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第四十八話 二日酔いとは二日に渡る車酔いではない。

 アルティリア・ウイスプの兄、トゥルス。

 自分でもどうかと思うが、今の今まで存在をすっかり忘れていた。

 昔からどうにもカゲの薄い人だったが、最近はますます磨きがかかっている気がする。


「トゥルス兄様ってウイスプ領に戻ってたのね。知らなかったわ」


『ちょうどお嬢様と前後する形でマルガロイドから帰ってきたはずですが……』


 言われてみればそうだった。

 留学に向かう直前、少しだけ話をした……かしら。

 うーん。

 どうにも記憶に自信が持てない。

 モヤに包まれたような、不思議な感じだ。

 もしかして兄様も異形の才を持っているのではないだろうか。こう、存在感を消す感じの。

 ……と、言うのは冗談として。


「兄様が指揮を執ってるって、それ、本当に大丈夫なの?」


『以前に何度かお話をさせていただきましたが、トゥルス様はとても聡明な方です。現在も官軍に対してプレッシャーをかけつつ、交渉戦を繰り広げています。あの方に任せておけばおおむね問題ないでしょう』


 少し、意外だった。

 こんな風に手放しでカジェロが人間を誉めるのは……もしかして初めてのことじゃないだろうか。


 ただ。

 私の印象に残っているトゥルス兄様は「ちょっと格好いい庭師のお兄さん」といった感じで、どうにも最前線で指揮を執っている姿とは結びつかなかった。



 その後、私たちがウイスプ領に到着するまでのあいだ。

 戦線に大きな変化は見られなかった。


 高速艇がスピリルに到着すると、私はそのまま馬車に飛び乗った。

 目指す先はウイスプ領南部、デルイル山脈のふもと。


 何をしに行くかと言えば。

 もちろん人形たちを指揮するため……ではない。

 そもそも私には戦争なんてサッパリ分からない。

 前世で難度かシミュレーションゲームをやったことはあるけれど、「いっぱいの兵隊をものすごい勢いで叩きつける」以外の攻略法を知らないのだ。


 私の仕事は別にある。

 カジェロ曰く。


『ここまでの動きを見るに、ウイスプ領の人形たちもお嬢様への忠誠心を失っていないようです。

 であれば彼らの前に赴き、その働きを労っていただければと思います』


 要するに慰問というわけだ。

 その他にも。


『人形の中には魔力不足に陥っている者もおります。

 お嬢様には彼らの魔力を補充していただければ、と』


 私は人形魔法こそ失ったものの、莫大な魔力容量だけはまだ残っている。

 おそらく領内の人形たちを満タンにしてもお釣りがくるほどだろう。



* *



 ガタゴト、ガタゴト。

 マルガロイド製のものに比べると、我が家の馬車はかなり揺れまくっていた。

 これが「帝国最高級の乗り心地」として売りに出されているのだから、技術力の差は絶望的だ。


「くっ、天才ともあろう者が車酔いに負けるとはな……」


 フィルカさんはぐったりと窓枠に突っ伏している。

 船旅の間もずっとグッタリだったし、ここまで三半規管が弱い人も中々いないんじゃないだろうか。


「ははっ、兄さんはモヤシっ子だからね」


 その背中をさするのは妹のフェリアさん。

 こちらは車酔いしていないらしく、ちょっと誇らしげな様子だった。


「というか、ウイスプ邸で待っていればよかったんじゃないかな。

 兄さんは学者だろう? 最前線にきて意味があるのかい?」


「当然だ……戦争のための発明もかなりあるからな……。

 マルガロイドでは使いどころがなかったが、ここでなら、ククッ、ククク――」


『おいおいフィルカ、テメーはそのまえに酔い止め薬を改良した方がいいんじゃねえか?』


 ワイスタールが冷静に突っ込む。

 ちなみに氷の刀身はフィルカさんの首元にくっついていた。

 ヒンヤリしていて気持ちが楽になるらしい。


「酔い止めなら……さっき、追加で10錠、飲んださ……フハハハハッ」


『なんつーか、酔い止めと言うより酔いどれだよな、今のおまえさん』


 それは私も思う。

 今のフィルカさんは顔も赤いし眼も座ってるし、飲み屋で潰れているような雰囲気だった。


「うーん、これは僕がお酒を飲ませたせいかもしれないね」


 は?

 フェリアさん、今の発言、ちょっと意味不明だったのだけれど。


「二日酔いには迎え酒が効くっていうだろう?

 何日も船酔いし続けてるし、むしろお酒を飲ませればよくなるかなーって」


 どうしよう。

 これまであんまりクローズアップされてこなかったけれど、フェリアさんはポンコツかもしれない。


 空を見上げれば、いつの間にか青空は暗く閉ざされていた。

 黒い雲が、立ち込めている。


 やがて遠くにデルイル山脈が見えてきた。

 その色は、重苦しいモスグリーン。

 まるでこちらへ(もた)れかかってくるようだ。


 麓には、柵のようなものが延々と左右に広がっている。

 しかし距離が縮まるにつれ、それらが遠近感のマジックを呈していたことに気付かされる。


 柵などという生ぬるいものではなかった。

 その高さは3階建てか4階建てのビルほどだろうか。

 分厚い城壁だ。


 ウイスプ領南部と、皇帝直轄地。

 この二つを明確に分ける、広大な要塞。

 まるで、万里の長城。


 二日かそこらで作ったとは思えない、力強い出来だった。


 


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