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第四十六話 私の精霊にスピード狂しかいない件について

後半、視点変更あります。

『姫さん、船の舵取りは俺様に任せてくれ。水のことならよーく知ってるからよ』


 出発前、ワイスタールがそんな風に提案してきた。

 確かに彼は氷精霊なわけで、水についても詳しいはずだ。

 そういうわけでお願いしてみたの、だけれど。


『ヒャッハー! 俺様の前は誰にも走らせねえぜ!』


 残念なことに、とんでもないスピード狂だった。

 私は甲板で景色を楽しもうとしていたのだけれど、まずは急発進ですっ転んでしまった。

 しかも猛加速をかけるものだから、逆風がとんでもない。


「んっぐ…………」


 顔の真正面に強風がぶつかってきて、なんだか淑女としてあるまじき声が出てしまう。せっかく整えた髪もボッサボサだ。


『意味もなく右にまがりまァす!』


 とくに理由もないターンが船を襲う!

 水飛沫があがり、甲板に容赦なく降り注ぐ。

 

「……ワイスタール、貴方はクビよ」


 私はずぶぬれの身体で操舵室に乗り込むと、ワイスタールに賢者の石を投げつけた。


『痛てぇ! 何しやがる!』


「自業自得よ、自業自得。操舵はカジェロにやらせるわ」


『ちっ、平凡な船旅にスパイスを聞かせてやろうと思ったのによ。

 つうか姫サン、なんで賢者の石なんか持ち歩いてんだよ』


「カジェロが言ってたの。ウイスプ領では何が起こるか分からないし、念のためにひとつは持ち歩いておけ、って」


『念のためって……ああ、なるほど。今の姫サンは人形魔法がねえからな。俺様やカジェロはともかく、向こうの人形どもが逆らう可能性もゼロじゃねえ、か』


「そういうこと。考え過ぎの気もするけれど、いざという時に後悔するのは嫌だもの」


『違いねえ』


 うんうん、と器用に刀身を反らせて頷くワイスタール。

 こうも器用に動くインテリジェンス・ソードはなかなか居ないだろう。


 ともあれ、そんな経緯もあってカジェロに船のコントロールを任せてみたところ。


『ククッ、スリルのある船旅を提供させていただきますよ。ええ、存分にね!』


 おまえもか。


 お、ま、え、も、か。


 私の人形にスピード狂しかいない件について。

 いや、急ぐ旅だから速度を出す分にはいいのだ。

 問題は何かと言えば。


『これより前方の岩礁に乗り上げてジャンプします。しばらく空の旅をお楽しみください』

 

 結界やら何やらで船は無傷らしいけれど、うん、やめてくれないだろうか。

 心臓に悪すぎる。

 別にこれは何かの競技じゃないわけで、アクロバティックな動きをしようがすまいが評価は変わらないのだ。

 むしろ下がる。

 ドン下がりだ。


『ですがお嬢様、ひとつ反論させてください』


「……それ、聞く必要があるの?」


『わたしたち人形は精霊が宿ったものですが、根底に置いてはお嬢様の深層意識と繋がっています』


「つまり?」


『ここまでのパフォーマンスの数々はお嬢様が望んだものであり、ええ、内心ではきっと大喝采に違いないのでまったくやめるつもりはございません』


 とりあえず大きく振りかぶって賢者の石をデッドボールしておいた。。

 マルガロイドからもう二、三個ほど持って来ればよかったかもしれない。




 

