボクもそれに合わせるから」


「いえ、普通に座らせてもらおうと思います」


 私はすぐ近くのイスを引く。


「おいおい、そんなに離れてちゃ話がしにくいじゃないか。せっかくの再会なんだから近くに来なよ。

 確かにこの数日ウイスプ邸にゃ帰っていないけど、ちゃんと風呂には入っているさ、ニオイとは無縁なはず……うん、大丈夫だ」


 すんすん、と自分の体臭をチェックするお兄様。


 えっと。


「トゥルス兄様……ですよね」


「もちろんさアルティ。ボクこそがウイスプ家の長男にして次期党首、トゥルス・ウイスプだよ。

 ちなみにトゥルスというのは古帝国語で“真実”という意味さ、豆知識だね」


「あ、ありがとうございます、勉強になりました……」


「うーん、何だか他人行儀だねえ。ボクたちは血を分けた兄妹だろう? いやまあ実際のところ双子ってわけじゃないから厳密には血を分けてないんだけど、それでも同じお父様とお母さまから生まれてきたわけじゃないか。マトモに顔を合わせるのも数年ぶりなわけだし、もっとこう、劇的で感動的な雰囲気になってもバチはあたらないと思うよレッツトライ?」

 

 何を求めているのやら、両手で手招きするお兄様。

 俺の胸に飛び込んで来い的なアレなんだろうか。


 えーっと。

 ホントにこの人、誰?


 金髪碧眼、顔立ちもお父様に似てるし……見た目だけはトゥルスお兄様だ。

 けれど印象が違いすぎた。影が薄いと言うより、見る影もない。

 ギラギラとした存在感が眩しすぎて、なんかもう一緒にいるだけで精神力がゴリゴリと削れていく。

 回れ右で出ていきたい気持ちがいっぱいだった。


「なんだかノリが悪いね、もっと激しく興味を一本釣りした方がいいかな? それじゃあアルティがいま何を考えているか当ててあげよう。

 『こいつ何者だよ、私のお兄様はいるかいないかよく分からない半透明系男子だったのに』……だろう?」


「ええ、まあ……何か悪いものでも食べたか、ケーキの角に頭をぶつけたのかな、と」


「僕も今年で25歳だからね、お肌の曲がり角にはぶつかってるよ。社交界でマダムたちを虜にできるのも今年までかな……。

 ま、こっちに帰ってきてから一度も顔を出してないんだけどね。やっぱり母様と比べるとみーんなくすんで見えるんだよ、うんうん」


 どうやらトゥルス兄様はマザコンらしい。

 知らなかったというか、知りたくなかったというか。

 

「アルティ、今のキミはたぶん『まさか私のお兄様がマザコンだったなんてー、そんなんだから今だに結婚できないのよー』なんてことを考えてるんだろう? いやいやそいつは不正解だ。とりあえずこの国が落ち着くまでは独身でいるつもりなんだけど、ま、その前にさっきの話題の答えを言おうか。――ボクが別人のよう? いやいや、それは勘違いだよ。ただアルティは忘れているだけさ」


「忘れているだけ、ですか」


「絶世の才、あるいは異形の才という言葉に聞き覚えはあるかい?」


「何度か本で読んだことはあります。私の人形魔法もそういうものだ、と」


「大当たり、やっぱりキミはよく勉強してるね。その通りだよ。魔法ならぬ魔法、神様じみた奇跡の大安売り。

 実はね、ボクもそいつに目覚めているのさ」


「お兄様、もですか」


「ああ。そいつを使ってボクは自分に関する記憶を操ってるんだよ。試しに実験してみるかい? 1、2、3、はい」


 パチン、と指を鳴らすトゥルス兄様。



 * *



 あれ?

 

 ここには人形と騎士しかいないはずなのに、目の前にいるこの人は誰だろう?

 サラサラの金髪に、深海を汲み取ってきたかのような青い瞳。

 どことなくお父様に似ているけれど、顔立ちは若々しい。

 我が家の白い礼服を華麗に着こなしていて、いかにもお洒落、といった印象だ。


 まさか、お父様の隠し子とか?


「さて、そろそろいいかな」


 男性は細長い指をスッと伸ばすと、パチリ、と乾いた音を鳴らした。



 * *



 っ!?


「大丈夫かい、アルティ?」


 突然の変化に驚く私を、トゥルス兄様は気づかわしげに覗き込んでくる。


「いきなり悪かったね。気分が悪いなら横になるといい、今なら兄さんの子守歌つきだよ。

 前にフロモスに歌ってあげたら一分くらいで気絶してしまってね、夢見も目覚めも最悪だけれど寝れることは寝れるみたいだ。どうかな?」


 

「……え、遠慮、しておきます」


 ああ、びっくりした。

 変な日本語になるけれど、なんだか脳が気持ち悪い。

 神経を直接いじられたような、そんな感覚。

 まだ少し、頭の奥がヒリつく感じがした。


「そうかい? ま、全忘却はかなり労力を使うしね。普段はもうちょっとゆるーく記憶をいじるだけさ。

 キミの人形魔法とは似て非なる力、同じ山を別の手段で登るようなものだね」


「待ってください、私の力は人形に精霊を降ろすだけです。トゥルス兄様のそれとは全然違うと思うのですが……」


「ん?」


 なぜか眉をひそめるトゥルス兄様。


「ああ、だったら近いうちに分かるはずさ。いや、すでに前兆があるんじゃないかな。

 アルティ、キミの周りにいる人間が、不自然なくらいキミの思い通りに動くようなことはなかったかい?」


「不自然に、ですか」


「ああ。例えばチョコレートが欲しいなーと思いながら歩いていたら、さすらいのチョコ師が『おおアルティさん、今日も美しいですな、チョコレートをお食べください』なんて風にプレゼントしてくれたりね。そういう感じのことだよ」


 さすらいのチョコ師ってなんだろう……というのはさておき、心当たりがないわけじゃない。


 思い出してほしい、レレオル王との謁見のことを。

 私は何も喋っていないのに、なぜか、王はこちらの事情を理解して高速艇を用意してくれた。

 あまりにも都合の良すぎる展開。あれを指しているのだろうか。


「どうやらボクの質問にはイエスの答えみたいだね。そういう顔をしているよ。

 誰かの意志を左右すること。それは人形魔法の裏面だよ、よく覚えておくと言い」


 そう告げた時のお兄様は。


 さっきまでと違って、ひどく遠い表情をしていた。


・ふたたびお知らせ

 

『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』の2巻が4月12日に発売となります! もうすぐです! 

 

 毎回宣伝だけで終わるのもあれなので、web版との相違点を(以前挙げていなかったもので)紹介しますと……


1.レレオル王が一回り若くなっています。少年です。

2.フィルカさんがパペットマペットです

3.アルティリアに対等な友達ができます(表紙の女の子です)

4.ルケミア(書籍版におけるマルガロイド)の中枢が火の海になります

5.カジェロが大変なことになります(web版では失敗したアレが、別の形で成功しています)


 と、いったところでしょうか。

 もしかすると書店に早く並んでるかもしれませんので、お買い上げいただけると……とても、嬉しいです……(平伏)

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