第四十九話 ウイスプ家のルーツ
前に伯爵が話題に出した、600年前の皇帝がちょっと話に関わります。
要塞に到着すると、ウイスプ家の騎士たちが私を出迎えた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
先頭に立つのは団長のフロモスさん、代々我が家に仕えているベテランの騎士だ。
年のころは50代後半くらいと聞いているけれど、引き締まった身体つきはとても若々しい。
ちなみに今は鎧姿ではなく、黒い軍服を纏っている。襟は金色に縁取られていて、これは公爵家の騎士のみに許された装飾だった。
「長旅のところお疲れでしょうが、会議室にてトゥルス様がお待ちしておりますぞ」
「ありがとう。私もお兄様に話を伺うつもりだったの。連れて行ってもらえるかしら」
「承知いたしました。――お前たちは客人を個室まで案内しろ」
フロモスさんは他の騎士たちにテキパキと指示を出すと、自ら私を会議室まで送ってくれた。
要塞の中は突貫工事とは思えないくらいしっかりとした石造りで、水精霊か氷精霊が加護をかけてくれたのだろうか、夏の蒸し暑さとはまったく無縁の空間だった。
「騎士団の詰め所よりこちらのほうが何倍も過ごしやすいですな」
「この一件が終わったら、詰め所も人形たちに建て替えてもらいましょうか」
「ははっ、ぜひお願い致します」
そこそこに会話を交わしつつ、階段を昇っていく。
外からはサァ……と雨の音が聞こえてくる。不穏な天気だったが、ついに降り出したらしい。
「――これなら、今夜は安眠できましょう」
「どういうこと?」
「デルイル山脈は土砂崩れの多い場所でしてな、そんな中を進軍してくることはまずありえんでしょう」
「でも、裏をかいてくるかもしれないわ」
「その時はその時、なあに、お嬢様も戻ってきたことです。我らと人形で力を合わせれば、何が起ころうとも打ち破れましょうぞ」
「人形といえば、さっきから姿を見ないわね」
普段のあの子たちなら、ワラワラと飛びつくように集まってきてもおかしくないのに。
「おそらく城塞の端で休んでおるのでしょう。突貫工事で力を使い果たしてしまったようですからな」
「魔力不足で倒れてる、ってことね……」
お兄様との話が終わったら、すぐに人形たちのところに向かうべきだろう。あの子たちが動けないとウイスプ家の戦力はガタ落ちだ。いくら平和ボケした官軍といえど数だけは多いわけで、油断していれば蹂躙されだけだろう。
できればこの雨が振っている間に、人形たちの魔力補給を済ませてしまいたい。
「しかし腕が鳴りますなあ。早く腐敗貴族の連中に一泡ふかせてやりたいものです」
「……ずいぶんやる気ね」
「当然ですな。我が騎士団は一人残らず戦意旺盛、いざとなれば帝都まで攻め上る所存でありますぞ」
それは頼もしい話だけれど、反面、ちょっと不思議に感じられる。
今のウイスプは、いわば皇帝陛下に盾突く反逆者なわけで。
普通なら怖気づくというか、腰が引けてしまうのが普通じゃないだろうか。
そのあたりと尋ねてみると。
「どうせ腐り果てた中央の貴族どもが、ウイスプ家を陥れようとしておるんでしょう。
彼奴らを片っ端から斬り捨てて、皇帝陛下の威光を取り戻す。それを思えば反乱軍の汚名すら輝かしいものですな」
そして他の騎士たちもみな同じような考え方らしい。
この戦いはあくまで腐敗貴族を相手取ったものである、と。
「なあに、ウイスプ家の歴史を振り返れば当然のことです。ワシなどは今か今かと待ちわびておったところですわい」
「……へっ?」
どうしてここで我が家の歴史なんて単語が出てくるのだろう。
「ウイスプ家のルーツをたどれば、かの“峻烈帝”シルヒス1世に行き着きますからな。ならば宮廷貴族との不仲も必然でしょう。
それに騎士団の者はみな当時の忠臣たちの血を引いております。もちろんワシもです。
この状況で盛り上がらん男はおらんでしょう。はははっ」
なんだかとっても楽しそうなフロモスさんはひとまず措くとして。
すこしだけこの国の爵位について説明しよう。
爵位は全部で5つに分かれている。格が高い者から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
ここで侯爵と伯爵のあいだには大きな壁がある。
それは、皇家の血を受けているかどうか、だ。
皇族の中には政治的思惑などなどで臣籍降下 (家臣の身分になる)方もそこそこいるけれど、そういう場合、公爵家あるいは侯爵家に婿入り・嫁入りすることになる。もちろん我がウイスプ公爵家も例外じゃない。
ただ、その始祖がかのシルヒス1世だとは思わなかった。
覚えているだろうか?
以前、彷徨える伯爵が話題に出した600年前の人物。
宮廷貴族を一掃するため、弾圧じみた粛清を行った皇帝だ。
もしもこの話が本当とすれば、うん。
皇族が「ウイスプ家が革命を起こしてくれる!」なんて意味不明の希望に縋るのも、まあ、納得できないことはない。
というか。
自分の家のルーツを知らないって、かなり問題じゃないだろうか、私。
もしかして前に勉強したけど忘れただけ?
それとも意図的に伏せられていた?
まあいい、機会があればお兄様に尋ねてみよう。
――やがて、私とフロモスさんは会議室のドアの前に辿り着く。そこは重厚な黒塗りのドアに閉ざされていた。