 最終的にカジェロとワイスタールは「安全第一、速度第二」の運転を約束してくれた。

 と、いうのも。


「俺の開発した酔い止めが効かんとはな……」

「僕も揺れには強いつもりだったんだけどね……うっ……」


 フィルカさんとフェリアさん。

 二人揃ってグロッキーになってしまっていたからだ。

 まあ、そりゃそうだ。

 普通の船は水上でドリフトターンをキメないし、ましてや波に乗って飛んだり跳ねたりもしない。

 どんなに船旅に慣れた人だろうと、さすがにコレはキツいだろう。


 私が平気なのは……たぶん、カジェロたちへの怒りでそれどころじゃなかったからだろう。

 前世、ジェットコースターやら何やらに乗りまくっていたのも影響しているかもしれない。


「なあフェリア……、小さい頃も二人して酔ったことがあったな……」

「懐かしいね、あの時は兄さんが吐きまくって大変だったよ……」

「記憶を捏造するな。それはお前の方じゃないか」

「いいや、兄さんだね」

「いや、フェリアだ」

「どうやら、嘘発見器を発明せねばならんようだな……」

 身を起こすフィルカさん。

 けれどまだ酔いは残っているらしく。

「ううっ……」

 パタン、とベッドに倒れてしまう。

「ははっ、兄さんは相変わらずの虚弱体質だね。僕はもうそろそろ回復したし、アルティとお茶でも……うっ……」


 何をやってるんだろう、この二人。

 さっきからどうでもいいことで意地を張り合っては起き上がり、そのたびにバタリとダウンしている。

 ま、仲が良さそうで何よりだ。

 前に比べると兄妹仲もだいぶん改善されてきたらしい。




 * *




 一方。

 アルティが去った後の、操舵室にて。


『なあカジェロよ、姫サンの様子、どう思う?』


 加速したい衝動を抑え込みつつ、ワイスタールは問い掛けた。


『妙に活発というか、普段のお嬢様とは少々異なる印象でした。

 貴方もそう感じましたか、ワイスタール』


『ああ。俺様の眼は節穴じゃねえからな、ちゃーんと分かってるぜ』


『節穴も何も眼というべき構造物がないでしょうに』


『細けえことを言ってんじゃねえよ。

 ともあれ姫サンについては要注意だな。船旅でトシ相応に興奮してるんならいいが、俺様の見立てじゃ――』


『無理をされているのでしょう』


 やや痛ましげに呟くカジェロ。


『もっとも、お嬢様に自覚はないようですが』


『だろうな。姫サン、かなりストレス貯めてると思うぜ。なにせ父親が大逆人なんだ、ショックで寝込んでもおかしくねえ』


『わたし達が率先して(はしゃ)ぐことで、お嬢様の緊張をほぐせるかと思ったのですが……効果はあまりなかったようですね』


『へっ?』


 意外そうな声をあげるワイス。


『おまえさん、そんな小難しいことを考えてたのかよ』


『……待ってください』


 カジェロは眉をひそめた。


『ワイスタール、貴方が船を暴走させたのはお嬢様のためだったのではないですか?

 わたしとしてはそちらの演技に乗ったつもりだったのですが……』


『いいや、俺様としちゃあユカイな船旅をだな――』


『では、自分の楽しみのためにお嬢様の髪やら服やらを台無しにした、と?』


 その時。

 ワイスタールは操舵室の温度がガクン、と下がったのを感じた。

 なんだかおぞましい冷気がカジェロから発されている。

 凍りつきそうなほどのプレッシャー。

 大言壮語が常のワイスタールもさすがに危機感を覚えたらしく。


『い、いやあ、冗談だよ、冗談。俺様も姫サンにはちゃーんと忠誠を誓ってるからな!

 もちろん一から十まで演技に決まってるだろ、はは、ははははっ……』


『……まあ、そういうことにして起きましょうか』


 徐々に引いていく冷気。

 こっそりとワイスタールは安堵のため息をついた。


 そして。

 アルティリアに関する発言については気を付けよう、と。

 氷の刀身から垂れる冷や汗を感じつつ、深く心に誓ったのだった。


・おしらせ

 4月12日に本作書籍版の2巻が発売されます!

 ……ということは前話にも書いたのでもう少し詳細を。

 

 書籍版は3章における「マルガロイドを転覆させかねない事件が起こる。……ただしそれはすべて囮であり、黒幕の目的はあくまでアルティリア」をピックアップして、再構成しています。

 

 あと、表紙に出てくる(アルティリアじゃない方の)女の子はフェリアさんじゃありません。web版にも相当するキャラはいますが、あんまり目立ってないです。たぶん合計で5行程度の登場じゃないでしょうか。

 そのあたりもお楽しみいただければ、と。

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